銀河放浪ふたり旅 ep.1 宇宙監獄の元囚人と看守、滅亡した地球を離れ星の彼方を目指します

第二話:ハロー、地球外知性体 ③

「一応、地球では思想犯罪者として投獄されていた身なのですが」

「そうなのですか? 差し支えなければどういった経緯か教えていただきたいのですが」

「エモーション。僕の裁判記録は保存されているかい?」

「保存されています。リティミエレ氏に提出するのですか?」

「そのつもりだけど?」

「マスター・カイトの権利を制限する結果になるおそれがあります。私としては賛成できません」


 珍しく、エモーションが明確に反対の意向を示してきた。主人の不利益に通じるという分析だが、カイトの判断はそうではなかった。


「何よりも今この場で必要なのは誠実さだよ、エモーション。僕は情報の提出によって生じる不利益よりも、それを拒むことで発生するリスクを重要視している」

「……分かりました」


 きゅるきゅると音を立てて──おそらくこちらへの声なき抗議なのだろうが──から、エモーションがリティミエレに問いかける。


「データを提出します。どちらにどのように転送すればよろしいでしょうか」


***


「何ですかこれは! えんざいではありませんか!」


 怒りの感情を発露すると、リティミエレの体毛は逆立つ。そんな知見を得たカイトだが、その知識が今後の人生に役立つ場面はあまり期待できそうにない。

 情報提出は映像での投影という形で行われた。ある程度地球の技術は吸い上げられていたようで、それほど時間がかからずに裁判記録は彼らに共有されたようだった。


「まあ、そんなわけで僕は大気圏外に追放されていたのですよ。そうでなければ皆さんと出会うこともありませんでしたので、それはそれで幸運だったのかもしれませんね」

「ガマハデッグ! 孤独な生活を強いられたことを幸運と言うべきではありません」


 翻訳されない言葉が出てきた。彼らの文化にあるスラングか何かだろうか。


「いやあ、地上で暮らしている頃より快適でしたよ。何しろ誰からもあらゆる意味で利用されない」

「ミスター・カイトの人格に問題がないことが確認できたと思うことにします。……話を戻しましょう」


 リティミエレの体毛が元に戻る。多少落ち着きを取り戻したか。

 市民権。向こうが提示してきたのは思った以上に高いレベルの市民権だ。大きな権利には大きな義務が発生する。カイトは少しだけ気が重くなった。


「確認します。連邦の市民権を希望しますか?」

「その前に、連邦市民としての権利と義務を教えてください」

「あ、そうでしたね。まだ完全に冷静ではないようです」


 リティミエレが手元の体毛をいじる。先ほどからの様子で、同じように感情があることを知ることが出来て何となく安心する。文明がどれほど進んでいても、心のあり方が近いひとがいるというのは。

 空中に投影される形で、権利と義務が表示される。地球の言語だ。


「思った以上に権利も義務も少ないですね。勤労の必要もない?」

「はい。先ほども言いましたが、私たちは資源や環境の問題について既に完全に解決しています。勤労と資産形成は、上位の市民権の取得や制限型娯楽の購入を目的に行うことが多いですね」


 制限型娯楽には、惑星での居住などが含まれるという。宇宙空間に人工天体を用意しているのだ、そういったものも娯楽のはんちゆうなのだろう。

 連邦市民の義務は、『個人のこうや種族の文化・民族性への理解と尊重』『他者の権利を出来る限り阻害しないこと』が基本理念であるらしい。

 文化や民族性として認められるならば、他者への暴力の行使さえも許容されるという。


「ただし、他者の権利を阻害する可能性がある文化の場合は、その文化を尊重するための特区が用意されています。暴力に関して言えば、防衛行動としての行使は特区以外でも認められます」

「例えば特区の外で家族が不当に殺害された場合に、ふくしゆうしたいと思うひとも出るのではないでしょうか」

「私たちの生体情報は、中央管理室に保管されています。それは記憶も含まれます。不当な暴力の行使や不慮の事故により生命活動が停止した場合、中央管理室から情報を転送されて再生されます。私たちの社会ではふくしゆうという概念は発生しにくいと言えるでしょう」


 これにはカイトも驚いた。

 彼らの命にはバックアップがあるのだ。リティミエレはこちらが驚いたことが何やらうれしいように見える。少しばかり状況をするすると受け入れ過ぎていただろうか。


「生体情報の同期は定期的に行われます。その期間は市民権の段階によって異なりますが、私たちにとっては死も選択的に行使される権利と言えます」

「おおう」


 話を聞く限り、市民権のランクが低いと生体情報を同期する機会が少なくなるようだ。

 カイトの理解では、ランクが低いほど再生した時に記憶の欠落が発生することになる。上位の市民ほど同期の機会が多いのは、重要な情報を記憶する可能性が高いからなのかもしれない。


「先ほどの疑問に補足しますと、特区の外で不当に暴力を行使した者は犯罪者として登録されます。犯罪者は中央管理室との接続を断たれる、登録された生体情報の消去などの罰が適用されることもあります」


 それは連邦市民にとっては怖い罰則だ。

 カイトにしてみれば死んでしまえばそこで終わりという意識があるが、命のバックアップがあるのが当然という社会では、再生できないという方が何よりの恐怖だろう。

 義務が少ない一方、権利も実に少ない。要約すれば、『他の連邦市民の権利を不当に阻害しない限り、あらゆる行動を行う権利がある』ということだ。

 文明が進むと、権利も義務もずいぶんとシンプルになるようで。


「つまり、僕が連邦市民になったとしても、何をするかはおおむね僕の自由意志だということですか」

「その通りです。ミスター・カイトに一般的ではないこうがある場合は、そのこうを行使できる特区で行っていただくことになりますが」

「そういうのは特にないと思いますが、連邦の常識と僕たちの常識が異なることもありますから、断言は出来ませんね」


 カイトの言葉に、リティミエレが体毛を軽く震わせた。愉快、だろうか。

 市民権の取得を断る理由はなさそうだ。断ったらどうなるかわざわざ確認するほど子供じみてもいない。


「それでは、改めて。ミスター・カイト、あなたは連邦の市民権を希望しますか?」

「はい。ぜひ」

「ありがとう、連邦はあなたを歓迎します」


 確認は実に穏やかに終わった。個人的な感覚だが、彼らとはこれから実に仲良くできそうな気がする。

 あんした様子のリティミエレは体毛を軽く震わせながら、朗らかに言った。


「ではまず、その体を改造しますね」

「は?」


***


 リティミエレの言葉に、カイトは言葉を失う。

 改造と言ったか、今。


「改造……?」

「はい。これから調整室にご案内します」

「改造……」


 リティミエレは特に不思議なこととは思っていないようだ。

 カイトの意思を確認する様子もなく手を挙げると、入ってきた側とは別の壁が開く。


「さ、こちらへ」

「え、あ、はい」


 どう返事したものか考えていると、リティミエレはすでに壁の方に歩いていた。

 促されるままに後を追う。先ほど歩いたのと同じような、右にわずかにカーブした通路。ふと振り返ると、部屋への道は既に塞がれていた。

 エモーションがきゅるきゅると音を立てながら少し後ろをついて来る。改造という単語を警戒しているのは同じらしい。

 無言でいるのも不安なので、情報収集をかねてリティミエレに話しかける。


「不思議な通路ですね」

「ええ。この天体内部は用途に応じて構造が変化します。先ほどの面談室もミスター・カイトがこの天体に来た時に作ったのですよ」

「構造が変化?」


 つまり、この通路も普段は存在しない空間だということか。

 通路をきょろきょろと見回すカイトが愉快なのか、体毛を揺らしながらリティミエレが続ける。


「この天体内部では、居住用の個室と転送室、操作室以外は固定されていません」

「居住用の個室、ですか」