銀河放浪ふたり旅 ep.1 宇宙監獄の元囚人と看守、滅亡した地球を離れ星の彼方を目指します
第二話:ハロー、地球外知性体 ②
エモーションが「この空間ではスーツを脱いでも大丈夫です」と言い出したので、
「丁寧な挨拶に感謝します。ミスター・カイトとお呼びしても?」
「ええ、もちろん。僕はあなたを何とお呼びすれば
「これは失礼しました。私はリティミエレと呼ばれるのが最も近しいでしょう」
「分かりました、リティミエレさん」
名前の時だけ発音に違和感を覚える。翻訳ソフトの類だろうか。
少しばかり毛深いリティミエレは、笑顔に見えるような表情を作ると、カイトに座るよう促した。床から直接生えたような椅子。
座ってみるが、特に拘束されることもない。エモーションが斜め後ろに来たので、
「私たちはかなり以前からあなた方を観測していました」
「そうですか。この場所にいたのは、僕の乗る船を確保するためですね?」
「はい。私たちもまたこれを最後の機会だと思っていましたから」
最後の機会と言った。観測していたのであれば、地球の文明が崩壊したのも分かっていたはずだ。
リティミエレの言葉からすると、カイトと同じ選択をした者は他にいなかったようだ。
「僕以外の船で外を目指した者はいなかったのですね」
「はい。惑星外周部に居住していた百八十六名のうち、星に戻ったのが百四十二名。その場所に残留したのが二十五名。自ら命を絶ったのが十八名。時間経過を考えれば、残留した二十五名がこの座標まで到達することは出来ないでしょう」
「そうですか」
特に感慨はない。
宇宙空間にいたのは、宇宙ステーションなどに駐在していたスタッフ以外は大体が同じように追放刑に処された犯罪者たちだ。
中にはカイト同様に社会のガス抜き目的で追放された者たちもいただろうが、追放刑に処された大半は恐るべき重犯罪者である。カイトは興味を持たなかったが、ほとんどが地上に戻ったということは、文明の崩壊はそれほど致命的なものではなかったのかもしれない。
それよりも、カイトの興味はリティミエレの言葉にあった。最後の機会とはどういう意味なのか。
「最後の機会と言っていましたが」
「はい。アースリングの皆さんを迎え入れるかどうかの最後の機会でした」
「ふむ?」
「私たちは、そうですね……あなた方の言葉でいうと『連邦』という集団にあたります。私とこの人工天体のスタッフは、あなた方が母星からこの辺りの距離まで到達できた時点で、私たちの存在を明かし、連邦への参加を提案する予定でいました」
「つまり、僕が例えば別の方向に進んでいたとしても、あなたたちの仲間に迎え入れられたということですか?」
「はい。この程度の距離であれば、それほどの時間を必要とせず移動できますから」
「ということは、僕が皆さんと出会えたのは偶然や幸運ではない?」
「そうですね。ミスター・カイトが恒星を挟んで逆に向かっていた場合も、私がこうやって最初の面談をしたことでしょう」
少なくとも技術的な部分では、明らかに自分たちよりも彼らのほうが進んでいる。分かっていたつもりだったが、その規模についてはっきりと理解できてはいなかったようだ。
次から次へと疑問が湧いてくるが、あまりこちらばかり質問しすぎるのは失礼かもしれない。
カイトは残りの質問を三つと定め、リティミエレに問う。
「リティミエレさん。あまりこちらから聞いてばかりでも申し訳ないので、ここからは三つだけ質問します。最初の面談があなただったことに理由はあるのですか?」
「はい。私たちの経験則として、こういった最初の出会いの時に、自分と近しい姿をしている方が理解と共感が得られやすいという結果があるからです」
「なるほど」
「私たちの連邦には、知的種族として二千六百ほどが所属しています。前肢先端機能発達型種族はそのうち過半数を占めますから、アースリングの皆さんはあまり疎外感を感じることはないと思います」
前肢先端機能発達型種族。つまりは手のことか。カイトは思わず自分の両手をまじまじと見た。
似た姿の方が共感を得られやすいという経験則には納得だ。もし最初に出会ったのがリティミエレのような姿でなく、古典SFに出てくるようなタコの化け物であったら、これ程落ち着いて会話できただろうか。
他にはどんな姿をした種族がいるのかといった興味はあったが、残りの質問を優先することにする。
「次の質問です。我々を観測していたと
「いくつか理由がありますが、現時点ではミスター・カイトに開示できないものもあります。ご容赦ください」
「そうですか。後で教えてもらえるのであれば構いません」
リティミエレは特に表情を変えなかった。開示をごねれば困った顔をするのかもしれないが、カイトとしても別に困らせたいわけではない。
そのまま次の質問に移る。これが今のところ最後の質問だ。
「では、今僕が思いつく最後の質問です。地球の現状を見る限り、地球にはあなた方の求める価値がもう存在しないのではないですか?」
「いいえ。私たちは資源と環境の問題から完全に解き放たれています。資源や環境のためにあなた方の星を求めるようなことはありません。ですが、文明の著しい後退はこちらでも確認しています。ミスター・カイトがここに到達しなければ、我々は観測を停止して連邦に戻っていたでしょう」
「僕たちが再び宇宙に飛び立つだけの文明を積み上げるまで、皆さんの興味の対象ではなくなるから、という理解で構いませんか」
「その考えは正解でもあり、不正解でもあります。その理由を説明するには、やはり現時点では難しいと思うのです」
「そうですか」
カイトは特に地球人類を代表しているわけでもないので、その点についても追及はしなかった。情報を急いで引き出す必要も感じていない。
それに、現時点ではとリティミエレは言った。条件を満たせば説明すると言っているわけだ。それならこの疑問にも答えはもたらされることになる。あくまでカイトの好奇心でしかないのだから。
質問を終えたので、この後は向こうの話を聞く番だ。
こちらが聞く姿勢になったと理解したのか、リティミエレが口を開いた。
「ミスター・カイト。あなたは連邦の市民権を希望しますか?」
その問いはあまりにも軽く発せられた。
***
「僕が望めば、市民権をもらえるということですか?」
「はい。ミスター・カイトは連邦のエネク・ラギフを得る条件を満たしています」
カイトには理解できない単語が出た。リティミエレの発音が変わったから、翻訳できない単語だったのだろう。
文脈からすると、市民権の一種であるとは思うのだが。
「エネク・ラギフ?」
「そうです。連邦議会の議員選挙の被選挙権と、その生体情報を中央保管室に無期限かつ無制限に同期する権利を与えられます」
生体情報の同期というのは分からないが、議員選挙の被選挙権は分かる。
「それは随分と上等な権利のように感じますが」
「はい。権利としては十四の段階のうち三番目に上位のものです。私たちが観測を開始してから現在までに、ミスター・カイトの母星である地球には連邦に参加できるだけの政治的知性を持った国家体が存在していません。この場合、最初に連邦に能動的に接触したミスター・カイトを地球の代表として扱うことになります」
「なんとまあ」
地球の現状がどうなっているのかが少しだけ気になった。カイトとしても、まさかリティミエレから地球の国家にダメ出しをされるとは思わなかったのだ。
とはいえ、地球の文明か環境が崩壊するような結果を招いてしまったのだから、その批判自体は妥当なのかもしれない。
カイト自身は地球を捨てたようなものだ。異文明に拾われた先で地球の代表として扱われるというのは、皮肉が利いているというか何と言うか。
「ミスター・カイトの思考パターンは現在進行形で観測されています。あなたの知性と理性は連邦市民として迎え入れる条件を十分にクリアしています」



