銀河放浪ふたり旅 ep.1 宇宙監獄の元囚人と看守、滅亡した地球を離れ星の彼方を目指します

第二話:ハロー、地球外知性体 ①

 木星軌道付近で遭遇した、巨大構造物。

 グッバイアース号は、引き寄せられるように構造物に向かっている。エモーションはそんな中でも対応を進めていたようで、警告音が一時的にんだ。カイトの頭もそれに伴って落ち着いてくる。

 と同時に、自分が判断を迫られていることも分かっていた。


「どうしますか、マスター・カイト?」

「どうとは?」

「いえ、このままあの構造物に向かうか、逃げるかです」


 このまま構造物に回収された場合、その先に待っている者が好意的だとは限らない。そもそもアースリングと価値観を共有できる存在かさえ分からないのだ。

 一方で、逃げたからといって生き延びることは出来ない。というか、そもそもの問題として船は中破しているのだ。このまま判断を迷っている間にも死へのカウントダウンは進んでいる。

 カイトの中で、結論は既に決まっていた。


「行ってみるさ」

「……よろしいので?」

「どうせ死ぬならやれることは全部やっておこうかなってね。公式に発表されている範囲で、地球外知性体と初めてコンタクトを取ったアースリングって情報も追加しておいてくれるかい」

「それはもちろん」


 船は構造物に向かいながら徐々に減速している。エモーションが船の速度を落としているのかと思っていると、きゅるきゅると音を立てた。


「マスター・カイト。船のコントロールが掌握されています。どちらにしても逃げるという選択肢は選べなかったようです。申し訳ありません」

「仕方ないね。僕たちのゴールはここだったってわけだ」


 どこからこの構造体がやってきたかは知らないが、少なくともようやく木星軌道までやってきたカイトたちアースリングと比べるべくもなく、その技術が格段に上であるのは明らかだ。

 かいこうは止められない。

 それならば、出来るだけ楽しむしかない。

 ロッカーに向かい、生命維持スーツを取り出す。


「さて、どんなクリーチャーと会うことになるのかな」

「ですから古典ムービーを見すぎだと」


 エモーションのあきれたような突っ込みは、やはりまだ切れ味が鈍かった。


***


 引き寄せられたグッバイアース号は、巨大構造物の内部に自然と招き入れられた。どうやらこの構造物は巨大な宇宙船であるらしい。

 エモーションはすでにグッバイアース号とのリンクを切っており、機体を動かしているのはこの構造物の中にいる誰かである。

 と、唐突にエモーションが落下した。カイトの体にもずしりと負荷がかかる。重力だろうが、この重さは何ともなつかしいと思える。とはいえ、伝え聞いていたほどの辛さは感じない。毎日続けていた運動の成果か、ここの重力が地球ほどではないのか。

 エモーションがきゅるきゅると音を立てた。カイトはエモーションのボディを持ち上げると、メインルームの壁面に設置されていた重力下用の制御ユニットに接続してやる。


「ありがとうございます、マスター・カイト」

「どういたしまして。さて、ここには重力があるようだね」


 重力下用ユニットが駆動し、エモーションがふわりと浮かび上がる。

 相変わらず船は自動で動いている。重力の影響下に入ったということは、目的地は近いのだろうか。


「マスター・カイトはあまり不安に思っていないようです。バイタル正常」

「そりゃ、ここまで来たら好奇心の方が勝つさ。有無を言わさず殺されるってことはなさそうだし」

「その根拠は?」

「そんな気があるなら、ここに来るまでの間に殺してるでしょ」

「そうでしょうか」

アースリングのサンプルとして標本にされる可能性もあるかな?」


 言っておいて何だが、その可能性は低いと思っている。

 こんな巨大建造物を作るほどの文明であれば、技術力や資源の差は明らかだ。わざわざカイトを招き入れる意味も必要もないだろう。

 あるいは地球の文明を滅亡させたのは彼らなのかもしれないが、それならそれでどんな理由でそんなことをしたのか聞いてみたくもある。あくまで知的好奇心を満たすために。

 楽観的なカイトにあきれたのか、エモーションは無言できゅるきゅると音を立てた。

 思ったより多彩な表現技術を持った機械知性である。


***


 船が止まる。

 カイトは特にちゆうちよなく、出入り口の扉を開けた。生命維持スーツは既に着ているから、しばらくは保つと判断している。命への執着を止めたアースリングの好奇心と行動力をめてはいけない。

 エモーションが外の空気組成を調べていたが、「スーツは脱がないでくださいね」と言われたのでアースリングが生存しやすい状態ではないのだろう。

 グッバイアース号から降りて、水色の床に降り立つ。天井と壁、床とそれぞれ色が違うのは、何かの意図があるのだろうか。

 振り返ればグッバイアース号。そういえば初めて外観を見たが、ずいぶんとツギハギだらけの姿をしている。よくここまで保ったものだと背筋が少しばかり寒くなった。


「ハロー、地球外知性体の皆さん」


 えず、外部マイクをオンにして語りかける。

 しばらくの沈黙の後、どこからともなく聞こえてきたのは。


『こんにちは、アースリングの方』


 中々にりゆうちような地球の言葉だった。

 驚きはあまりない。カイトは彼らがここにいる理由の仮定、そのいくつかを脳裏から追い出した。

 少なくとも、こちらの挨拶に返事を出来る程度には地球の文明を観測していたと分かったからだ。


『アースリングの生存に適した気体組成の空間を用意しました。通路を開放しますのでお越しください』

「それはどうも」


 音もなく、壁の一部が開いた。扉のようには見えなかったが、どういう仕組みなのやら。

 特に反抗する理由もないので、開かれた通路を歩く。少しばかり後ろをエモーションがついてくる。

 天井が白色の、壁面が緑色のほのかな光を放っている。通路に継ぎ目がないのを不思議に思いながら、進んでいく。


「エモーション。何か異状はあるかい」

「特にありません。空気の組成も変化はないですね」

「了解」


 少しだけ右にカーブしている通路を、ひたすら進む。

 機械的な音が、壁の向こう側から時折聞こえてくる。どれ程歩いたか、ようやく正面に壁面を捉えた。

 立ち止まると、背後でぷしゅっと空気の抜けるような音がした。振り返れば、背後が塞がれている。


「エモーション?」

「位置座標がわずかにずれました。扉が閉じたのではなく、我々のいる場所が少しずれた形です」

「ふむ」


 特に足元が動いたようには感じなかった。これが彼らの技術力か。

 と、エモーションがきゅるきゅると音を立てた。


「この場所の空気組成が入れ替わっています。どこにも空気口らしいものはないのですが……」


 困惑している様子だ。エモーションに分からなければ、カイトにもそのカラクリは分からない。そのまま動きがあるのを待っていると、唐突に目の前の壁面が右に動いた。ふたたび通路があり、その奥には扉らしいものが見える。

 どうやらそこが目的地であるらしい。近づいてみると、音もなく扉が開いた。半ばから上下に分かれる扉というのも珍しい。


「ようこそ、勇敢な。あるいは無謀な旅人。あなたは私たちと能動的に接触した初めてのアースリングです」

「初めまして、地球外知性体の方。僕は地球から来たカイト・クラウチです。こちらは相棒のエモーション」

「初めまして」


 部屋の真ん中に座っていたのは、二足歩行の人物だった。アースリングと比べると体毛がかなり多いが、思っていたよりかなり人間に近い姿をしている。

 顔立ちは人間のそれに近いが、その顔も含めて全身を体毛に覆われている。異文明との出会いを実感して、カイトは思わず息を吞んだ。