最強の悪役が往く ~実力至上主義の一族に転生した俺は、世界最強の剣士へと至る~

序章:悪役転生 ①

 VRMMORPG《モノクロの世界》。

 世界的に流行したゲームの一つで、同時接続者数100万人を超えるほどの人気を博した。

 現実で嫌なことがあった俺も、この《モノクロの世界》では主人公の一人。数ある武器を手に、広大なフィールドを走り回った。

 モンスターと戦闘し、友人たちと歓談し、アイテムを探してマップ内を散策する。ただそれだけのことが、学校でいじめられていた俺にはすごく幸せな時間に思えた。

 楽しかったんだ。いつまでも甘い夢に浸っていたいと思った。……しかし、現実はいつまでも甘くはない。時に牙をき、時にあらぬ方向へ人を導く。

 例えば、今の俺のように。


「……うそ、だろ?」


 自分のっぺたを強くつねってから、俺はか細い声をこぼした。

 目の前に置いてある大きな鏡の中には、見覚えのない少年が立っている。

 艶のある夜空のように黒い髪。長さは男にしては少し長い。瞳は赤く、まるで血だ。

 顔立ちはずいぶん幼い。おそらく年齢は五歳くらい。背丈もギリギリ一メートルあるかどうか。総じて俺の記憶にある人物とは異なる。

 なぜなら、その人物とは……他の誰でもない、俺自身のことなのだから。


「異世界転生?」


 ちんけな答えが、喉を通って出てくる。それ以外にこの状況を説明する言葉は無かった。

 最初は、なぜベッドの上に寝転がっていたのか、そもそもここはどこなのか、とゲームをプレイしている気分だった。

 VRゲームはリアリティを追求している。中世風の室内にいても何らおかしくはない。だが、それが全くの見当違いだと気付いたのは、ついさっき。

 俺が作ったキャラクターとは違う容姿が鏡面に映し出され、何となく頰をつねった際に痛みを感じて、状況を把握した。

 VRゲームに、少なくとも《モノクロの世界》に、痛覚設定など存在しない。そんなものが組み込まれていたら、世間が黙っていない。

 ただでさえ、聞いたところによると、VRゲームを制作する過程でいろいろ騒動があったらしい。

 そういうわけで、俺は目を覚まして早々にここが異世界だと仮定する。もちろん、まだゲームの中であるという可能性を捨てきったわけじゃない。低くても可能性は残っている。


「ひとまず、自分がどこの誰なのか調べないといけないな……」


 鏡から視線を外す。ぐるりと部屋の中を見渡してみるが、自分の正体に辿たどりつけそうなものは何も無い。

 すると、そこで──コンコン。

 部屋の扉が控えめにノックされた。扉越しに女性の声が聞こえてくる。


「おはようございます、ルカ様。お着替えの準備をしてもよろしいでしょうか」

「……ルカ? 着替え?」


 誰の、何の話だ?

 俺は女性の台詞せりふに首をかしげる。少し考えて、この部屋には自分しかいないことを思い出した。たぶん、《ルカ》という名前は俺の名前だ。そして着替え……ひょっとすると、ルカこと俺は、割と偉い立場の人間だったりするのか?

 うんうんと頭をひねっていると、


「ルカ様? まだ寝ているのでしょうか」


 ガチャ。ゆっくり扉が開いた。外からメイド服を着た女性が部屋の中に入ってくる。

 お互いに視線が交錯した。


「あら……起きていらっしゃったんですね、ルカ様。おはようございます。鏡の前で何を?」

「あっ……いや、なんでもない」


 くっ! とつにため口で答えてしまった。見るからに相手のほうがとしうえなのに。

 しかし、メイドはさも当然のように俺の言葉を受け入れた。考える素振りもなく話を続ける。


「そうですか。では、先にお着替えを。こちらに置いておきますね」


 手にした衣服をベッドの上に置き、うやうやしく頭を下げてメイドは部屋を出ていった。それを見送り、俺は盛大にため息を吐く。


「ハァ。そりゃあずっと家に引き籠もっていたんだし、人見知りだよなぁ」


 俺が彼女にとつに返事できなかったのは、前世? でも人と話すのが苦手だったからだ。学校ではけんの強い男たちにいじめられ、女子からは「みじめ」「情けない」「気持ち悪い」「根暗」などと言われていた。今思い出すだけでも胸が締め付けられる。

 仮に俺が地球のどこかしら、もしくは異世界に転生したのなら、かつての記憶など忘れ去ったほうがいい。分かってはいるが……簡単じゃなかった。


「つうか、あの人に俺のことけばよかったじゃん。なんでそのまま行かせた」


 やれやれ、と自分の情けなさに涙が出そうになる。

 とりあえずメイドが置いていった服に袖を通す。素材がいいな。俺の知る服とは少し違うが、貴族のお坊ちゃんっぽい。


「貴族転生か。これがラノベだったら、俺は一族の中で冷遇された落ちこぼれか、家族に愛された天才か。よくある展開だとどっちかだな」


 できれば後者であってほしい。俺はもう、冷遇された人生を歩みたくない。誰からも必要とされない、誰からも求められない、いない人扱いされるのは嫌だ。

 思わず右手に力が籠もる。ぎゅっと拳を作り、着替えが終わるなり部屋を出た。まずは、今いる建物の中を調べる。


「──お着替えは終わりましたか? 朝食の準備はできています」

「げっ!?」


 廊下に出た瞬間、ずっと待っていたのかメイドにつかまった。変な声が漏れる。


「ルカ様? ダイニングルームへ向かいますが……よろしいでしょうか?」

「あ、ああ……大丈夫、だ……」


 またしてもため口で答えてしまう。きっと俺は貴族の息子。敬語で話すほうがおかしい。その証拠に、メイドはやはり何も気にしていなかった。きびすかえし、歩き出す。俺は彼女の背中を追いかけた。

 ダイニングルームか……食堂のことだよな? そこに行けば食事にありつける。何か、他にも情報が得られるかもしれない。

 お互いに無言を貫き、廊下の先にあった階段を下りる。どうやら俺の部屋は、しきの二階にあったらしい。階段を下りて左へ。大きな二枚扉を開けると、横長のテーブルを縦に設置したダイニングルームと思われる場所に辿たどいた。

 いや、長すぎるだろテーブル。端から端まで十メートルくらいある。


「よう、ルカ。今日は少し遅かったか?」


 ダイニングルームに入ってすぐ、すでに席に座っていた少年が声をかけてきた。

 金髪へきがんの少年だ。俺と違ってくせ毛が目立つ。顔立ちはよく、おかげでくせ毛がアクセントになっていた。

 誰だ? こいつ。どこかで見覚えがあるような……。それに、なんだか金髪の少年を見ていると、胸がムカムカしてくる。とはいえ、見ず知らずの相手にけんを売るのはまずい。グッと怒りを堪え、口を開いた。


「いつも通りの時間だろ」


 短く言葉を返す。直後、金髪の少年が驚いたように言った。


「なっ……ど、どうしたんだ? 今日はいつにも増して生意気な口をくじゃねぇか」


 生意気? ……ははーん。同じ家の中にいることといい、気さくな口ぶりといい、こいつ、俺の兄か親戚か?

 注意深く男を観察する。だが、途中でメイドがささやいた。


「ルカ様、料理が運ばれてきます。お席に」

「……分かった」


 いろいろときたいことはあるが、異世界転生して記憶がありません──とは言えず、大人しく従う。一番近くにある目の前の席に座った。

 遅れて使用人が次々に料理を運んでくる。出来立てっぽいが、毒見は無しか?

 げんに思いながらも、テーブルに置かれたフォークやスプーンを使って料理を食べる。不思議と体がすいすい動いた。貴族らしいマナーとか作法とか知らないが、誰も何も言わない。できている、のか?

 短時間で分からないことばかりが増えていく。いっそ誰か教えてくれ、と内心で不満を漏らしながら食事を続けていると、


「今日はルカとカムレンの二人だけか」