最強の悪役が往く ~実力至上主義の一族に転生した俺は、世界最強の剣士へと至る~

序章:悪役転生 ②

 ダイニングルームに、二メートル近い巨人が入ってきた。地の底から響くような低い声に、体がビクリと震える。

 こ……こいつは!?

 俺の背後を通り抜けて一番奥の席へ向かった大男を見て、俺は戦慄した。ようやく、初めて、見覚えのある人物が現れた。


 ルキウス・サルバトーレ。


 ゼーハバルト帝国の建国に尽力した三人の英雄の一人、サルバトーレ公爵家の当主。

 力を追い求めるサルバトーレの代名詞とも言えるキャラクターで、《モノクロの世界》に登場する悪役。敵だ。

 そんな男が俺の眼前に、当たり前のように現れた。当たり前のように食事を取ろうとしている。導き出される答えは……お、俺の父親?

 ようやく現状が多少はつかめてきた。

 一つ。俺の名前はおそらくルカ・サルバトーレ。ルキウスが俺を見て何も言わないってことは、そういうことだろう。

 二つ。見覚えのある金髪の少年の名前。カムレン・サルバトーレ。こいつはゲームにも登場する敵キャラクターの一人だ。どうりで違和感を抱いたわけだ。俺が知ってる姿は、今よりだいぶ成長している。

 三つ。どうやら俺は、《モノクロの世界》に登場する悪役一家の一人に転生したらしい。しかもルカなんて名前は、作中で一度も出てきていないはず。俺もうろ覚えだが、そんな気がした。

 せっかく大好きだった、やり込んでいたゲームと似た世界に転生したというのに、俺は主人公でも主要キャラクターでもなく──悪役モブ。一気にテンションが落ちる。


「ルカ様? いかがしましたか?」


 俺の様子にいち早く気付いたメイドが声をかけてくるが、


「なんでもない……」


 俺は力の抜けた声しか出せなかった。

 サルバトーレ公爵家といえば、最終的にゼーハバルト皇家に反旗をひるがえし、皇家と主人公に倒される悲運の悪役。まあ、悲運という表現は少し違うか。

 サルバトーレ公爵家の人間は化け物と変態と鬼畜野郎しかいない。戦闘こそとか言う連中だ。その傲慢さが身の破滅を招いた。ごうとくではある。

 だが、俺は死にたくない。人ならば当然、生きたいと願う。何よりまた嫌われ役か……。

 前世でもそうだった。無力な俺は、学生時代、毎日のようにいじめられていた。ついに耐えきれず引き籠もり生活を始めた時に出会ったのが、《モノクロの世界》。

 容姿を自由に設定できる仮想世界は、俺の人生の全てが詰まっていると言ってもいい。ゲームに手を出したのはほんの数年。たったそれだけの日々が、俺の人生の八割を占めた。

 いつだってゲームを優先し、ゲームの中でくらいカッコいい、理想の自分を演じた。

 当時、俺が好きだったのはダークヒーロー。ちゆうはんな優しさを振りかざす主人公をけんしていた頃だ。

 ダークヒーローはすごい。ヒーローでありながら敵には容赦しない。味方には優しい一面を見せつつ、敵対者にはどこまでも冷酷に、苛烈になる。そんな二面性にれた。俺もクールでカッコいいダークヒーローになりたかった。無力な過去の自分には戻りたくない。そう、思っていた。

 それが。

 まさか、力を尊ぶ悪役一族の一員になるとは。予想外にもほどがある。

 違う! そうじゃない! と今すぐテーブルをたたきたくなったが、父や使用人の前だ、自重する。それよりも、俺は決断を迫られる。よくある破滅エンドの回避を目指すか、いっそ家から飛び出し、無関係な存在となるか。

 俺は……。


「──ごちそうさまでした」


 考え事と食事を同時に終わらせる。ルキウスに一礼し、俺は席を立つ。

 父ルキウスは何も言わない。視線すら寄越さず、興味無さそうに食事を続けていた。

 そうだ。これがサルバトーレ公爵家。力こそ全て。弱者はただ強者にじゆうりんされるだけの世界。俺はこの世界で、もう二度と何も奪われることなく生き抜きたい。現実でも、ゲームでも、俺は何度も奪われ続けた。

 せっかく転生したのにまた奪われるのか? 分かっていながら、何もせず受け入れるのか?

 否である。

 俺は戦うことに決めた。命を懸けて、この地獄のような公爵家の中で生き抜く。例えどんな手を使おうと。

 これは一種のチャンスだ。自分を変えるチャンス。負け犬で終わるな。少なくともここは現実のようで現実じゃない。お前が愛し、逃げ、悔しい思いをしながらも楽しんだ世界だ。それなら俺は──前に進めるはずだ。

 散々悩んだ結果、俺は茨の道を歩くことにした。逃げられないのなら、ただ前に向かって走ればいい。


 さあ、第二の人生ゲームの始まりだ。