最強の悪役が往く ~実力至上主義の一族に転生した俺は、世界最強の剣士へと至る~

一章:荒神のリリス ①

 俺が《モノクロの世界》に転生して半年の月日が過ぎた。

 時間の流れはあっという間だ。まばたきしている間に、前世なら季節を一つか二つはまたいだ。


「どうかしましたか、ルカ様。何やら注意力が散漫ですよ!」


 向かって右側から、鋭い一撃が迫る。姿がかすむほどの速度で木剣が振るわれた。それを落ち着いて、自分の木剣でガードする。


「ぬかせ。俺はいつも通りだ」


 互いの木剣がぶつかり合い、甲高い音を響かせる。手元に伝わってきた強烈な衝撃に目を細める。内心、「くっっっそ痛ぇ!」と汚い言葉が出た。

 左足を前に出し、ガード体勢のまま正面の男性に近付く。灰色髪の男性は、俺が接近してくるとは思っていなかったのか、こちらの一手に目を見開く。


「ッ!?」

「お前こそ油断しているとするぞ、サイラス!」


 先ほど盾に使った剣を、引き戻さずに突き放った。こうしたほうが追撃のラグが短くて済む。


 現在俺は、サルバトーレ公爵邸の隣にある訓練場で、剣術指南役のサイラスという男と剣を交えていた。

 さすが現役の、それもサルバトーレ公爵家が抱える騎士なだけあって、サイラスの技量も腕力も相当なものだ。五歳の俺では、まともに防御してもダメージを受ける。それでも戦えているのは、サイラスが手加減している証拠。彼が本気だったら、俺は五秒ともたない。


「ははっ。サルバトーレの若きは血気盛んですね。私も負けてはいられない!」


 俺が斬り込み、サイラスがいなす。その繰り返しが、剣道場によく似た広い室内で行われる。あくまで俺に合わせた速度、力でサイラスは抵抗する。

 時折、俺の予想を超える一撃を放ってくるが、意識していれば避けられないほどじゃない。半年の間に何度も殴られ、何度もをした。傷付く度に学び、知識や経験として吸収している。もう、よほど疲れ切っていないとサイラスの攻撃は当たらない。

 双方、踊るように自分の攻撃範囲を調整しながら動いていると、ふいに、後方から足音が聞こえてきた。最後に一発、お互いの木剣を斬り結び、俺もサイラスもピタリと戦闘を止める。視線が同時に俺の後ろへ向いた。


「終わりの時間か?」


 俺が訓練場にやってきたメイド服の女性に問うと、彼女はペコリと頭を下げてから答えた。


「はい。ゆうの支度まで一時間を切りました。ルカ様の言いつけ通りの時間かと」

「分かった。下がっていいぞ」

かしこまりました」


 専属メイドは、俺の指示に素直に従う。ほとんど音も無く消えた。

 武力を尊ぶサルバトーレ公爵家では、メイドも強い。常識だ。


「いつも疑問なんですが、夕食まで時間があるのに、早々に切り上げるのはどうしてですか? 疲れてるわけでもないのに」


 半年間、俺の奇妙な時間の調整に、サイラスが何度目か忘れた質問を投げかけてくる。当然、何度も返した言葉を送る。


「ただの散歩だ。息抜きとも言う。ただ激しく体を動かしていればいいというものでもないぞ、サイラス」

「ですよねぇ。ま、実際にルカ様はありえない速度で強くなっているし、私も誰も文句はありませんよ」

「だったら一々聞くな。答えるのも面倒だ」

「ルカ様ってりち

「黙れ」


 ニヤニヤとムカつく顔を浮かべるサイラスから視線をらし、木剣をサイラスへぶん投げてから訓練場を出ていく。このあと俺は、少々やるべきことがある。

 厳密には、「見つけなきゃいけないものがある」。


▼△▼


 ルカが足早に訓練場を立ち去っていく。

 取り残された灰色髪の男性サイラスは、その後ろ姿を見送ってからため息を吐いた。


「ハァ……ルカ様おっかねぇ」


 それは、この半年間の記憶を振り返った際に必ず出てくる言葉。

 ルカ・サルバトーレはおっかない。

 背丈も年齢も、剣術も経験も何もかもが上のはずのサイラスが、ルカの訓練を始めてから一度も油断できていなかった。手加減は常にしてる。本気を出せば戦いはすぐに終わる。だが、それにしたってルカは恐ろしい。


「ああいうのを天才って言うのかね」


 ルカ・サルバトーレはまだ五歳。剣を握って半年しかっていない。にもかかわらず、ルカの成長速度は、サイラスがこれまで見てきたあらゆる剣士をりようしていた。

 人類最強と名高い剣士ルキウス・サルバトーレでさえ、基礎中の基礎、木剣による素振りを百回達成するのに一週間を要した。その娘、長女ノルンも五日。

 しかしルカは、なんと──初日で百回の素振りを終わらせた。代々、サルバトーレ家の人間が素振りで使う特注の鉛が入った非常に重い木剣で。

 普通なら腕が千切れる。そう錯覚するほどの疲労と痛みが体をむしばむ。けれどルカは、その痛みを我慢して乗り切った。

 あまりにも異常。サイラスは初めて子供に恐怖を抱いた。ノルン以上にルカは不気味だと。


「基礎訓練を三日でクリア。そこから俺との打ち合いまで一日。少なく見積もっても半年間は剣を交えてきた、が」


 サイラスの視線が自らの手元に落ちる。先ほどの戦いも、実は割とサイラスは驚いていた。

 ルカは必ず毎日成長する。一度戦えば十も二十もおぼえる。こちらの動きを観察し、攻撃の間合いを調整する技術に至っては、兄たちよりすでに上だ。当主ルキウスにこのことを話したら、とてもうれしそうに笑っていたのを思い出す。


「ひょっとすると、俺の本気を超えてくるのも時間の問題かもしれないな。それこそ、初代当主と同じくらいの年齢でオーラだって……」


《オーラ》。

 この世界に存在する、五つある能力の中で最もバランスに優れた力。あらゆる万物を強化できる。

 サルバトーレ公爵家の成人した人間は、今のところ全員がオーラを扱える。強い剣士になるなら、身体能力も強化できるオーラは必須だ。無論、能力が発現した者に限られるが。

 そして能力は、早くても十歳を過ぎないと覚醒しない。天才、神童とうたわれたルキウス、ノルンの二人でさえ、十歳の頃に開花した。

 だが、何事にも例外はある。

 例えば初代サルバトーレ公爵。帝国建国に尽力した英雄の一人である彼は、八歳の頃にオーラが使えるようになったらしい。ならばルカとて、早期にオーラを覚醒させられるかもしれない。

 早期の覚醒がイコール最高の才能の持ち主とは言えないが、歴史上の偉人たちは皆、早期の覚醒者たちだ。確率でいえば相当高い。だから当主ルキウスも、ルカの早期覚醒に期待している。

 サイラスもルカには大きな期待を寄せていた。

 ルカは決してサボらない。怠けない。まるで何かにおびえているかのように剣を振る。あまりにも鬼気迫る様子は、見ているサイラスが疲れるほどだ。


「天才は自然と努力する。ルカ様はまさにそれを体現していた。どこまで羽ばたけるのか……恐ろしくもあり、ワクワクもあり……目が離せないな」


 二本の木剣を壁に立てかける。使い古した武器は、今にも壊れそうだった。

 ルカの並々ならぬ訓練のたまものだ。これを見る度にサイラスは、今のルカに何が必要なのかを考える。できることなら、最も早く教えてあげたいオーラが覚醒しますように。そんな祈りを心の中でつぶやき、本来やるべき騎士の仕事に戻る。


▼△▼


 サイラスとの日課の鍛錬を終わらせた俺は、一人、しきの横に延びる道を通り抜けていく。

 先にあるのは、普段ほとんど使われていない離れの建物。


「探していないのは、もうここくらいか……」


 歩みを止めず、建物の中に入る。

 俺はここ半年の間に、時間を見つけてはしき中をくまなく歩き回っていた。

 何をしているのかと問われれば、目的はただ一つ。サルバトーレ公爵家のどこかにある、《隠し通路》の発見だ。そこに、ある人物が封じられている。


「意外とれいだな」