最強の悪役が往く ~実力至上主義の一族に転生した俺は、世界最強の剣士へと至る~

一章:荒神のリリス ②

 廊下にも窓にも汚れやほこりは付いてない。定期的に使用人が立ち入っているのは明白だ。じゃあ、彼ら彼女らの目的は? なぜ掃除する?

 きっと、隠し通路の奥にいるに、当主や一族の誰かが会いに行ってるんだろう。

 角を曲がり、適当にどんどん奥を目指す。

 元々はここが本邸だったらしい。その名残か、離れの中はそこそこ広い。何も考えずに歩いていたら、俺でも迷子になる。

 きょろきょろと周囲を見渡しながら更に進むと、やがて表札に「書斎」と書かれた一室を見つける。


「……臭うな」


 俺の勘が訴える。ここに隠し通路があると。

 このしきは初代当主が建てた。リリスを捕まえてきたのも初代当主だ。もし俺が初代当主だったら、危険人物をどこに隠しておくか。当然、管理しやすい自分のそばだ。強者ならそう考える。

 つまり、書斎。答えはこの中だ。

 扉を開けて書斎に足を踏み入れた。


「確かゲームだと、隠し部屋につながる扉は、スイッチを押して開くんだったか?」


 文章のどこかにそんな記載があった。いっそ、「離れにある書斎のどこどこ〜」まで書いてあってほしかったが、今更それを言ったところで詮無きこと。左壁から順にスイッチを探していく。

 注意深く観察しながらぐるりと部屋中を回ると、一箇所だけ露骨に掃除されていないエリアに気が付く。明らかに適当だ。他ほどれいじゃない。


「まさか、な。フェイクだろ」


 いくらなんでも歴代当主はそこまで馬鹿じゃないよな?

 疑いつつもスイッチを探してみると……。

 ──カチッ。

 本棚の右斜め下、底に奇妙な凹凸が。先端に軽く触れて押した瞬間、一つ隣の本棚がくるりと回転して外側に開く。

 俺はとつに後ろへ下がった。眼前に、これは見事な隠し通路が現れる。


「……ビンゴ」


 思わず乾いた笑い声が出そうになった。

 目を凝らして入り口をくぐる。通路は真っ暗だ。かろうじて小さな明かりはあるが、足下もおぼつかない。


「チッ。ろうそくくらい持ってくればよかったな」


 まあいい。隠し通路の扉が開いているなら、外からゆうが差し込んできて多少はマシだ。それに、奥のほうには光を放つ特殊な鉱石がはめ込まれている。光量は微妙だが、目が慣れれば問題ない。俺はそのまま一直線の道を進む。

 すぐにひらけた一角に辿たどいた。


「はは……見つけたぞ、リリス」


 俺の目の前に、鎖につながれた少女が倒れていた。

 見たところ眠っている。近付き、彼女の顔をのぞく。


「ゲームでもそうだったが、ずいぶんれいだな。閉じ込められているとは思えない」


 彼女の名前はリリス。美しい薄紫色の髪に金色の瞳が特徴的──だと公式サイトの設定欄に載っていた。事実、瞳の色はうかがえないが、こんな陰鬱とした場所に囚われてるにしては汚れの少ない髪だ。


「これでゲームのラスボスなんだから、分からないもんだな……しかし」


 そこで俺はふむ、と顎に手を当てて考える。


「リリスを見つけたはいいが、問題は彼女をどうやって説得するか」


 リリスは、東方に生息する《荒神》と呼ばれる存在。戦いを求め、誰だろうと容赦なく襲うことからそう呼ばれるようになった。

 だが、見境なく暴れ回ったリリスは、あまりにも圧倒的な力を持つがゆえに、他の荒神たちに目をつけられる。そして、一対多数による一方的な戦いの末に敗れ、力を奪われた。

 どうにか命からがら逃げ延びたリリスだったが、最後には初代サルバトーレ公爵の手に落ち、研究のためにこの隠し部屋に封印されている。何百年もの間ずっと。

 普通に、「力を貸してくれ」と言ってもスルーされるのがオチだ。何か、彼女に提示できるものはないか……。

 無言で思考を巡らせる。リリスにとってのメリット、それ自体は一つしかない。かつて、きような方法で自分を追い詰めた荒神たちへのふくしゆう。そのふくしゆうを俺が代行してやればいい。彼女が素直に信じてくれるかは怪しいが。

 なかなか妙案が浮かばず、もんもんとした時間を過ごす。その途中、ふいにリリスが目を覚ました。はじかれたように体を起こす。


「うおっ!?」


 たまらず俺はきようがくする。体をわずかに後ろへ下げ、リリスを警戒したが、


「……あんた、誰?」


 リリスはきょとん、とした様子で首をかしげながら俺に問うた。年齢は十代半ば。とても元神様には見えない。


「ルカ……サルバトーレ」

「サルバトーレ? ああ、やつの子孫ね」

やつ?」

「初代サルバトーレ公爵よ」

「なるほど」


 意外なことに、リリスからは敵意を感じなかった。公式サイトに書いてある情報通りなら、怒り狂ってもしょうがないというのに。

 そんな俺の疑問に気がついたのか、彼女は言った。


「? なに、ほうけた顔して。不思議そうね」

「いや……殴られると思ってた。意外と穏やかでびっくりしてる」

「はぁ? なんで私があんたを殴らないと……って、そっか。もしかして誤解してる?」

「誤解?」


 リリスの言葉に、今度は俺が首をかしげた。


「ええ、誤解。私がサルバトーレの連中を恨んでるとでも?」

「違うのか?」

「違うわ。初代当主が何て言ってるのかは知らないけど、私は、あんたたちの先祖に助けられたの」

「助けられた?」


 俺が知らない情報が出てくる。前世でゲームをクリアしたというのに、そんな話は無かった。

 どういうことだ? いわゆる裏設定というやつか? もしくは、この世界特有の設定か。どちらにせよ、俺は静かにリリスの続きを待った。


「昔、私は東方の地で暴れた。闘争を求めて、力を求めて。それがやつらの神経をさかでしたのか……複数で私を囲んで痛めつけたのよ」


 やつら、というのがおそらくリリスと同じ荒神のことを指していると思われる。それなら俺の知る話とも合致する。


「最後には力の大半を失った。能力そのものを吸収されるなんてね。そうしてズタボロになった私が、やつらから必死に逃げた先で──出会ったの」

「当時の、サルバトーレ公爵にか」

「正解」


 リリスはわざとらしく手を鳴らして拍手した。隠し部屋にパチパチと乾いた音が響く。


「サルバトーレの人間は、私を仕留めるのではなく、利用しようと考えた。私のほうもまだ死にたくなかったし、彼の提案を受け入れたわ。拒否するほどの力も残ってなかったしね」


 そう言ってリリスは肩をすくめる。直後、すっと目を細めた。背筋に冷たい何かがう。この感覚は……恐怖?


「けど、拘束はやり過ぎじゃない?」

「お前を封印しなきゃいけない理由があったんだろ」

「あの男は、私が強大な力を持つ荒神だと見抜いていた。失った力を取り戻せないように封印したの。嘆かわしい話だわ」

「それは、結果的に助けられたのか?」

「微妙なところね。ご覧の通り、私は不自由してるもの」


 鎖につながれた手を持ち上げて、くすりとリリスは自虐的に笑う。

 俺は状況を正しく理解し、得た情報を整理する。知っているものとは少しだけ違ったが、むしろ俺にとってはメリットに働く。なぜなら、彼女は自由を得たいとも思っているのだから。


「そうか。分かった。なら、ちょうどいいな」

「ちょうどいい?」

「今日、俺がここに足を踏み入れたのは、お前に提案をしに来たからだ」

「へぇ……子供のくせに生意気な口をたたくじゃない」


 リリスの浮かべた笑みが何か恐ろしいものに見える。力を失っているとは言ってたが、よわい五歳の子供を殺すくらいの力は残っているのか? だとしたら分の悪い賭けになる。だが、命を懸けるメリットはあった。

 俺はごくりと生唾を飲み込み、返事を待っているリリスに言う。