最強の悪役が往く ~実力至上主義の一族に転生した俺は、世界最強の剣士へと至る~

一章:荒神のリリス ③

「子供のたわごとだと思ってくれてもいいさ。俺からの提案はただ一つ。──お前の力を俺に寄越せ、リリス」


 右手を前に突き出す。彼女を求めるように手を伸ばした。

 リリスはげんな表情を作る。


「私の力を寄越せ?」

「難しい話じゃない。荒神と呼ばれたお前なら、他者に能力を譲り渡すこともできるんだろう? 初代サルバトーレ公爵がお前をわざわざ生け捕りにしたのは、それが理由のはずだ。違うか?」

「……あはは、本当に生意気なガキ」


 リリスから濃密な殺気が放たれた。心臓がぎゅっと押し潰されそうになる。額からは大量の汗が流れ、脚は俺の意思とは裏腹に小刻みに震える。本能がリリスという存在に屈しかけていた。

 しかし、俺はあらがう。なんとか意識を保ってみせた。


「いいじゃない、あんた。ただの子供じゃないわね? さすがあの化け物の子孫」

「少しは認めてくれたってことか?」


 汗を拭きながら苦笑する。彼女は素直にうなずいた。殺気もかき消える。


「ええ。特別に、私と交渉する権利をあげる。聞かせてもらおうじゃない、あんたが提示する私へのメリットを。当然あるんでしょ?」

「まあな」


 なんとか第一関門は突破した。一番の問題は、彼女が俺の提案に乗ってくれるかどうか。そこさえクリアすれば、あとは簡単だ。彼女が求めている条件を出せばいい。

 ひといきいてから俺は、リリスに告げる。


「まず、俺の提案に関して話す」

「どうぞ」

「俺がお前に求めているのは、能力の譲渡。お前だけが持つ異能──《マテリア》が欲しい」

「ッ! どうしてあんたがそのことを知っているのかしら」


 リリスの警戒心が上がった。俺をにらんでる。


「俺は転生者だ。異なる世界の記憶を持ってる」

「は? 転生者?」

「信じるも信じないもお前の勝手だ。その上で、俺は誰よりもお前に詳しい」

「ふうん……まだ信用はできないわね」

「当然だな。話を進めてもいいか?」

「どうぞ」


 自分が荒神と呼ばれているだけあって、俺の突拍子もない話もみ込んでくれた。長々と説明しないで済むのは楽だな。


「今度はメリットの提示だ。とはいえ、俺がお前に差し出せるメリットなんてごくわずかだ」

「それを分かっていながら、私に契約を持ち掛けたの?」

「ああ。俺がお前に差し出すものは……ふくしゆうの代行」

「代行?」

「お前の代わりに、強くなった俺がふくしゆうを肩代わりしてやる。要は、お前を苦しめた他の荒神たちを俺が倒す」

「あはは! ずいぶん大きく出たわねぇ。あんたが荒神を倒す? 乳臭い子供のくせに?」


 リリスは盛大に笑った。けらけらと喉を鳴らし、面白おかしく体を小刻みに震わせる。その拍子に、手足にめられたねずみいろの鎖がじゃらじゃらと音を立てた。


「言っただろ、強くなってからだ。今すぐじゃない」

「大言壮語なんてつまらないわよ。誰でも言える。どうしてそんなまいごとに私の力を賭けなきゃいけないの?」

「唯一の望みだろ」

「…………」


 図星を突かれ、リリスが口を閉ざす。

 彼女は永い年月、この狭くて暗い隠し部屋に閉じ込められている。歴代の当主がリリスの力を求めたように、リリスも自らのふくしゆうかつぼうした。

 しかし、出られない。簡単には出られない。リリスが願いをかなえるには、自らの力を誰かに渡すか、特定のアイテムをそろえて封印を破壊し、無理やり外へ出るかの二択しかない。そして後者はラスボスエンド。

 実質、選べる選択肢は一つだけ。それが契約だ。


「本当によく知ってるわ……ムカつくくらい私のことをね」

「どうする? 契約するか? それともまた、一人寂しくここで過ごすか? 誰もいない、何もない空虚な空間で」

「契約の条件次第ね。ふくしゆうの他に、もう一つ条件を加えるわ」

「いいだろう。受け入れる」

「ま、まだ何も言ってないわよ!?」


 間髪入れず答えたことで、リリスがぜんとする。

 最初から何を言われるか分かり切っているのだ、聞くだけ時間の無駄である。


「どうせ身の安全と自由だろ」

「このガキ……!」


 やれやれ、と肩をすくめてみせる俺に、リリスが額に青筋を浮かべて右手を握り締める。全てお見通し、という態度が腹立たしいのか、リリスは視線を横へらしてしまった。ねている?


「そうよ。その通りよ。文句あるなら契約はしないわ」

「問題無い。契約を始めてくれ」

「はぁ? 人の話聞いてたの? あんたは力を得る代わりに、私を守らなきゃいけないのよ? しかも、私を自由に行動させるなんて普通……」

「ありえない、ってか?」


 ニヤリと口角を持ち上げる。


「確かに、デメリットが重いな。弱体化したお前は足手まといだし、お前が自由になると裏切られる可能性もある」


 極端な話、後ろから刺されるかもしれない。


「今、お前がこうして封印されたままなのは、同じ条件を提示して歴代当主に断られたから。許可が出てればお前は逃亡してる」

「……だから何?」


 再び図星を突かれ、明らかにリリスの表情が不機嫌になる。声もワントーン下がった。


「俺と行こう、リリス。俺に力を貸してくれ。俺もお前のふくしゆうに力を貸す」

「神を殺そうって話よ? そんな簡単にうなずけるとでも?」

「同じチャンスが二度巡ってくるかな? 俺みたいな酔狂なやつは、他にいない」

「考える時間をちょうだい」

「ダメだ。時間は有限なんだよ、俺たち人間にはな」


 冷静になって拒否されても困る。後から、子供のたわごとだと言われても面倒だ。時間的猶予を決して与えない。この場で、イエスかノーを突きつけろ。そう彼女に迫った。


「ッ。強引なガキね…………いいわ。分かったわよ」


 リリスの視線がこちらに戻る。細められた金色の瞳が、小さな明かりを反射して怪しくきらめく。


「契約してあげる。私の能力、マテリアを使いこなしてみなさい」


 スッと、右手が数センチ前に伸びる。鎖が邪魔をしてそれ以上は動かせないようだが、触れろ、と無言で俺に訴えているのは理解した。

 俺もまたリリスの右手に自身の右手を伸ばす。互いの肌が触れ合い、体温を共有する。


「そういえば、まだ力を求める理由をいていなかったわね」

「力を求める理由? 契約に必要か?」

「ただの好奇心よ。どれだけ大層な願望を持てば、私と契約したがるのかなって」

「別に……死にたくないだけだ」

「死にたくない?」


 意外、という顔でリリスが目を見開いた。


「俺は転生者だって説明しただろ。つまり、一度死んでる」


 もしかすると俺の元の体は健在で、魂だけが抜けた可能性もある。だが、どちらにせよ前の人生が終わったことに変わりはない。


「次は長生きする。不条理を壊して、理不尽を盾に、俺が幸せになる番だ」

「よほどひどい人生を送ってきたのね」

「まあな。お前ほどじゃないが」

「言うじゃない」

「冗談だ。それより、早く契約を始めてくれ。今更、力を求める理由が気にわないからなし……とは言わないよな?」

「ええ。神に二言はないわ」


 触れているリリスの右手から、小さな光が漏れる。紫色の光だ。ゆらゆらと幾つもの小さな光が、糸のように俺の体に巻き付いていく。


「契約開始。私の条件はあなたにマテリアを授けること。この力はきっかけに過ぎないわ。適性が無ければまともには使えないし、適性があっても鍛錬を怠れば力は成長しない。代わりに、磨けば磨くほど輝くわよ」

「俺の条件は、荒神へのふくしゆうとお前の身の安全、そして自由」

「裕福な家柄なんでしょ? 養ってね、公爵子息様?」


 ふふっ、とリリスが冗談っぽく笑う。小悪魔的な笑みの裏には、「ぜいたくがしたい」と書いてあった。