最強の悪役が往く ~実力至上主義の一族に転生した俺は、世界最強の剣士へと至る~

一章:荒神のリリス ④

「好きにしろ。俺の邪魔にならなきゃ制限しない」


 どうせ金を出すのはサルバトーレ公爵家。俺じゃなくて父だ。何か不利益になるようなら拒否するが、そうでないならどうでもいい。


「契約成立よ。私かあんた、どちらかが死ぬまでこの契約は続く。末永くよろしくね?」


 俺の体に巻き付いていた紫色の光の糸が、スゥッと体の中に入っていった。直後、不思議な高揚感を抱く。


「これが……第六の力、マテリアか!」


 今まで感じたこともない違和感が全身を巡っている。確かに知覚できている。力があふれるようだ、という台詞せりふは、こういう時に使うものなんだろうな。


「喜んでいるところ悪いんだけど、マテリアを試す前にこの鎖を解いてくれないかしら?」

「ああ、そうだったな」


 彼女の目の前で膝を突き、手足を縛る鎖に触れる。

 一つずつ丁寧に、封印を解除していった。解除の方法は、前世の知識で知っている。


▼△▼


 封印されていたリリスと共に外へ。

 薄暗かった通路を抜けると、まだわずかにゆうが窓辺から差し込んでいた。徐々に紺色に浸食されている。夜が近い。


「おお! 外だ! おおまがときだ!」


 くるくると回りながらリリスが躍り出る。彼女は、窓の外に広がる景色を眺めながら喜色の声を上げた。


おおまがとき?」

「私のいた東方では、ちょうどこのくらいの時間のことをおおまがときと呼ぶの。恐ろしい魔物が来るぞ、ってね」

「ふうん。恐ろしい魔物ねぇ」

「まあ私のほうが恐れられていたけどね!」

「神なのに?」

「関係ない。神も魔物も、ぜいじやくな人間からすれば等しく化け物よ。強いかどうかの差でしか物事を判断できないの」

「さすがは荒神。調子に乗りまくった挙句、同胞にふくろだたきにされたやつの言葉とは思えないな」


 しかも命からがら逃げ延びた先でサルバトーレ公爵に取っ摑まったのだから、胸を張ることじゃない。むしろ恥ずかしい。

 リリスも内心では同じことを思っていたのか、ゆうとは関係のない赤色が頰を染め上げていた。キッとそうぼうを細め、にらまれる。


「うるさいうるさいうるさーい! ルカ、あんた五歳のくせに生意気よ! もっと神様を敬え馬鹿者!」

「敬ってるだろ、充分に」


 この世界でお前の強さを知っている人間は俺だけだ。不完全とはいえ、作中最強のラスボスであるリリスは強敵だった。その力が、今、俺の中にある。

 欠片かけらでもすさまじいエネルギーだ。感謝もしてるし、敬ってもいる。ただ、主導権を握られるわけにはいかない。だからへりくだるつもりもない。

 ぎゃあぎゃあ騒ぐリリスを置いて、俺はさっさと部屋を出た。これから夕食の時間だ。そういえばリリスって、人間と同じ食事は取れるのか?

 後ろから俺を追いかけてくるリリスを横目に、歩きながらどうでもいいことを考える。そんな俺の前方から、聞き慣れた男の声が届いた。


「ん? ルカ? こんな辛気臭い所で何してんだ。つうか、後ろの女は誰だよ」

「カムレン兄さん」


 視線を前に向けると、廊下の奥から実の兄、カムレン・サルバトーレがやってくる。


「別に俺がどこで何をしていようが、お前には関係ない」

「チッ。口には気を付けろよ。俺はお前の兄だぞ?」

「それより、何か用か?」

「こいつ……まあいい。後ろの女は誰だ? まさかしようとは言わないだろうな」

「なわけねぇだろ」


 カムレンに聞こえない程度の声でつぶやく。肩を落としてため息を吐くと、俺の代わりにリリスが口を開いた。


「あれがルカの兄弟? ずいぶん醜いわね」

「辛辣だな、おい」


 お前はオブラートという言葉を知らないのか?


「あ? 俺に向かって醜いだと?」


 案の定、カムレンはひくひくと頰をけいれんさせる。いらっているのは明白だ。

 無駄にプライドが高いから、自分より格下と思っている相手に馬鹿にされると、カムレンは我慢できなくなる。

 ちなみに、カムレンはサルバトーレ公爵家の人間以外をもれなく馬鹿にしてる。特に女性は、男より下、という偏屈な意識を捨てきれていない。だからリリスに見下されたのが許せない。ずんずんと肩で風を切ってこちらに近付いた。


「俺に、サルバトーレ公爵家にめた口をやつは許すなってのが教訓だぜ」


 腰に下げた革さやから剣を抜く。正真正銘の真剣だ。


「落ち着けよ、カムレン兄さん。こいつは俺の大事な……なんだ?」

「知らないわよ」

「だそうだ。よく分からん」

「何が言いたいんだ!」


 ちょっとしたジョークにもカムレンは過剰に反応する。剣を振りかざし、今にもリリスを殺そうと両目が血走っていた。

 しかし、カムレンがリリスの頭上に真剣を落とすより早く、カムレンの背後から渋い男性の声が飛んできた。


「お前たち……ここで何をしている?」


 現サルバトーレ公爵家当主ルキウス・サルバトーレ。俺とカムレンの父だった。隣に、ただ者ではない雰囲気をまとう老齢の男性執事を連れている。


「お……お父様!? なぜこんな寂れた離れに!?」

「質問をしているのは私だ。答えろ」


 父を見てカムレンの体が震える。無理もない。ルキウスは熟練の剣士にして、数年前、王国近隣に現れた邪竜を討伐した竜殺しの英雄。オーラなど放出しなくても伝わってくるほどの威圧感を常にまとっている。離れた所に立つ俺でさえ、ルキウスを見ると鳥肌が止まらない。

 だが、


「俺は、彼女に用がありました」


 あえてここは胸を張る。左手の親指で、後ろに立つリリスを指差す。

 強さこそを尊ぶサルバトーレ公爵家の当主なら、ビクビクおびえるよりはるかに好ましいだろ?

 俺の予想通り、ルキウスの視線が俺を通り過ぎて背後のリリスへ移る。しばしの沈黙と、珍しいきようがくを得て──最後にルキウスは笑った。


「はは……ははは! よもや荒神の封印を解いたのか? 何も知らぬはずのお前がどうやって?」


 ただ笑ってるだけなのに、気持ち悪いくらいの圧が俺のそうけんにかかる。今にも押し潰されそうだ。


「くっ!」


 ギリギリ耐える。というより、これも一種のテストだろう。俺が簡単に気絶する程度の人間かどうか、ルキウスは測ってるに違いない。

 大量の汗をかきながらも、俺はどうにかルキウスの圧を耐えきった。小鹿のように膝は震えているが、一度たりとも床に突いてはいない。近くにいたカムレンは、すでにつんいだ。


「さあ、答えろ。我が末の息子よ」

「……リリスが、解除の方法を知っていました」


 最初からルキウスにかれることを承知の上で、あらかじめ俺は返事を考えておいた。

 俺では知りえることは不可能でも、当事者であるリリスなら違う。


「荒神がお前に教えたと」

「はい」


 疑われないように俺は即答する。わずかな迷いすら捨てろ。それはノイズにしかならない。


「……そうか。過去の当主がリリスに漏らしたようだな」


 そう言って、ルキウスはジッと俺の顔を見つめる。心を見透かされているようで不愉快だ。しかし、態度に出せば最悪殺されてしまうかもしれない。気丈に振る舞う。

 いったいどれほどの時間が流れたのか。一分にも思えるし、数秒の出来事だった気もする。早く時間よ流れろ、と念じる度に俺の思考は加速し、現実は遅くなる。

 息が詰まる窮屈さに喉を絞め付けられながらも、俺はルキウスの返答を待った。無言を貫き、視線を送る。

 やがて……、


「いいだろう。荒神はお前を選んだ。封印を解いた今でも暴れていない。それに何か意味があるのなら、好きにやってみるといい」


 ルキウスはそう言ってきびすかえした。余計な詮索など一切せずに立ち去っていく。