最強の悪役が往く ~実力至上主義の一族に転生した俺は、世界最強の剣士へと至る~

一章:荒神のリリス ⑤

 その後ろ姿が見えなくなるまで、俺とカムレンは一歩たりとも動けない。気配が消えてようやく、


「──ふうううう!」


 盛大に息を吐いた。全身の疲労が共に抜けていく。


「今代のサルバトーレ公爵からは、相変わらず研ぎ澄まされたオーラと気配を感じるわね」

「そうなのか? まあ……ただ者じゃないって意見には同意する。死ぬかと思った」


 食事の時は平気だったが、いざ正面から目を合わせてしやべるとなると、はんない圧だ。心臓が幾つあっても足りないな。

 けど、最大のねん点であった父を説得できた。我ながら、命を懸けたばくだな。あそこで父が、「リリスは私のものだ」と怒り狂っていたら、確実に俺は殺されていた。

 リリスの契約の条件が重くて助かったな。


「クソッ! クソオオオオ!」


 噴き出した汗を袖で拭っていると、つんいになっていたカムレンが立ち上がり、獣のようにえた。青い瞳がじろりと俺を捉える。


「何でお父様はお前をッ! 末っ子のくせに!」


 ふむ。あの様子だと、カムレンは俺がルキウスに期待されたか、甘やかされてると判断したようだ。何とも言えないな。


「さっき自分で言ってただろ? もう忘れたのか、兄さん」

「何のことだ!」

「俺は兄さんより優秀なんだ、父上が目をかけてくれる理由は明白でしょ」

「ルカ……お前えええええ!」


 これまでの努力を否定されたカムレンが、血走る目を限界まで見開いて声を荒らげる。姿勢を低くし、今にも突っ込んできそうだった。

 サルバトーレ公爵家の人間にとって、努力を否定されるのは、人生を否定されるも同然。とはいえ、カムレンはまだまだ子供だな。短気すぎる。

 やれやれと俺は、首を左右に振ってから右手を前に突き出した。


「止まれ、兄さん。ここで殴り合ってもつまらない。どうせやるなら、剣で勝敗をつけよう。明日、訓練場で一騎打ちだ」

「は? 俺とお前が……一騎打ち?」

「不服か? 怖かったら断ってくれてもいいぞ」

「ッ! いいだろう。お前のその傲慢さをたたき潰して、二度と生意気な口をけないようにしてやる!!」


 鬼のような形相でそう吐き捨てると、奥歯をギチギチとみしめながらカムレンは振り返る。怒りが収まらないまま、来た道を戻っていった。その背中を見送り、俺はくすりと小さく笑う。


「クク……ここまで扱いやすいと、逆に申し訳ないな」


 精々カムレンには、俺の踏み台になってもらおう。きっと明日は大騒ぎだ。なんせ俺が──。


「ねぇ、ルカ。話はもう終わったの? さっさと私の部屋に案内してくれない」


 くいくいっと後ろから服を引っ張られる。いいところだったのに……少しはカッコつけさせてくれよ。


「リリス……お前、空気が読めないと言われたことはないか?」

「はぁ? なんでルカが知っているのよ」

「誰だって分かる」


 ため息を一つこぼし、俺は頭上に疑問符を浮かべるリリスを置いて歩き出した。遅れて彼女が俺を追いかけてくる。


「そうだ、お前、人間と同じ物は食べられるのか?」

「問題ないわ。人間の食事はしいから割と好きね」

「前はどうやって食べていたんだよ……」

「もちろん略奪よ!」

「さいで」


 神である彼女に食事は必要ないはずだ。つまり娯楽。

 終わってるな、この神様。世も末だ。


▼△▼


 リリスを連れて自室に戻った俺は、彼女に隣室と食事を与えた。

 隣室は元から誰も使っていない。いわゆる空き部屋だ。急いで使用人たちに掃除させ、食事は直接部屋に運び込ませた。

 別にリリスを伴ってダイニングルームへ行ってもよかったが、余計なけんを売られたり、余計な情報をしやべられても困る。それに、ダイニングルームは空気が悪くて苦手だ。あんな所で食事を取っても飯がくなる。

 そういう理由もあって、大量の料理を部屋に運ばせたあと、リリスと共に食事を済ませた。彼女は公爵家の料理が気に入ったのか、しきりに、


「これすごしいわ! ルカ!」


 と目を輝かせながら俺に報告していた。もはや神の威厳も面影もない。ただの年頃の少女である。


「ふう〜……満腹満腹」


 食後、リリスが遠慮なく俺のベッドに転がる。腹をさすりながら幸せそうに笑ってる。


「人のベッドでくつろぐな。というかさっさとに入ってこい」

? この家にはがあるの?」


 勢いよくリリスが起き上がった。


「ウチは公爵家だからな、そりゃあの一つや二つくらいある」

「おお! 初めてルカと契約していいと思えたわ! いや、食事もしかったから二度ね」

「俺の価値は飯とだけかよ」


 このクソ生意気なガキ、略してクソガキ。浴槽に沈めてやろうか?


「当然でしょ。まだ契約したばかりでルカのことは何も知らないし。私に証明してみせて。自分の価値を」


 分かりやすくて嫌いじゃない。


「へいへい。いいからに入れ。行くぞ」


 リリスの首根っこをつかんでっていく。


「なぁ!? 私を猫みたいに扱うなぁ!」


 ジタバタとリリスが暴れる。だが、本気で嫌がってはいないのか、俺の拘束から抜け出そうとはしない。面倒臭がって途中で諦める。不満そうにしながらも、俺に連行されていった。


 場に到着する。

 サルバトーレ公爵家のは広い。ローマみたいな石造りの浴場だ。およそ二十メートルほど地面を掘り返し、深さは一メートルくらいか? 前世の浴槽が玩具か何かに見えるな。

 そして土が露出してる部分にブロック状の石を並べ、深さを五十センチまで、座っても溺れないよう調整してから、最後に隙間をモルタルで接着しれいに整えている。

 俺が知る現代の浴室と違って、シャワーや蛇口のようなものこそ無いが、そうごんさと広さが売りだ。


「ほら、湯は張ってあるから好きに使──」


 言い切る前に、すぽーんとリリスは服を脱いだ。何の恥ずかしげもなく裸になる。


「悪くないわね! 人間の用意したに入るのは初めてよ!」

「お前なぁ……」


 とつに視線を横にずらしたが、時すでに遅し。いろいろ見えてしまった。俺は悪くない。不可抗力というやつだ。


「なにボサッとしているの? 早くルカも服を脱ぎなさい」

「なんで俺がお前と一緒にに入らなきゃいけないんだ」

「ルカがいないとの入り方が分からないでしょ」

「……確かに」


 言われてみればその通りだった。

 クソッ! 少し前の俺! なぜリリスにに入れと言ったんだ。別にリリスが臭い分には構わなかっただろうに。

 適当に、メイドにでも頼もうかと俺がきびすかえすと、それを察知したリリスが俺の腕をつかんだ。ぐいっと引っ張られる。


「おわッ!?」


 想定外の展開に、俺は反応が遅れて浴場に足を踏み入れてしまった。肌を一ミリたりとも隠そうとしないリリスが、俺のほうを向いて告げる。


「さあさあさあ! 観念して私に使い方を教えなさい!」


 その堂々たる姿に、俺はあきれる。


「せめて服を脱がせてからにしろよ……」

「じゃあ脱いで」

「断る。メイドを寄越すから、そいつにでも聞け」


 俺はリリスの手を振り払い、浴場からさっさと立ち去った。いくら肉体年齢が五歳とはいえ、精神年齢は高校生くらいだ。前世の自分と肉体年齢の近いリリスの裸を見て、冷静ではいられない。

 熱くなった顔を冷ましながら、声を張ってメイドを呼び出す。手間のかかる女だ……。


▼△▼


 ハプニングが起きた翌日。

 訓練場に俺とカムレン、それに審判役としてサイラスの三人が集まる。