最強の悪役が往く ~実力至上主義の一族に転生した俺は、世界最強の剣士へと至る~

一章:荒神のリリス ⑥

「あ、あのー……これはどういう状況でしょうか?」


 まだ何も伝えられていないサイラスが、俺とカムレンの顔を交互に見比べながら困惑していた。


「どうも何も、普段は顔を合わせない俺と兄さんがそろったら、やるべきことは一つしかないだろ?」

「まさか……決闘をなさるおつもりですか!?」

「正解」


 あんぐりと口を開けるサイラスに、俺はニッコリ笑って答えた。


「いけません、ルカ様! 一人前になってからじゃないと……」

「それは殺し合いのルールだ。模擬戦には適用されない」

「しかし……」

「何度も言わせるな。それともお前は、カムレン兄さんに退けと言うのか? めちゃくちゃ怒ってるぞ」

「何をしたんですか、ルカ様」

「何も。あいつが俺を気に入らないだけさ」


 俺の前方、五メートルほど離れた位置に、カムレンが立っている。右手には木剣を握り締め、やる気満々だ。ここで止めたら禍根を残すことになる。


「お前たち何をやっている! さっさと準備しろ!」

「ほらな? ああ言ってるぞ」

「…………」

「安心しろ、サイラス。俺は負けないよ」


 いつまでも煮え切らないサイラスの体を押す。離れろ、という俺の意図を察し、サイラスは渋々訓練場の中央、俺とカムレンの間に移動する。


「お二人共……くれぐれも相手を殺さないように注意してください。もしもの時は私が止めます」

「構わない」

「始めろ。絶対にぶち殺す!」


 いや、殺しちゃダメだろ。話を聞いてたのか?

 殺意ましましのカムレンを見て、サイラスがまた俺を心配する。だが、その心配はゆうだ。確かに純粋な身体能力と剣術は、まだカムレンのほうが上かもしれない。少なくとも身体能力は、年上のカムレンに分がある。

 しかし、俺は腕力の差を補う術を持ってる。今回ばかりはカムレンの身を案じるべきだな。


「では……試合、開始!」


 サイラスが、上げた手を振り下ろした。それを合図にカムレンが突っ込んでくる。

 素直なやつだ。


「はああああ!」


 俺の耳に、カムレンのほうこうが響く。

 カムレンは木剣を上段で構え、強烈な一撃を落とす。狙いは俺の頭部。らえば致命傷じゃねぇか。

 とつに、木剣を横に倒してカムレンの攻撃をガード。木材同士がかなでる甲高い音が鳴った。


「なっ!? 俺の攻撃を受け止めただと!?」


 完璧に衝撃が吸収され、カムレンがおおに驚く。


「まだ始まったばかりだぞ? 驚くには早い!」


 相手の木剣を無理やり弾く。

 今度はこちらの番だ。カムレンの剣を下からぐように打ち払った。カツンッ! という小さな音が響き、わずかにカムレンの体が後ろへ反る。

 まさか腕力で負けるとは思ってもいなかったのか、先ほどまでの怒り顔がうそのように消えた。スローモーションの中、ただジッと俺の姿を見つめている。瞳には、「ありえない」という感情が宿っていた。

 きようがくで体を動かせていない。集中力も霧散している。これでは、次の一撃は防げない。

 意外とあっけなく終わるな。そう思いながらも、俺は攻撃の手を緩めずに木剣をカムレンの脇腹へたたき込む。


「──そこまで」


 俺の木剣がカムレンの脇腹へ当たる直前、すさまじい速度で俺とカムレンの間に一つの影が割って入った。影の正体はサイラスだ。木剣にオーラをまとわせて、俺の一撃を防ぐ。ミシミシと木剣のきしむ嫌な音が聞こえた。


「ルカ様……カムレン様を殺すおつもりですか?」


 普段とは違う、サイラスの真面目な声と顔。それを正面から受け止めて俺は言った。


「殺す気はなかったよ。ろつこつの数本くらい、サルバトーレの人間なら余裕だろ?」

「本当に骨折で済んだかどうか、怪しいところですがね」


 俺もサイラスも木剣を下ろし、能力を解除した。


「それにしても、信じられません……ルカ様はすでにオーラを体得していたんですね」

「オ……オーラ?」


 俺ではなく、最初に反応したのは、サイラスに守られているカムレンだった。信じられないものを見るかのように汗をにじませる。


「ルカが……オーラを使ったとでも言うのか?」

「断言はできませんが、似た能力は使用されていましたね」


 さすが現役の騎士。俺の体から漏れたわずかなエネルギーの反応を捉えたようだ。それに対して、カムレンは大きな声を上げる。


「ふざっ……ふざけんな! そんなの不可能に決まってるだろ!? 初代サルバトーレ公爵ですら、オーラを覚醒させたのは八歳の頃だぞ! それより三年も早いなんて……」

「事実、カムレン様は圧倒された。強化系の能力が無いと不可能です」


 そう。普通なら年上の、俺より早く体を鍛えているカムレンの腕力に勝てるはずがない。けれどマテリアを使ったことで、カムレンの剣は俺に押し負けた。純然たる事実だ。

 それが分かっていながら、カムレンは「でも」だの「けど」だのブツブツなんか言ってる。認められない気持ちは察するが、怒りをこちらにぶつけられても困る。例えリリスから与えられた力だとしても、これはもう俺のものだ。誰にも文句は言わせない。


「勝者はルカ様です。諦めてください、カムレン様」

「俺はまだ負けてない! お前が邪魔さえしなければ……!」


 サイラスに捕まっているカムレンがジタバタと暴れる。我ながらみっともない兄だ。

 俺はわざとらしく笑ってカムレンに告げた。普段から見下されている腹いせと言わんばかりに。


「冷静になれよ、兄さん。せっかくサイラスが、危ないところをさ」


 つまり、サイラスがいなかったらお前は終わってたんだぞ?

 俺の言葉を正しく解釈してくれたのか、カムレンの怒りが頂点に達する。


「ルカアアアアアア!」


 これまでにないほど強い怒りを見せるカムレンを放置して、俺は早々に訓練場から退散していった。


 あー……最高に気分がいい。


▼△▼


 その日の昼、サルバトーレ公爵家に激震が走る。


「……なに? ルカがオーラを覚醒させ、カムレンを一蹴した?」


 書斎で書類仕事に追われていたルキウス・サルバトーレの耳に、面白い話が入ってきた。情報提供者は専属の執事である。


「はい。剣術指南役のサイラス様が、オーラに似た力を感じたと」

「ククク……そうか。ルカはあの力を得たのか。やはり荒神に選ばれるだけはあるな」


 ルキウスは、先代サルバトーレ公爵──つまり実の父親から聞いた。これまで多くの当主が、封印されたリリスのとある力を引き出そうとして、失敗したという話を。

 成功したのはルカだけだ。ルカだけが、永い歴史の中で唯一、荒神のリリスを解放し従えている。


「何かあるな……」

「何か?」


 ルキウスのつぶやきに、老齢の男性執事は頭上に「?」を浮かべる。


「ルカには何かがある」


 サイラスから挙がってきた剣術とマテリアの才能。

 荒神リリスの封印を解除した知識と発想。

 荒神リリスが大人しく従ってる理由。


「ひょっとすると、ルカこそがサルバトーレ公爵家の次期当主になるやもしれん」

「ルカ様が!?」


 執事はぎょっとした。いくらルカに才能があるとはいえ、まだルカは五歳。他にも才能あるきようだいは大勢いて、特にノルン・サルバトーレはルキウスがひいするほどの天才だ。

 そんな彼女を差し置いて、末っ子のルカが当主になるなどと、執事には想像すらできなかった。だが、ルキウスにはその未来がえている。おぼろげながらも。

 ──新しい時代の幕開け。

 ふと、執事はそんな言葉を予感する。根拠はない。


「ひとまず、ルカには能力を教える者が必要になる……ん?」


 ルキウスの言葉を遮って、書斎の扉がノックされた。廊下側から女性の声が飛んでくる。


「お父様、少々よろしいでしょうか」

「ノルンか。どうした」

「失礼します」