最強の悪役が往く ~実力至上主義の一族に転生した俺は、世界最強の剣士へと至る~

一章:荒神のリリス ⑦

 名前を呼ばれたノルンは、入室許可をもらったと判断し、ドアノブをひねって書斎に入る。腰まで伸びた美しい黒髪が、彼女の歩みに合わせてかすかに左右へ揺れた。柘榴ざくろごとき朱色の瞳が、ぐにルキウスへ向けられている。

 ノルンはルキウスが使っているテーブルの前で歩みを止めると、うやうやしく頭を下げた。口角を上げ、上品に挨拶する。


「こんばんは、お父様。突然の訪問、申し訳ございません」

「構わん。お前なら許す」

「ありがとうございます」


 ノルンはお礼を言ってから頭を上げた。再び、透明感のあるノルンの瞳が、ルキウスの瞳とぶつかる。


「それより何の用だ? お前がわざわざ自分から書斎に来るのは珍しいな」

「ルカのことです」

「ルカ? ……お前も話を耳にしたのか」

「はい。何でも、最年少でオーラを覚醒させたとか」

「似ているが、オーラとは異なる力だ。カムレンのやつがやられた」

「カムレン? そんな人、ウチにいます?」


 平然とノルンは言った。心底不思議そうな顔で。


「覚えていないか……まあ無理もない。今のところカムレンの才能は、中の上といったところだ」

「なるほど。でしたら、わたくしの記憶にとどめておく価値もありませんね。その何とかという人の話は置いといて……ルカについて、相談があります」


 もうノルンはカムレンのことを忘れてしまった。彼女にとって、最上級の才能を持たない者は等しくゴミか虫、もしくは石ころだ。誰も路上に落ちてる石ころの名前なんて気にしない。そもそも石ころに名前はいらない。だから、名前をおぼえない。

 まさに才能至上主義を掲げるサルバトーレ公爵家を象徴するかのようなノルンの態度に、父親であるルキウスは機嫌がよくなる。


「ルカについての相談だと? 何が言いたい」

「簡単な話です。ルカを──私にください」


 笑みを浮かべたままノルンはハッキリとそう言った。


「具体的には?」


 ルキウスは大して動揺しなかった。まるで彼女が何を言うのか、あらかじめ予想していたかのように。


「剣術と能力、どちらも私が教えます」

「剣術はともかく、能力もか? ルカが得た力は、オーラとは違うぞ」

「似た能力なんでしょう? それなら、オーラと同じように教えられるかもしれません。それに、サイラス程度に任せていては、ルカの才能を潰しかねない。お父様か私が教えるべきだと進言します」

「自分でなくともいいと」

「ルカが強くなれるなら、こだわりはありません。ただ……お父様はお忙しいですからね、私が無難かと」

「ハッ! 最初から席を譲る気はないな」


 相変わらずノルンという女は面白い。そうルキウスは思った。

 自分の地位をおびやかすルカに対して、彼女は強くなれと言う。自分以上の才能があるなら、遠慮なく自分を蹴落とし、武の頂へ手を伸ばせと。

 サルバトーレ公爵家が一番になればいい。例えその役目が自分でなくとも──。


「いいだろう。ルカはお前に任せる」


 本当に彼女は自分によく似ている。ルキウスもまた、ノルンと同じことを考えていた。ルカこそが、一族の悲願をかなえてくれる存在かもしれない、と。


「ありがとうございます、お父様」


 話は終わりだと言わんばかりに、ノルンはきびすかえした。実の父親と歓談する気はないらしい。ルキウスもノルンを引き止めるようなはしない。書類仕事に戻り、パタン、と書斎の扉が開いた。ノルンが退室する。


「さて……ルカはどう成長するのか」


 ペンを走らせながら、ルキウスが口端を持ち上げて笑った。