最強の悪役が往く ~実力至上主義の一族に転生した俺は、世界最強の剣士へと至る~

二章:サバイバル ①

 鳥の羽ばたきの音で目を覚ます。

 外は朝。陽光がかすかにカーテンを貫いて、部屋を明るく照らしていた。とんをずらし、上体を起こすと、


「ん……んん……」


 俺の左腕に強い違和感。次いで、何か柔らかいものが当たっている。視線を斜め左下に落とす。俺の隣には……なぜかのリリスが寝転んでた。


「……何やってんだ、こいつ」


 先ほど感じた強い違和感は、リリスに左腕をホールドされていたからだ。柔らかい感触も、リリスの胸。今もぎゅっと抱き締められてる。


「荒神も、服を着ていると寝苦しいとかあるのか?」


 一瞬、沸騰しかけた思考を理性で抑えつける。

 俺の肉体年齢はまだ五歳。冷静に、落ち着いて状況を把握する。

 昨日、俺は確かに、寝る前にリリスと別れたはずだ。彼女の部屋は隣。扉を開けて出ていく瞬間をおぼえている。しかし、朝起きたらこれだ。服は無いし、人の腕を抱き枕代わりに使っているし、俺が気付かない間に部屋に侵入しているし。


「ハァ」


 やれやれと首を左右に振った。

 もう考えるのは止めだ。めんどくせぇ。ひとまず彼女を引き剝がして──。


「んー……んっ!」

「ガッ!? いだだだだ! おいこら! テメェ、五歳児の腕を本気でホールドしてんじゃ──うおおおお!? 折れるうううう!?」


 あろうことかリリスは、寝ぼけているのか、俺の腕を本気で絞めつけてきた。俺は五歳。リリスは、少なくとも肉体年齢が十代後半。力を失ってるくせに割と馬鹿力だ。鍛えた俺の筋肉と骨が、ミシミシと悲鳴を上げる。


「この……クソ神!」


 俺はとつにマテリアをまとい、左腕を全力で振った。ぴょーんっとリリスが正面に吹っ飛び、部屋の壁に激突して床に落ちる。


「いっ……! 何するのよ!」


 顔をぶつけたリリスが即座に起き上がる。鼻を打ったのか、彼女の鼻先がわずかに赤くなっていた。眉間にシワを作り、右手の指で自らの鼻を優しくでる。若干涙声だったのは、それだけ痛かったということか。


「お前が俺の腕を思い切り絞めつけるからだろうが! 折れるところだったわ!」


 なに被害者ぶってんだこら! と俺も声を上げる。だが、リリスはそっぽを向いて、納得できないと言わんばかりにつぶやいた。


「ふんっ、知らないわよ。ルカの体は抱き枕代わりにちょうどいいの。それに、多少折れても平気よ。マテリアがあるでしょ」

「マテリアはそんな万能な力じゃねぇ」


 少なくとも俺が扱えるエネルギー量では、骨折を治療するのは不可能だ。ノルン姉さんや他の兄姉きようだいなら、自然治癒能力を強化できるオーラで骨折も治せるだろう。しかし、本来その手の治癒は、《とう》と呼ばれる神聖な力を用いる。

 とうは、治癒や回復をつかさどる力。残念ながら今の俺では使えない。適性があるかどうかも分からない。

 きようだいの中には、とうを扱える者もいるが、ライバルと言える俺のを治してくれるかどうかは、正直、怪しいとかいうレベルじゃない。俺なら絶対に治さない自信がある。ゆえに、無駄な傷など負っていられるか。


「マテリアは万能よ! ルカの練度が低いのが悪い!」

「だったらさっさとマテリアの使い方を教えろ! この邪神!」

「はぁ!? 今、私のことを邪神と言った!? 荒神はいいけど邪神はダメよ!」

「似たようなもんだろ」

「全然違うわ! 邪神はなんていうか……不愉快なの!」


 なんだそれ。聞いておいてなんだが、リリスの言ってることは一ミリも理解できなかった。


「撤回して!」


 とわめくリリスを無視して、俺は深いため息を漏らした。朝から頭痛がする……。

 片手で頭を押さえながらとんを剝がす。ベッドから下りると、そのタイミングで部屋の扉がノックされた。


「ルカ様、おはようございます。ご起床なされているでしょうか?」


 扉越しに聞こえてきた声は、俺の専属メイドのものだった。


「ああ、起きてる」

「ではお着替えのあと、ダイニングルームへ。旦那様と──ノルン様がお呼びです」

「え? ノルン姉さんもいるのか?」


 俺は言外に、「珍しい」という意味を込めて返事した。

 ノルン・サルバトーレ。

 現在のサルバトーレ公爵家でも、当主を除いて最強と目されている女性だ。ルキウスと同じく、十歳にしてオーラを覚醒させている。一回り以上年上の指南役たちですら、幼いノルン姉さんには勝てない。それだけ彼女は特別だ。

 けど、ノルン姉さんは普段、めったに人前に姿を見せない。訓練場などに籠もっている。転生して半年はつが、いまだに、一度も朝食を一緒に取ったことはない。にもかかわらず、彼女のほうから声をかけてくるとは。

 いったい、何の用だ?


「ダイニングルームには、旦那様とノルン様のお二人がいらっしゃいます。大事な話があると」

「大事な話、ね」


 ここで考えてもしょうがないな。俺は服を着替えて部屋を出る。当然、リリスも一緒だ。メイドを従えて三人でダイニングルームを目指す。


▼△▼


 コツコツと靴音を鳴らしながら、ダイニングルームへ入った。

 メイドの言う通り、横長のテーブル席には、二人の男女が座っている。片方は、俺と同じ黒髪の女性。腰まで伸びた美しい直毛に、常に貼りついた不敵な笑みが特徴的だ。総じてれいだと思う。恐ろしく整った美貌とは、彼女──ノルン・サルバトーレのこと。

 そんなノルン姉さんが、フォークとナイフを手にしたまま、ちらりと俺に視線を向けた。俺とそっくりな、からくれない色の瞳が怪しく輝いている。


「来たか、ルカ。座れ」


 低い、それでいて威厳に満ちたルキウスの声が小さく響く。決して大きな声ではない。むしろ、普通の声量だった。しかし、静寂に包まれるダイニングルームの中ではよく通る。


「分かりました」


 俺は命じられた通りに、一番近くの席に座る。ちょうどノルン姉さんの正面だ。


「わざわざお前をここに呼んだのは、家族だんらんで食事を取るためではない。今後の鍛錬に関する話をする」

「鍛錬の?」


 飾り気の無い言葉をルキウスが並べる。単刀直入って感じだな。


「まず、今日からお前の剣術、ならびに能力の指南役が変わる」

「誰がサイラスの代わりを?」

わたくしです」


 俺とルキウスの会話を見守っていたノルン姉さんが、食器をテーブルに置いて答えた。


「ノ……ノルン姉さんが?」


 予想外の提案に、俺は目を点に変えた。


「はい。サイラスのような凡人に、ルカの教育は任せられません。他の者も論外です」

「でも、姉さんには姉さんの鍛錬があるんじゃ」

「ご安心を。自分の鍛錬をおろそかにしたりしません。私がルカを育てたいのです」


 理解できない。サルバトーレ公爵家の人間が、自分より誰かを優先するだなんて……。

 困惑する俺に、ノルン姉さんはくすりと笑った。


「ふふ。理解できないご様子ですね、ルカ」

「え、あ……」


 図星だった。


「確かに我々サルバトーレ公爵家の人間は、自分こそが最強であると証明するために生きています。私もかつてはそうでした」

「今は違うと?」

「はい。今の私にはえます。ルカこそがサルバトーレ公爵家を継ぐに値すると。ルカならば、初代当主すら超える剣士になれると」

「なんでそこまで期待されているのか、俺には分からないな」


 ルキウスが口を挟まないということは、ルキウス自身も、ノルン姉さんの意見に共感しているということ。ますます理解できない。


「ルカは五歳で能力を覚醒させた。この事実は、永いサルバトーレ公爵家の歴史でも初めてのこと。最も偉大とされる初代当主ですら、八歳。ルカは、数百年に一度の神童ということになります」

「それは……」