夜空に星が瞬いていた。
あそこで輝く光のいずれかが、明日には人を喰らう獣となって落ちてくるかもしれない。
それが僕らの住む世界。
一体いつからか、この空の彼方からは光り輝く結晶のような体軀を持った巨大な獣が降ってくる。
かつての人々は星が落ちてきたのだといい、獣を『星屑獣』と呼んだ。
その獣は人類の敵であった。
人類の抵抗も虚しく星屑獣は地上を蹂躙していき──およそ二千年前、とうとう人々は地上での生活を諦めた。
ここは高度一万メル。
空に浮かぶ島々で、僕たち人類は生活していた。
「……あれ、噓でしょ?」
頭上を見上げた僕──リュート・ロックハートの口からかすれた声が漏れた。
信じられない想いを抱きながらも、次の瞬間には僕は走りだしていた。
遥か上空からみるみる影が大きくなる。影は、人の形をしていた。
空から人が落ちてきているのだ。
落下地点に入って上空へ目を向けると、逆さまに落ちてくる影に光が灯った。
なにやら手にした剣を振りかぶる姿勢をとっている。
怪訝に思う間もなく影が地上に向けて剣を振りぬき、光を放つ。
直後に大地を叩きつける風圧が僕の全身に襲いかかってきた。微かに目を見開くと風圧を利用して減速した影が眼前に迫っていて、咄嗟に僕は腕を広げて受け止める。
けれど打ちつける風に体勢を崩されていた僕は、あえなく落ちてきた人もろとも地面を転がった。
少しでも落下の衝撃を和らげることができていればいいのだけれど……そっと腕の中を覗きこむと、その人と目が合った。
女の子だった。
とても綺麗な、女の子だった。
年齢は僕と同じくらい、十五、六歳だろうか。
全体的にほっそりとした身体に、小さな頭がちょこんと乗っている。長い銀色の髪が絹糸のように柔らかく彼女を包み込んでいた。
腕の中の彼女は、僕の顔を見てぱちぱちと目を瞬かせていた。
途端に顔が熱くなる。女の子を抱きしめていることに気づき、僕は慌てて腕を離した。
立ち上がった彼女がぱんぱんと軽く服をはたく。風に吹かれてふわりと髪が揺れていた。彼女の表情は凜として、真っ白い肌は星の光を透かしているかのようだ。
「ええと……その、大丈夫? 結構な高さから落ちてきたけど」
彼女の身体を心配すると、彼女はわずかに小首を傾げた。
「受け止めてくれたの? どうして?」
「どうしてって……女の子が困ってたら助けるでしょ」
「え?」
意外そうに目を見開いて彼女は僕を見る。
もしかしたら困っていなかったのかもしれない。さきほども彼女なりに着地する算段があったようにも思う。だとしたら余計なことをしたかも……。
しばし気まずい沈黙の後、彼女は戸惑いがちに口を開いた。
「私のことも?」
「そ、そりゃあもちろん。困っているなら助けたいと思うのは当然でしょ」
「困ってはいないわ」
「あ、そう……」
「でもやるべきこと……私がやらなきゃいけないことならある」
「やらなきゃいけないこと?」
わずかな間をおいて、彼女はすっと真っ白な指先で夜空を指さした。
「星屑獣を倒して、いつか星になる」
「へ?」
暗い空には無数の星の輝きがちりばめられていて、
「あの空にあるどの星にも負けないくらい、一番輝きたいの。それでみんなを笑顔にできたらいいな」
透徹とした表情で彼女は夜空の星々を見上げていた。
ある日、僕の目の前に落ちてきたのは世界を壊す獣ではなく、一人の少女だった。
僕らが生きる世界はとても不安定で、脆く、儚く、そして残酷だ。
そんな世界を僕は変えたかった。
これは僕が、世界を救う物語だ。