「隊列を崩すな! 標的と味方の距離を考えながら動け!」
その日も朝から僕らは訓練に励んでいた。
やかましい教官の声が耳を突く。
ここは東部第一星浮島にある防衛軍が保有する訓練施設の野外グラウンド。
見渡せばそこかしこに鋭角に尖った岩のような標的がいくつも置かれている。標的は結晶甲殻と呼ばれる星屑獣の外殻だ。
結晶甲殻を破壊するための武器──星輝剣を手に僕らは標的めがけて駆けていく。味方の動きを把握しながら、それぞれ標的を包囲するように回り込み……、
「こらリュート! お前はあくまでサポートだ。前に出すぎるなと何度言ったら──」
教官の怒鳴り声を無視して標的へと突っ込む。
眼前に迫った標的に、手にした星輝剣を叩きつける。
だが金属同士をぶつけたような甲高い音とともに、振り下ろした星輝剣は標的の結晶甲殻に弾かれてしまった。硬い石を叩いたような感触に手が痺れる。わずかに動きの止まった僕の横を眩い光がすり抜けていった。
「あんたも懲りないわね。でもこの役目はあたしに任せなさい」
地を蹴り飛び上がった女性の握る剣が燦然と光を発している。
それは人類の敵を倒すための光。僕らの希望の光だった。
空中で身を捻りながら彼女は光をまとった星輝剣を振るう。
先ほど僕が感じた硬さが噓のように、標的の結晶甲殻があっけなく砕け散った。
標的を破壊したのはレイン・セラスリア。星輝剣の使い手を養成するこの訓練施設で成績最上位、僕より二つ年上の十七歳の女性だ。
キラキラとした破片が舞い散る中、鮮やかな金髪をなびかせて優雅に着地するレインを僕がじっと見つめていると、
「リュート、星屑獣の強さの最たる要因がなんだか言ってみなさい」
刀身の光が静かに消えていく星輝剣を下ろしながら彼女がこちらに顔を向けた。
鋭い眼差しに、僕は渋々口を開く。
「……星屑獣の強さは、その硬さだ。結晶甲殻で覆われた全身はもちろん、さらにその最奥にある星屑獣の心臓部とされる『星核』は、鍛え上げられた剣や鋼鉄の斧だけでなく火薬武器ですら傷つけられない。『星核』を破壊できるのは、同じく『星核』を利用して造られたこの星輝剣だけだから」
返答を聞いたレインが小さく頷く。
「わかっているなら、どうしてあんたが前に出るのよ」
「そんなの決まってる。僕が星屑獣を倒すためだ」
「あのねぇ、『星核』を破壊できるのは、使用者と同調して力を発揮した星輝剣だけ。いくらあんたに剣の腕があっても、あんたはまだ星輝剣と同調できてないんだから、サポートに徹しなさいよ」
呆れた顔でレインはため息を吐き出した。
空から降ってくる異形の生物『星屑獣』。
それは四足歩行であったり、無数の多脚であったり、足はなく縦長の胴体だけであったり、あるいは羽が生えていたりと、姿かたちは様々だ。共通しているのは光り輝く結晶甲殻という非常に硬い体軀の持ち主ということ。
あらゆる兵器が通用しない星屑獣を倒そうと、かつて地上の人類が造りあげた兵器。それが星輝剣だ。
すべての生物には生命力──『魂の輝き』があり、同調した使用者の『魂の輝き』を星輝剣の星核に注ぎ込むことによってエネルギーを増幅させ、剣としての威力を高めていると推測されている。
一説によると星屑獣は、生物の血肉ではなくこの『魂の輝き』を食べて活動しているのではないかといわれている。星屑獣の心臓部である『星核』が本能として『魂の輝き』を求めているから、生物の多い地上に落ちてきたらしい。だからこそ『魂の輝き』を取り込んだ星輝剣は無類の力を発揮するのだ、と。
他にも星屑獣の生命の源である『星核』はただ硬いだけでなく、それまで地上になかった未知のエネルギーを生み出す物質であった。僕らが住むこの空飛ぶ島も、中心部に埋め込まれた星核のエネルギーで空に浮かんでいるくらいだ。
かつての地上文明が編み出した星核を根幹とする星錬技術。だがその高度で複雑すぎる技術体系のほとんどは地上に置き去りにされ、二千年後のこの空の上では基礎部分しか残っておらず、すべての解明にはいたっていない。
だから現在空の上で造られる星輝剣は、かつて地上で造られたものに比べればその質は数段劣る。
それでも他に戦う術がない以上、僕らはこの未知の兵器に頼らざるをえなかった。
現在、僕が手にしているのは訓練用の星輝剣。訓練用とはいえ使用者と同調することで輝きを放ち数段切れ味が増すのだが、僕はまだ一度も光らせた例しがなかった。
「じゃあ、レインが同調の仕方を教えてよ」
「こればっかりは言葉では言い表せないわね。星輝剣との相性とも言われているし。意外だったわ。あの英雄ヒナの弟なのに同調できないなんて」
「姉さんは姉さんで、僕は僕だ」
強い語調で言い放つ僕に、レインが眉をひそめる。
「自覚しているなら身の丈に合った戦い方をすれば?」
「違うよ。姉さんのことは誇りに思ってる。でも僕は、姉さんの弟なんて存在じゃ嫌なんだ。いつか姉さんを超える存在になる。それが僕の戦う理由だ」