英雄と呼ばれたヒナ・ロックハート。
僕の姉さんである彼女は、もういない……。
「今回の訓練はここまで! 各自休憩に入れ。ただしリュートはこっちへこい!」
話していると教官の怒声がとんできた。
レインは僕の肩をポンと叩き、
「ほら、呼んでいるわよ。英雄の弟じゃない、誰かさんを」
いたずらっぽい笑みを浮かべる。
「うるさいな」
「せいぜい頑張りなさい。同調さえできるようになれば、あんたは立派な戦力になるわ」
ひらひらと手を振る彼女から離れて教官のもとへとむかう。
案の定、教官からはレインと同じような説教を受けた。
つまらない説教を吹きつける風とともに聞き流す。
小高い丘の上にある野外グラウンドからは、僕らの住む世界がよく見渡せた。狭い土地にこれでもかというほど建物を密集させた居住区域。そのむこうには緑の森や平地が広がっていて、さらに遥か遠くに目をやると……。
大地はそこで途切れていた。
見上げれば青い空が広がっていて、眼下には雲が流れている。
かつて星屑獣に地上を蹂躙された人類は、空に浮かぶ巨大な人工島『星浮島』を造った。
巨大といっても、地上という広大な大地に比べれば極めて狭い土地である。だがそこしか人々の生きる場所は残されていなかった。打ち上げた百個の星浮島とともに、人類の生活の場は空へと変わった。
そうして空の上に住むことになった人類だが、現代でも時折空から星屑獣が落ちてくる。
星屑獣から人々を守るため、数少ない星輝剣をより有効に活用するため、防衛軍では訓練施設を作り若い人材の育成に努めていた。
現在の訓練生は僕を含めて十八名。最年少は十五歳の僕。一番上は二十歳。
星輝剣の使い手となるべく厳しい訓練の日々を過ごしているが、全員が星輝剣の使い手となるわけではない。訓練用の星輝剣とは違い、星屑獣との戦闘に耐えうるほどの星輝剣には限りがあり、訓練生の中から使い手はさらに厳選される。
訓練を終えたみんなが休憩に入る中、僕が教官にガミガミ怒られていると、見知った顔が近づいてきた。
「元気そうだなリュート」
僕の叔父であり、防衛軍では司令補佐官の役職に就いているクーマンだ。
両親を早くに亡くし、身寄りのない姉さんと僕を引き取って育ててくれた恩人でもある。すでに中年に差し掛かっているクーマンだが、その顔立ちは若々しく精悍さを保っていた。
僕を叱っていた教官は仲間を得たとばかりにクーマンに話しかける。
「ちょうどよかった。クーマン司令補佐官からも言ってやってくださいよ」
「どうした?」
「リュートのやつ、動きや剣技はたいしたものなんですが、星輝剣と同調できないくせにすぐ前に出たがるんですよ。『自分が星屑獣を倒すんだ』って息巻いて。星屑獣が空から落ちてきたときの対応は、基本的には星浮島から落とすことだってのに」
星屑獣のほとんどは空を自在に飛ぶことができない。稀に羽の生えた個体もいるが長時間の飛行はできず、一度高度を落としてしまえば再び星浮島まで浮上するほどの飛行能力を持ち合わせていないので、やつらは地上目がけて落ちていく。
だから非常に硬く倒すことが困難である星屑獣を無理に相手にする必要はなく、星輝剣を使っての星浮島外縁部への誘導と大型火薬兵器による一斉射撃で星屑獣を島から落とすことこそが、被害を最小限に食い止める方法とされていた。
クーマンは小さく息を吐き、僕を見つめる。
「相変わらずのようだな」
「まさか僕に小言を言いに来たわけじゃないでしょ。なにしに来たの? もしかして……」
普段は司令部に務めていて訓練施設に顔を出すことが滅多にないクーマンがここにいるということは……。
期待の眼差しを向ける僕にクーマンは静かに頷いた。
「技術隊からの朗報だ。新たに星輝剣が一本完成した。名は星輝剣『ポラリス』。訓練用の模擬剣ではない、実戦用の星輝剣だ。使い手は訓練生の中から選ぶ。ここを出た後の配属先は第二特務隊。ギニアスが隊長をやっているところだ」
星輝剣は星屑獣の星核から造られるため気軽に大量生産できるものではなく、実戦で使える星輝剣となるとさらに貴重なものとなる。
クーマンの訪問理由は予想通り、新たな星輝剣の完成に伴う使い手選びだった。だが話の後半部分に僕は息を吞んだ。
空から落ちてきた星屑獣に対処する役目を担うのが、星浮島の防衛軍。
最も人員の多い防衛総隊は、星輝剣を使っての誘導や砲撃によって星屑獣を島から落とす実行部隊であり、人の住む星浮島ごとに第一から第二十防衛隊まである。その他にも星屑獣の落下を予測する観測隊や、星屑獣の生態を研究する調査隊、星輝剣などの兵器開発を担当する技術隊などがある。
しかし防衛軍の中でも通常の防衛部隊と一線を画すのが、特務隊だった。なかでも第二特務隊の役割は星屑獣を星浮島から落とすことではなく、星屑獣の殲滅を目的とした部隊である。
主に星屑獣が落ちてきた場所が外縁部まで遠い場合や、居住区画などに落ちてきて住民の避難が間に合わない場合は、星屑獣と真っ向から戦わなければならない。
そのため第二特務隊には特別な星輝剣が配備されている。かつて地上の技術で造られたとされる星輝剣で、現在空の上に残っているものはたった二振り。そのうちの一つ、古式一等星輝剣『アルタイル』はここ数年、第二特務隊隊長が使用し星浮島を守ってきた。