「落下する星屑獣とは交錯する瞬間が勝負だ。ただし無理はするな。一撃で倒せなかったら即離脱だ。どうせ放っておいても地上に落ちる星屑獣だからな」
高速飛行艇『アクイラ』船内。
この高速飛行艇アクイラと第二特務隊を任されているギニアス・ライオネルが自室に呼び出した二人に作戦を伝えると、無精髭を生やした男が眉をひそめて口を開いた。
「それだけか? カリナを呼ばずに俺たち二人をわざわざ部屋に呼びつけたんだ。他にもなにか言うことあるんだろ?」
彼の鋭い指摘にギニアスは小さく頷く。
「俺は明日、完成した新しい星輝剣『ポラリス』とその使い手を連れてくる。んで、そいつの教育係をディンかグアルデに頼みたいんだが」
「やっぱり面倒な話かぁ」
無精髭の男──ディン・ジネはぼりぼりと後頭部を搔き、
「ぼ、僕が新人の教育係?」
もう一人のグアルデ・モラウはあからさまな困惑顔を作っていた。
予想はしていた反応なので、ギニアスはあらかじめ用意していた台詞を放つ。
「仕方ねぇだろ。じゃあお前らはなにか? カリナに新人押しつける気か?」
「そう言われるとなぁ……」
「うぅ……」
口ごもる二人を眺めながら「もう一押しか」と次の一手をギニアスが口にしようとすると、横から割って入る声がした。
「ねぇねぇ、新しい使い手ってイケメンかしら?」
「ロゼ、お前を呼んだ覚えはねぇよ」
好奇心丸出しでその場に居座っている女性を、ギニアスは睨みつけた。
高速飛行艇『アクイラ』の船内は非常に狭い。かつてこの飛行艇を造った地上の人間が、ただ速く飛ぶという性能を追求した結果なのだろう。通路はパイプが剝き出しになっており、すれ違うのに互いに横向きにならなければ通れないような場所もある。狭い船内はギニアスの部屋も例外ではなく、ただでさえ狭い部屋に大人四人が集まるとかなり窮屈であった。
顔をしかめるギニアスを気にもとめず、ロゼは口を挟む。
「別にいいじゃない。私も話に混ぜてよ」
「イケメンや美少女だったらなんだ? 俺らのやることになにか変わりがあるのか?」
「うわっ、つまんないわねぇ」
「使い物になればそれでいいんだよ。まあ最初のうちは期待できないだろうが」
「わかんないわよぉ。ヒナみたいのが来るかも?」
「ありえねぇよ。もしそうなら今すぐ俺の代わりに隊長やってもらうっつーの」
この場にいない人間の名前を出されて、ギニアスは吐き捨てるように呟く。
以前この第二特務隊を指揮していたヒナ・ロックハート。ギニアスにとっては訓練生時代からの同期であり、仲間であり、ライバルでもあり……常に自分の少し先をいく、複雑な存在であった。
他の三人も思うところがあるのか、狭い部屋が妙な沈黙に包まれてしまう。
気まずい空気を吹き飛ばすようにロゼが話題を変えた。
「っていうかカリナのことだけどさ。ギニアスってば、ちょっと過保護じゃない?」
「たしかに。娘を持った父親みたいだな」
「ぼ、僕は愛情を持って接していて、いいと思うよ」
三人から口々に言われて、ギニアスは小さく嘆息した。
「大事には扱うさ。あいつを失うわけにはいかないって、お前らもわかってるだろうが」
「例の『新生星浮島計画』の核になるのがあの子だものね。人類が滅びを回避するための計画っていうけど、そんなこと本当にできるの?」
「俺が知るかよ。俺たちは与えられた命令に従うだけだろ……ん?」
投げやりに答えていると、扉がノックされる。
入ってきたのはメガネの男で、狭い部屋に四人もいたことにわずかに驚いていたが、すぐさまギニアスに視線を向けた。
「ギニアス、あのさ、カリナのことで一応報告しておこうと思って……」
「なんだよ。言っとくが俺は過保護じゃねぇからな。皿割ったとか、髪乾かさずに風呂から出てきたとか、そんなこといちいち報告しなくていいぞ」
仏頂面のギニアスに、メガネの男は言いにくそうに切り出した。
「そろそろ星屑獣の落下軌道とぶつかる時間なんだけど……」
「どうした? カリナなら星屑獣に怯えて逃げたりしないだろ」
「そういうことじゃなくて……」
「じゃあなんだよ?」
「星屑獣目がけて、飛び出していっちゃったんだけど……」
「…………」
しばしの沈黙。
窓の外では赤い塊が暗い夜空を流れている。
直後、白銀の閃光が暗闇を切り裂き、落下していた赤い塊が花火のように散った。
やがて白銀の閃光は見えなくなる。
外は風が強く吹いている音だけがした。
皆が顔を見合わせる中、一目散にギニアスは部屋を飛び出した。
☆ ☆ ☆
瞼の裏にほんのり熱を感じ、僕は薄ら目を開いた。
芝生と土の匂いが鼻腔をくすぐる。どうやら外で眠ってしまったらしい。
おぼろげな頭で昨夜のことを思い出す。
いつものように慰霊碑の星輝剣で夜遅くまで訓練をして、疲れ果てて寝てしまった……?
いや、それだけじゃなかったような……たしか女の子が空から降ってきて……。星輝剣と初めて同調できて……あれは夢だったんだろうか。
ぼんやりと身体を起こすと、カリナがすぐそばで僕の顔を覗き込んでいた。
「あ、目が覚めたのね」
「……夢じゃない?」
「おはよう」
「うん、おはよう……って、あれ?」
なにか大切なことを忘れている気がしている。
冴えない頭を捻る僕に、カリナは尋ねてくる。
「朝は起きたらおはようじゃないの?」
「そうだけど、そうじゃなくて……え? 朝って……大変だ! もう朝!」
「そう、大変よ。朝ゴハンを食べないと。お腹が空いたわ」
「大変なのはそこじゃないよ!」
今日が星輝剣の使い手を決める大切な日だ。
幸い太陽の位置はまだ低いので模擬戦の時間には間に合うだろう。それでもこんなところで朝を迎えるとは思っていなかったので、気持ちが急いて落ち着かなかった。
慌ただしく立ち上がる僕をカリナがじっと見つめてくる。
「お腹が空いたの。まさか朝ゴハンを食べない気? ゴハンは大事よ」
「まさか、とか意外そうに言われても……わかった。途中でなにか買って食べよう」
「よかった。やっと目が覚めたのね」
さっきから目は覚めてるけどね。