終末世界のプレアデス 星屑少女と星斬少年

第一章 空の光は全て敵 ⑧

 思わずたずねると彼女はきょとんとした顔で固まった後、自身のむなもとを指さした。


「私は、カリナ」

「それは聞いたよ」

「じゃあ、あなたは何者?」

「…………」


 言葉にまった。

 さきほどの彼女の反応もわかる気がする。自分の名前は教えた。それ以上、他に言うことがおもかばない。

 だって僕は、まだ何者にもなれていないのだから。

 答えあぐねる僕を見かねて、彼女は質問を変えてくれた。


「どうして夜にこんなことしてるの? つう、夜はみんなるものでしょ」


 昼間じゃおこられるから、なにもしないと不安でねむれないから。理由は色々とおもかぶが彼女が知りたいのは、そういうことではない気がした。

 しばしもつこうし、僕はゆっくり口を開く。


つうじゃ僕がなりたいものになれないから、かな?」


 やはりというか、カリナは首をかしげてしまった。

 彼女に伝わるように、僕は胸の内にある気持ちのだんぺんを拾い集めてどうにか言葉にする。


「強くなりたいんだ。姉さんの弟だなんて呼ばれたくない。意地っていうのかな……こんな僕だって、男だから」


 く伝わっただろうか。おそるおそるカリナの表情をうかがうと、彼女はなつとくしたのかしていないのか判別のつかない顔で僕を指さす。


「男……こんなリュートも、男の子だものね」

かえさないで。ずかしい」

「じゃあ聞かせてよ」

「なにを?」


 問うとカリナは「うーん」と困ったように小首をかしげ、ぽつりとつぶやく。


「リュートが男の子かどうか?」

「男だよ」


 そくに言い返すと、れいに整っていた彼女の顔にクスリとみがこぼれた。

 からかわれたのかな……けど、不思議と悪い気はしなかった。

 ちょこんとしばこしを下ろしたカリナが僕を見上げる。


「さっきの、リュートが強くなりたい理由を教えて」


 僕を見つめる彼女のひとみじゆんすいそのものだ。


「うーん、く伝えられるかな」


 そっととなりに僕もこしを下ろした。

 やわらかいしばの先がちくちくと手のひらにさる。

 やさしかった姉さんのことをおもかべながら、僕はゆっくり言葉をつむいだ。


「僕には姉さんがいてね。一人でほしくずじゆうたおせるくらい、とても強い人だったんだ。みんながえいゆうと呼ぶ、ヒナ・ロックハート。以前は第二特務隊の隊長をやっていたんだけど……」

「私が第二特務隊に入ったときには、隊長はもうギニアスだったわ」

「姉さんが隊長だったのは五年も前のことだからね」


 口にして、あれからもう五年もったのだと実感する。

 どんよりと胸の内が重くなる僕にカリナは言う。


「名前は知ってるわ。星浮島ノアを守るために自らをせいほしくずじゆういつしよに地上に落ちた人」

「そう。表向きは、そうなってるよね」

「……ちがうの?」


 問われた僕は小さく息を吸い込み、きつくこぶしにぎめた。


「本当はあの日、地上に落っこちるはずだったのは僕なんだ」


 あれから五年もったのに、あの日のこうかいじんうすれていなかった。

 でも、それでいいと思う。

 姉さんがしたことを僕だけは絶対に忘れちゃいけない。

 五年前の僕がいだいた決意は、今も変わらず僕をうごかし続けている。


「だからなんて言うか、姉さんの代わりに生きている僕は、姉さん以上の存在にならなきゃいけないんだ。それが、僕が強くなりたい理由」


 スターライトの使い手の中でも群をいて姉さんは強かった。たった一人でもほしくずじゆうたおした姉さん以上の存在になるにはどうすればいいか。

 たどり着いた僕の答えをカリナに告げる。


「僕の夢はさ、いつか地上のほしくずじゆうを全部たおして、地上を人の住める場所にしたいんだ」

「地上のほしくずじゆうを全部……」


 勢いのまま理想を語る僕に、カリナは目を丸くしていた。

 たぶんあきれているんだと思う。あきれられても僕は気にもめない。この理想を曲げるつもりはないのだから。かつての姉さんのように胸を張っていればいいんだ。

 ぱちぱちとまばたきをかえしていたカリナは、ふとおだやかな表情をかべて言った。


てきな夢ね」

「え?」


 ちがいかと思った。

 だって地上はほしくずじゆう蔓延はびこっていて、スターライトを造った地上の人々でさえ空にげるしかなくて、地上をもどすなんてできるわけがない、とみんなが口をそろえて言う。今までさんざんそうやって馬鹿にされてきた。


「リュートが地上を人の住める場所にするか、私が一番かがやく星になるか、競争ね」


 けれど僕を見るカリナのひとみあざけりやべつの色はいつさい見られず、僕は彼女の顔をまじまじ見つめ返してしまう。


「笑わないの?」

「どうして?」


 不思議そうに首をかしげる彼女に、僕は言う。


「だってつうなら姉さんをえるなんて無理だって、地上をもどすなんて不可能だって、みんな笑うよ」

「そうなの? でも私はみんなじゃないから、よくわからない。リュートだって、みんなじゃないでしょ?」

「そりゃそうだけど……」


 まどう僕に、カリナはやさしくほほんだ。


だいじよう。みんながている夜もがんるリュートは、みんなとはちがう。それだけ強いおもいがあるんだもの」

「まあ、おもいだけならだれにも負けないけど……」

「強いおもいは、たましいかがやきの強さ。力になるから。だから、だいじよう


 僕はみんなのえいゆうになった姉さんをえる存在になりたい。

 みんながバカにするそのおもいを、カリナだけはちゃんと聞いてくれた。彼女のやさしさからおうえんしてくれただけかもしれない。それでもおうえんしてくれたことが、うれしかった。


「そっか。じゃあもっとがんろうかな」


 そばに置いていたスターライトつかみ、僕は勢いよく立ち上がる。

 同調の感覚を忘れていたらどうしようかと思ったけど、スターライトはちゃんと光ってくれた。

 見上げた空にはいくつもの星がかがやいている。あのすべてがほしくずじゆうだとしても、不安や迷いはない。にぎったスターライトあわい光をまとっていて、いつもより身体からだが軽かった。

 なんだか今なら、あの星空すられそうだった。


 ☆ ☆ ☆


 十数分前。