『山吹、デシャップ(配膳スペース)来れるか? 片っ端からサーブ(配膳)頼む!』
「分かりました! そのまま五番バッシング(片付け)行きますね! 五分後くらいにデザートの注文殺到すると思うんでお願いします!」
『勘弁してくれ! 了解!』
インカムから聞こえてくるキッチンスタッフの怒号じみた声。それに負けない声量で応えながら、俺は早歩きでデシャップに移動する。デシャップは既に沢山の料理で埋まりかけていて、それなのにキッチンでは少ないスタッフがせわしなく走り回っていた。まだまだ注文が相次いでいるらしい。
────我らが『ファミリーレストラン・サイベリア 紫鳳店』は、現在、開店史上最大級の客波に襲われていた。店内を始めウェイティング席までとある高校の女子生徒でパンパンに埋まっていて、入りきらなかった生徒達が駐車場にまで溢れている。テスト期間でもここまで混んだ記憶はない。案内のディスプレイを横目で確認すると現在三十七組待ちとのこと。
…………冗談きついぜ。今日は平日シフトだってのに。
「大変お待たせ致しました。デラックスチキンジャンバラヤとキャラメルハニーパンケーキでございます」
「はい! パンケーキ私です!」
「ちょっ、沙織、こんなに食べれるの!?」
「今日ちょうど夜ご飯ないって言われてたの。あ、どうもです」
三番テーブルには三人の女子高生が座っている。一人にパンケーキを提供しもう一人の前にはメロンソーダが入ったドリンクバーのグラスが置かれていたので、消去法で残りの一人にジャンバラヤを提供すると、その女子生徒がぺこりと頭を下げた。こういう小さな予想が当たると嬉しいんだよな。
「あのぉ、店員さん。ちょっといいですか……?」
配膳を終えて去ろうとすると、パンケーキの女の子がおずおずと手をあげた。俺は反射的に視線をパンケーキに走らせる。このタイミングでお客様に話しかけられる時は大抵、料理に問題があるからだ。
「────はい、いかがなさいましたか?」
調理ミス?
それとも髪の毛混入?
忙しい時はそういったミスが起こりがちではある。勿論こちらもデシャップでおかしなところがないか確認はするけど、全てのミスをなくせるわけじゃない。こういうことは稀に起こってしまうんだ。俺が視線を戻すのと同時に、女子生徒は頰を赤らめながらサイドに垂らした髪で顔を隠した。
「えっとぉ…………『一織様』はいつ頃このテーブルに来ますか……?」
「はい……?」
想定していたどのパターンの質問でもなく、つい聞き返してしまう。
「一織様です……あの、あそこにいらっしゃる────きゃ───!」
視界に入るのが耐えられない、とばかりに三人が奇声をあげる。
女子生徒が指差した先には、黒いショートヘアをなびかせて颯爽とホールを歩くイケメンの姿があった。モデルのようなすらっとした手足に男性ホールスタッフのユニフォームであるスーツがばっちりキマっていて、ドラマの撮影中と言われたら信じてしまいそうなオーラを纏っている。当店の新人スタッフである彼女がペパーミントのように爽やかな笑顔を振りまくと、付近のテーブルから爆発のような歓声が巻き起こった。
そう────『彼女』である。近くの女子校・雀桜高校に通う女子高生、立華一織。それがあのイケメンスタッフの正体だった。
「あー、えっと……当店はそのようなサービスは提供してないんですが……」
「そ、そんなぁ……店員さんの力でなんとかなりませんか!?」
「そうは言われましても……当店はファミリーレストランですので」
俺にはどうすることもできない。しかし女の子も諦めきれないのか必死に食い下がってくる。俺が対応に困って頭を下げると、頭上から声が降ってきた。
「夏樹、どうしたんだい?」
その声はまさに────今呼ぼうか迷っていた『一織様』のものだった。
「きゃあああああっ!!?」
途端、三人が絶叫する。
他のお客様の迷惑に──と思ったが、現在この店には立華さん目当ての雀桜生しかいなかった。顔を上げると女子生徒達が目をハートマークにしながら立華さんに迫っている。テーブルの上ではすっかり忘れ去られてしまったジャンバラヤが悲しそうに湯気をあげていた。
「こちらのお客様が立華さんに用があるみたいで。悪いけど対応お願いできるかな?」
「了解した。さて……どうしたのかな、君達は」
立華さんがそのアイドルばりに整いすぎた顔を近付けると、女子生徒達が沸騰寸前のお湯のように沸き立った。
「あっ、あっ、あのっ! 私達一織様の大ファンでっ、えっとっ、スーツ姿、かっこよすぎますっ!」
「ありがとう。今日はボクの為に来てくれたのかい?」
「ははははいっ! 私達全員一織様のファンクラブにも入らせていただいてて──」
続きが気になるところだが、店内は大混雑を極めている。ウェイティング席に目をやればスーツ姿の立華さんを一目見ようと多くの雀桜生が身を乗り出していた。俺は視線を切って五番テーブルのバッシング作業に移る。二つ隣のテーブルなのでかろうじて会話が聞こえてきた。
「キミ、名前はなんと言うんだい?」
「あ、えっと……沙織と申します……!」
「そうか────沙織、今日は来てくれてありがとう。とても嬉しいよ」
「あっあっあっ」
…………やっていることが完全にホストだった。果たしてこれをファミレスの接客と言っていいのだろうか。沙織と呼ばれたジャンバラヤの女の子がテーブルに撃沈し、周りの席からは「ずるい! ずるい!」とブーイングが鳴り響く。
『夏樹、ホール大丈夫そうか!?』
「…………正直ヤバいですけど、お客様満足度はピカイチだと思います。料理の提供ちょっと遅れても大丈夫だと思うので、ミスがないようにやっていきましょう」
『あいよっ』
インカムに返しながらダスターでテーブルを拭き上げていく。紙ナプキンと卓上調味料の残量が問題ないかを確認して、最後にテーブルの下にゴミが落ちてないかチェックする。よし、問題ないな。
「立華さん、五番オッケーだから案内してもらってもいい?」
三人の相手をしている立華さんに声を掛ける。服装も相まって、立華さんは見れば見るほど男性にしか見えなかった。『雀桜の王子様』の異名が脳裏によぎる。
「呼ばれてしまったか。では少し行ってくるよ」
三人に華麗なウィンクを残して立華さんはウェイティング席に歩いていく。文句の一つでも言われるかなと三人に視線をやってみれば、三人ともぽーっとした顔で立華さんの背中を見つめていた。完全に恋する乙女の目だ。
…………どうして。
どうしてこんなことになってしまったんだろうか。
ほんの数日前までサイベリアは普通のファミリーレストランだったのに。次のバッシングに移りながら、俺は初めて立華さんと出会ったあの日の出来事を思い出していた────