人妻教師が教え子の女子高生にドはまりする話
一章『潮の匂いが届かない』 ①
人生終わったと感じるのはやっぱり、人を殺したときが一番だと思う。
私の想像力では、そういうところに行き着く。
では、今の私はどれくらい、人生の行き止まりにいるのだろう。いるのだろうか? 爪先が壁を蹴っている実感は確かにあり、圧迫感が唇を押している。でもその唇を押す感触は柔らかく、触れて少し吸い込むだけで、頭の中が漂白されていく。
その隙間からささやくように漏れる、私を呼ぶ名に鳥肌が立つ。
自分の立場と、今起きていることが
もっと余裕がなければ、こんなことにはならなかったのだと思う。
恵まれていなければ。幸せでなければ。充実していなければ。もっと疲れていたら。上を向けないくらい参っていたら。仕事に熱心じゃなかったら。視力がもっと低ければ。鳥目だったら。声をかけなかったら。追いかけなかったら。気づかなかったら。
制服じゃなかったら。
人は殺していない。
まだ誰も傷つけていない。
知ってしまった寂しさに寄り添おうとして。
それなのに私は、人生終わろうとしている。
腕の中に得たものは、すべてが私の身を焼く。
十歳年下で女子高生で教え子で制服でスカートで下着は青で背が自分より高くて二年生で未成年でこっちは既婚者で教師で休日で家があって夫がいて不倫で女子高生で17歳で人妻で女子高生で
一つ取り出すだけで身の破滅を招き寄せる要素を、よくもこれだけ集めて。
そんな相手と、教え子の自宅で、彼女のベッドの上で唇を重ねている自分は。
景色が
今でも、あのとき、って思う。
余裕なんてなかったら、あのときの私は引き返さなかったのに。
職業柄、制服姿を見かける機会は多い。だから余計、目に留まりやすかったのだろうか。思いの外長くなってしまった事務作業が終わる頃には
日中よりも夜の方が、潮風を感じられる気がするのはなぜだろう。
それはさておき、足を止めて一つ隣の通りへと目を凝らす。道が一本違うだけで、向こうの駅前の
夜に輝く店舗の明かりを背負って、はっきりと映ったのは。
「目、合っちゃった」
名前は
いわゆる、夜遊びに繰り出している最中かもしれない。
放っておいていいものだろうか。担任と教え子の距離感というか、どこまでを導き、どこまでを自由として見送ればいいのか。教師の当たり前の判断は、なかなかどうして難しい。
通行の邪魔にならないように道の端に寄ってから、悩む。真っ暗闇の壁に手でも置かれているように肩が重い。動くなら早くしなければいけないし、見なかったことにするのも、きっと遅くならない方がいい。
目が合っちゃったなぁ、というやや後悔にも似た偶然が頭をぐるぐる回っている。
制服を着ていなかったら、そもそもあの子が戸川さんだと気づかなかったかもしれない。まだ教え子たちが進級してから日は浅く、印象はお互いに薄い。向こうも、私を担任だと見分けることができただろうか。気づいていたらどうだろう、逃げてしまうかもしれない。
労働を終えて、本日まだ水曜日の夜。寄り道する元気が自分に残っているか、と
そういう甘えもふと浮かぶくらいの、仕事帰り。
夜の暗がりと、電気の少し
「……いー……きます!」
迷ったけれど、
少なくともこのときの私は、そう思える程度に前向きで、余力があった。
引き返して、隣の通りへ道を
夜を
ちょっと追いかけて見つからないようなら諦めて帰ろうと思いながら隣の通りに入ると、自販機の側にその人影がすぐ見つかる。ビルの角、借主募集中という貼り紙と共に照らされる戸川さんは、私を見てすぐにこちらへ寄って来る。私を待っていたような調子と動きだった。そのまま真っすぐ歩いて、私の前に立つ。立たれると、もたらされるのはほどほどの威圧感。
背は高めの女子だと認識していたけど、正面から向き合うと微妙に目線の高さが合わない。最後に測ったとき160にぎりぎり届かなかった私より、5センチは上だろうか。
しかし彼女はセーラー服を着て、私はスーツを着ている。
背の高さは、お互いの立場を証明するものではなかった。
「やっぱりいちごせんせだった。目、合ったよね」
背丈からするとやや落差を感じる、まだ幼さを含んだ声。悪びれる様子もない、温和な物腰。
教室で話す機会もそうそうないけれど、時折見かける彼女はいつも緩く笑っている。軽く笑うか、大きく笑っているか。笑顔以外、見たことがないのではないだろうか。柔和な目元はどこか、人に慣れきった犬のような雰囲気がある。そしてその柔らかさと
「
「えーほら、当校への入学理由は制服のデザインが好きだからでー」
「
指摘すると、戸川さんが
余裕を持って立ち回られて悔しかったので少し粘ったけれど、結局諦めた。
降参を示すように後退して距離を取ると、へへー、と戸川さんがゆるゆる笑う。
「せんせぇの負け」
「そこはどうでもいいことに気づいたの。戸川さん、なにしてるの」
「んー、散歩」
「こんな時間に?」
「夜が好きだから」
受け答えに軽薄を感じてしまうのは、私の偏見だろうか。
「誰かとどこかに行こうとしていたみたいだけど?」
「さっきの人? あー、お姉ちゃん」
「お姉さん……ねぇ」
「
そこにいるよ、と戸川さんが近くを目の動きで指す。
姉と紹介された人物は、やや離れた位置にある中華食堂の表のディスプレイを興味深そうに
ジーンズにシャツだけの飾らない格好で十分映えて、それ以上着飾ると過多になってしまうくらいの存在感がその髪にはあった。つまるところ、金髪美女だ。
「おねーちゃん、ちょっと」



