転生程度で胸の穴は埋まらない

第一章 異世界転生 ②

 ……ギリギリ出来る、というだけで、いつも困ってはいるけれど。

 この教官が美人なのも良くなかった。コノエは相手が美人だと近づくより逃げたくなるタイプのコミュ障だった。


「ふんふん、そうなんだ。真面目が取り柄なんだ」


 でも、そうやって困っているコノエをよそに、教官はさらに近づいてくる。

 近い距離。教官の顔がよく見える。地球ではなかなか見られないレベルの美人。

 ……しかし、コノエはその状況を役得などとは思わない。むしろ顔をらして、もっと離れようとして。


「時に、君」

「……え、はい」

「加護はもう決めたかな?」


 そんなコノエに、教官は問いかけた。



 ──加護とはなにか。

 それはこの世界の誰もが持つ力にして、神様が授けてくれるものだ。この世界には沢山の神様がいて、神様の権能ごとに違う加護を与えてくれる。そう習っていた。

 魔法の力を高めてくれたり、技術が身に付くのが早くなったりするような、そんな特別な力だ。しかし、血筋や環境によって左右されるので、何の加護をもらうか選べないらしい。

 少し不自由な力でもあって、加護が違うからと夢を閉ざされるケースも多いそうで。

 ──でも、転生者は加護を選ぶことが出来る。

 そしてその権利こそが転生者に与えられた最も大きい優遇だった。

 転生者は血も育ちも関係ないので自由に選べる。しかもいくらかおまけしてくれるらしい。

 選ぶ加護はどんなものでもいい。ダンジョン攻略に役立つ力でも、生産系の力でもだ。

 自由度が高すぎて、逆に困るなんてぜいたくな悩みもあるくらいで──。



「──加護は、まだ決めていません」


 コノエも決めかねているところだった。

 なんとなく空間魔法の加護が浮かんでいるけれど、これといった決め手もない。他の人達は互いに相談しているそうだけど、コノエにそんな相手はいないし。

 ……しかしそれがどうしたと。


「へぇ、そっかそっか!」

「──!?」


 ──そこで、突然教官がコノエの肩をポンポンとたたく。

 コノエは不意の接触に驚き、びくりと体を跳ねさせて。


「なら一つ、おすすめの加護があるよ」

「………………え?」

「生命魔法にしよう、そうしよう」


 真面目な君にぴったりだ、と教官は言う。

 ──生命魔法?


「加護が強くないと一流にはなれないし、かなりの努力は必要だけどね。転生者なら加護の強さは保証されてるし、ぴったりだよ」

「……」

「どうかな? 製造系ほど師弟関係に厳しくないし、そこらへんの魔法よりはるかに稼ぎやすいし……とんでもなくもうかるよ?」


 生命魔法はコノエも聞いている。一言でいうと、治癒魔法──や病気を治す魔法だ。他の魔法でも治療は出来るらしいけれど、治すという意味では生命魔法が一番強力なのだとか。

 つまり、いやしに特化した医者の魔法だ。それはまあ、もうかると思う。

 実は最初は候補の一つに挙げていて……でも、空間魔法の方が色々出来て良いなと思って忘れていた。魔法使いなら誰でもちょっとしたなら治せると聞いたし。

 でも、そんなコノエの肩を、教官は少し強くつかんで──。


「──あそこの建物を見て? そう、あの大きな建物。あれは実は貴族のしきじゃないんだよ。生命魔法使いの家。あれくらいの建物は簡単に維持出来るくらい稼げるというわけだね」

「……は、はあ」

「──あと、生命魔法は治癒だけじゃなくて身体強化も強力だよ。冒険者としても活躍出来る。知ってるかな? 年に一度の武闘会。ここ数十年の優勝者は生命魔法の使い手だよ」

「……なるほど」

「──爵位を得た者も沢山いるよ。生命魔法の使い手は上流階級ともを作りやすいし、成果も出しやすい。少なくとも冒険者として身を立てるよりはよほど簡単だよ」

「……そうなんですか」


 ──困惑するコノエを、教官のとうのオススメが襲う。

 コノエはそれに驚きつつ、しかし真面目に聞く。どんな時でも真面目であろうとするのが己の唯一の長所であるとコノエは自負していた。


「寿命も長くなるよ。まあ魔力や生命力を伸ばせば誰しも寿命は長くなるけど、生命魔法はひときわ長い間若く、れいでいられるよ」

「……なるほど?」


 教官は次から次へと生命魔法をアピールしてくる。

 ここがいいぞ、あそこがいいぞ、と言うのをコノエは真剣な顔で聞きつつ……。


(──しかし、なんというか)


 そんな教官に、コノエはなんだかいことしか言わない人だな、と思う。

 デメリットを全く言わないところがさんくさいな、とも。

 コノエはとてもうたぐぶかい。真面目なのと同じくらいにはうたぐぶかい。

 ぼっちも陰キャもうたぐぶかさも、一度死んだくらいでは直らなかった。コノエは基本的に、何でもまず疑うことから入る性格だった。


「……」


 まあ、相手は教官だし、信じたいところではあったけれど。

 でも、美味すぎる話だった。詐欺師は都合のいことばかり言うものだし、あと美人というのもこの場合はマイナス要素だった。美人局つつもたせ


「……わかりました、選択肢の一つとして考えさせていただきます」


 なので適当な断り文句を言って、その場を去ろうとし──。


「まあ待って。なにか目標はない? 努力は必要だけどなんでもかなうんだよ?」


 ──しかし教官は肩をつかみ、引き留める。

 コノエはそう言うから逆に怪しいんだけどな、と思い。


「疑っているの? 私の言葉にうそはないよ。悪意もない。ただ、生命魔法で一流になれる人は数が少なくてさ。一人でも多く挑戦して欲しいという一心でこうして勧めているの。──なんなら、神に誓うよ。今回君に話す生命魔法について、私の言葉にうそはないと」

「……神に?」


 驚く。この世界において神に誓うという言葉は重いと知っていたからだ。

 その誓いは絶対で、破れば加護が減って、弱くなって、それまでの努力が無駄になるらしい。

 決して気軽に言うなと全ての教官が言っていた。過去に適当なことを言って折角の加護を失った転生者の話も聞いている。同じ話は図書室の本にも書いてあった。

 ──なので、しんぴよう性は確かに増した。


「そう、信じてくれたなら、もう一度考えて」


 コノエを両目で見据えながら教官はゆっくりと言う。


「金でも、名誉でも──そして女でも何でも手に入る。ハーレムも簡単だよ。絶世の美女奴隷を百人でも買ってきてはべらせることもできるよ?」


 ……奴隷、ハーレム?



 ──奴隷ハーレム。

 それは一昔前から日本の創作物の中で見られるようになった言葉だ。

 主人公が美女の奴隷を買って、囲まれて。イチャイチャしたりして。

 優しくしたり、好かれたり。逆にひどいことをしたり、憎まれたり。

 まあそんな感じの話だ。内容的には色々と種類もあって、近年では一言でこれと言えるようなものではなくなっていたけれど、大体そういうヤツだった。

 要するに、男の夢と言える。以前コノエもそういう話を読んだことがあった。

 ──だから、教官の言葉に思わず心が揺れた。

 だって、うらやましいと思っていた。思春期にそういう物語を読んで、ベッドの中で妄想しなかった人間がどれくらいいるだろうか。

 奴隷なら、こんな自分でも愛してもらえるかもしれない。異世界なら、誰かと共に歩んでいけるのかもしれない。そんな妄想。

 でもありえなくて、かなうはずがなくて、ため息を吐いて諦めた。意味がない、下らないと。

 それなのに、そんな妄想が──。



「へぇ、奴隷のハーレムがお望みかな?」


 ──いきなり現実に飛び出してきた。


「なるほど、なるほど」

「……あ、いや」