転生程度で胸の穴は埋まらない
第一章 異世界転生 ③
女性の前で奴隷ハーレムなんて言葉に反応してしまって
「いいじゃないの。男の夢だもんね?」
「……いや、その」
わかるわかる。男ってそんなもんだよねと。
こういうのは世界が変わっても同じだね、なんて言う。
「期待していいよ。何人でも、何十人でも大丈夫。生命魔法を習得し、認められ──アデプトになれば。金貨千枚とか簡単に稼げるから」
奴隷商に行って、
あまりにあけすけな態度に、コノエも引くを通り越して真面目に聞いてしまう。
「都に
教官が、どう? いいでしょ? すごいでしょ? と、すごく都合のいいことを言う。コノエの肩をパンパンと
衝撃にコノエの視界が揺れて──同時に、少しだけ、心も揺れていた。
「あそこを見て? エルフの娘達がいるよね?」
教官の指先につられて視線が動く。そこには先ほど見たエルフの少女達がいた。地球人と明るく挨拶していた、金髪の美しい少女たち。
その金色は、太陽の下でただただ輝いている。地球にはない異界の美がそこにある。
「君たちの世界にはエルフって居ないんだよね? あんな娘たちだって、きっと好きに出来る」
「……」
コノエは目を泳がせる。本当に? そんなことが、現実に?
それなら、こんな自分にも、本当に奴隷ハーレムが?
それは、つまり──。
『──僕の人生に、意味はあったのかな』
──今度は、一人ぼっちの病室で死ななくてもいいんだろうか。
今度は、どうでもいい誰かじゃなくて、今度は、邪魔な誰かじゃなくて。コミュ障でも、まともに人と関係を築けなくても、今度こそは誰かと一緒に。
「アデプトへの道は大変だけど、真面目で努力家な君ならきっと大丈夫。安心して? 生命魔法は教育が手厚いから。何年でも、何十年でもしっかり最後まで面倒を見るよ」
「──」
……揺れる。心が揺れていた。なんだか訓練が厳しいとか聞こえた気がするけれど、それが気にならなくなるくらいには、揺れていた。
「──神に、誓うよ。私に下心はなく、悪意もなく、人のため、世のため、神のために、見込みのある君をスカウトしているんだって」
(……見込みがある? 僕が? 本当に? 真面目だから?)
コノエには真面目だという自負はあった。そういう風に生きてきた。そうしないと、立場を築けなかった。邪魔者のコノエ。雑談一つまともに出来ないコノエ。社会の中で生きるには、真面目の皮を
「……」
生命魔法を習得すれば金を沢山稼げるかもしれない。
金を稼げば、奴隷のハーレムを作れるかもしれない。
今度こそ、人に囲まれて生きていけるかもしれない。
そう思うと、目が
(──いやいや、待て。落ち着け)
脳がグラグラと揺れていて、しかし、そこでコノエは冷静になる。
長年
そして何度も落ち着けと自分に言い聞かせた。そんなに都合よくいくわけないだろと。これまでの人生でそんなに
(……そうだ、そもそも奴隷なんか買ったって)
そもそもの話、奴隷を買ったって自分では
この世界の奴隷制の知識はないが、ここは物語ではなく現実であって、いくら奴隷と言っても自由意思はあるはずだ。好きになる人を選ぶ権利はあるはず。
奴隷を買うことはできるかもしれない。でもその先で仲良くできるかは、主の器量次第だ。つまり、友人すらまともに作れない人間にはハーレムなど不可能。好かれるどころか裏で陰口を
「どうしたの?」
教官が不思議そうな顔をして問いかける。コノエが突然冷静になったからだろう。
「……いえ、やはり止めておこうと。では失礼します」
「え、なんで? 待って待って」
無理やり逃げようとして、また捕まる。肩を
なので、コノエは先ほど考えたことを仕方なしに口にする。
人には身の程というものがあること。自分のような人間に、ハーレムの維持はできないこと。人間関係的に、早晩破綻することなどを、説明した。
──だから僕は、今まで通りもっと無難な生き方をするべきだ。そう思って。
「うーん、維持、そして人間関係かぁ。……大丈夫! それなら心配はいらないよ!」
「──え?」
あははと、教官が笑う。そして、コノエの肩に置いた手に力を込める。
「そう思うのなら、むしろ君はアデプトになるべきじゃないかな」
教官は至近距離でコノエを見つめ、にっこりと笑みを浮かべて──。
「──いいかな? 奴隷には基本的に人権がないの。命令を拒否する権利もない」
「……」
「そして、生命魔法を極めた者、アデプトはその職務上人より多くのことを許可されているの。例えば、特殊な薬の使用許可とかも。他の加護ではそうはいかないよ? 錬金術師は作れるけれど、使用は禁止されているし」
「……それが、なんだと」
「聞いて。つまり、アデプトなら──
「────」
──コノエは。それに。
誰からも必要とされなかったコノエは。
誰ともまともに話せなかったコノエは。
「………………………………………………はい」
コノエは、欲望に負けた。
目の前にぶら下げられたニンジンに、全力で飛びついたんだ。
◆
──
人を、強制的に
あまりにも身勝手で、道から外れている薬だ。
日本で
許されるはずがない。許していいはずがない。
「……」
でも……ほかに、方法があるだろうか。
二十年以上生きてきて、誰ともまともに関わることが出来なかったコノエ。どこに行っても孤立してきたコノエ。まともに目を見て話すことも苦手なコノエ。
そんなコノエに他の方法なんて思いつかなかった。
(……
誰かにとっての特別。大切なナニか。
ずっと憧れていたそれに、自分もなれるのだろうかと──。
◆
──そして数日が
その日、転生者の講習が終わった。
転生者たちは一部を除いて皆寮を出て、己の選んだ道を歩き出す。それぞれの選んだ加護を手に入れるために、戦士になるものは戦士ギルドへ向かい、魔法使いになりたいものは魔法ギルドへ向かう。
「……」
そして、コノエもまた生命魔法ギルドの扉を
ひとしきり歓迎され、しかし「ありがとうございます」と「頑張ります」としか言えない自分にげんなりした後、ギルドの奥へと連れていかれる。すると、そこには話に聞いていた神様の分体がいた。
神様は背中に天使のような翼が生えた、真っ白な少女の姿をしていた。
美しい顔で、邪気なんてない瞳で、コノエを歓迎していた。
『
それにコノエは。
「──はい」
目を少し



