不可逆怪異をあなたと 床辻奇譚

〇 先触れ

 地に突っ伏して泣いていた。

 自分でもこんなにも悲しいのか分からない。むしろ「これは喜ぶべきことではないか」と己に言い聞かせてみる。

 怪奇に巻きこまれて死んだと思った妹が生きていたのだ。もう二度と会えないだろうと思ったのにこうして会えた。それは悲しむことではないはずだ。

 ──ただ一つ、たった一人の妹が変わり果てた姿になっていたということを除いて。


「おにい、ちゃん」


 声に空気の漏れる音が混ざる。それはけれど、なつかしい呼び声だ。自分がずっと聞きたかったものだ。


「わたしは今、ちゃんと幸せ、だよ。ありがとう。……ごめんね」


 その言葉がうそではないと、二人だけのきようだいだからこそ分かる。

 分かるのに、なおも悲しいのだ。涙にれた己の視界に妹の首が映る。

 妹はそんな姿にもかかわらず、昔のように笑顔を見せてくれる。


「……どうして、こんなことに」


 妹は物心ついた時から、人には見えないものが見え、聞こえないものが聞こえていた。怪しいものに狙われることも決して少なくなかった。けれどそれが妹の人生を損なわないよう、自分はずっと専心して生きてきたのだ。

 なのに、ただ一人の家族を守りたいと思ったのに守れず、こんな姿にしてしまって。

 悲しくて、悔しくて、腹立たしくて。

 そんなだから自分は……彼方かなたからのを信じたのだろう。

 そうすることが何をこの街に呼びこみ、どんな結果をもたらすのか知らないまま。

 いや、たとえ知っていたとしても結末は変わらなかったのかもしれない。

 皆が「間違っている」と声をそろえて言ったとしても。

 はたして家族を取り戻したいと願うことは──罪なのだろうか。