不可逆怪異をあなたと 床辻奇譚
二 禁忌 ⑦
ふっとそこで紫色の髪の後姿が脳裏をよぎる。
寂しそうな、でも
どこかで見た、おぼろげな記憶に俺は気を取られた。そこに
「
「あいつ、なんで……!」
でも
「久しぶり
「……ぁ、ごめ……なさ……」
「大丈夫。安心して。私がついてるから」
その姿は
不思議と郷愁に似た気分を覚えて喉の奥が熱い。問う声が自然に
「……お前はどうして俺たちのことを知ってるんだ? 味方なのか?」
「味方だよ。子供の頃、よく一緒に遊んでた。
それを言われると、確かに昔は名字も知らない友達とかあちこちにいっぱいいたんだ。
「覚えてなくてもまた始めるからいいよ。私は
「準備って何をすればいいんだ?」
俺は路上に置いたままのバッグに歩み寄るとそれを取ろうとする。でも
「決まってる。この怪奇の主を
月もない。家の
そんな中で、日傘だけが世界の始まりみたいに白い。
「怪奇の主? ここにそんなのがいるのか」
「うん。核みたいなものだよ。どの怪奇にもそういうのがいるの」
また一つ家の
「──キさ子ちャン! どコォ!」
「どこにもいないよ」
俺が呪刀で突いた時とはまるで違う。街中に潜んでいる何かが息を詰めた気配がする。まるで薄氷の上にいるみたいな嫌な緊迫感が襲ってくる。
呪刀を握りなおす俺の隣で、
「だって喜佐子ちゃんは君たちが隠して……食べちゃったじゃない」
それは閉鎖空間の隅々にまで行きわたるような、力ある声だった。
そして薄氷を
一瞬の沈黙が立ちこめる。
直後、街中から
「ひひひぃいぃぃぃひひひぃぃぃ!」
明確な悪意を感じる笑い声。変声機をかけたみたいな声に、さすがに俺はぎょっとした。
「なんだこれ。何したんだ?」
「隠された本質を暴いたんだよ。そうすると怪奇はもう隠れられなくなるから。核が表に出てくるしかないんだ」
「そういうものなのか……。にしてもこの笑い声聞いているとおかしくなりそうだ」
「でも
「ちゃんと不気味だと思ってるよ。でも怖がると向こうが喜ぶだろ」
「あー、そういう怪奇もいるね。でもそんな理由で怪奇と張り合う人はあんまりいないよ」
「こういうのは気の持ちようだから」
ちなみに
「
言われて俺は
そこに集まっていくのは悪意の気配だ。今まであちこちに広がって散っていたものが集束していく。はっきりとした輪郭はない。けれど闇の中にうっすらと赤黒い何かが浮かび上がった。
「なんだあれ……あれが核か?」
「うん。
「生きている内臓(闇)」
「かっこやみ?」
大きな人影くらいの内臓は、そう言っている間にも俺たちの方ににじり寄ってくる。暗い中、しのび笑いを上げて近づいてくるそれからは明確な害意が感じられた。
「気持ち悪さはともかく分かりやすくなった。あれを倒せば脱出ってわけか」
「そうそう。もう大丈夫でしょ?」
確かにこういうタイプの急場には慣れてきてる。
俺は呪刀を握りなおす。息を整えて相手を見据える。それは今まで何度も見た人ならざるものだ。
……そんなものはあっていいはずがない。家族のもとに帰れなくなってしまう。
だから、俺に行き合ったならこれで終わりだ。
「──一度だけ聞く。お前は、俺の妹の体がどこにあるか知ってるか?」
「タ、タ、食べちゃッタよおオオ」
「
見え透いた醜悪さに俺は息をつく。
そして地面を蹴ると、床辻の禁忌である一つを……散り散りになるまで何度も
気づいた時、街には
「お疲れ様。安心して見てられるね。予想以上だよ!」
楽しそうにそう言う
「ありがとう、助かった。で、助けてくれたところにいきなり聞くのはなんだけど、これだけ怪奇に対応できるって何者なんだ?」
怪奇の核を
「私は【
「迷い家?」
「うん。怪奇に好かれやすい人とか呪われちゃった人とかを
「あー……対怪奇のシェルターみたいなものか」
「そそ。今は他に避難してる人もいないけど」
さすが床辻。そんな場所があったのか。怪しさはあるけど「この街ならそれくらいあるかも」って思うくらい一年の間に慣らされてしまった。
「それって監徒とは違うのか? 監徒はオカルトを監督してる秘密機関だろ?」
「秘密っていうならこっちも避難所だから秘密だけど、監徒とは違うよ。監徒は街の治安維持が第一で個人を助けないから。こっちはただの有志」
「なるほど?」



