魔王城、空き部屋あります!

第二話 就任早々大清掃 ②

 人が良く、提案にほいほいと乗ってくれるきようが居た方がバルバトスとしては都合がいい。

 の態度は明らかにそれを見透かしており、シロップのついた指をめつつ、バルバトスは内心で舌を巻いている。

 ネフィリーは話の内容がよくわかっていないのか、不思議そうな顔でバルバトスとを交互に見上げていた。


「それで? まず、何を決めればよいのだ」

「えーと、まずはマンションの部屋を購入と賃貸どっちにするのか。両方有りにしてもいいけど」

「購入……賃貸……? 何だ、それは。マンションというのは、金をもらって民を部屋に住まわせればいいのだろう?」


 ネフィリーの手と口元をおしぼりで拭いてやりながら、バルバトスは疑問を口にする。


「そうだけど、簡単に言うと、部屋そのものを売るか、貸すかの違いね」

「馬鹿を言え、ここは余の城だ。仕方なく住ませてはやるが、人間などに一部屋たりとも売り渡すつもりはないわ」


 バルバトスはふんぞり返って宣言したが、それを見るの視線は冷たい。


「そうすると、賃貸専門になるね。毎月決まった家賃を払ってもらって、部屋を貸すってこと」

「そうだ。何か、問題があるか?」

「お金を払い続けても自分のものにならない部屋なら住みたくない、っていう人は、賃貸のマンションには住まないよ? 賃貸の人だけで全部の部屋が埋まればいいけど」

「やはり購入も有りにしよう」


 バルバトスはあっさりと前言を撤回した。

 一ヶ月以内に90戸全ての部屋を契約で埋めるという条件でこの土地に城を置いている以上、わざわざ入居希望者を減らすような方針は取れない。

 ネフィリーは早くも退屈になったのか、椅子を降り、カーペットの上に寝転がってぬいぐるみで遊び始めている。


「と、いうか。それでは、誰も賃貸など喜ばないのではないか?」

「そんなこと無いよ。例えば何年か住んで別のところに移るつもりなら、部屋を買う必要は無いんだし。事情があってローンが組めない人も居るし」

「ローン?」

「そうか。それも説明が要るのか」


 魔法によって言葉自体は通じるようになっているが、お互いに自分の世界に存在しない概念については説明が必要になる。

 は自分のバッグの中からノートとペンを取り出し、「購入」と書いた下に二つ矢印を分岐させて「一括」「ローン」と書いた。


「部屋を買うのに何千万円ものお金を一気に払うのって大変なの。だから、契約してローンを組む。毎月少しずつ返しますって約束してお金を借りるわけ」

「なるほど。賃貸のように支払は月々に分かれるが、ローンならばいずれは部屋が自分のものになるわけだな」

「そういうこと。多いのは三十五年契約のローン、もっと短くて二十五年くらいの場合もあるけどね」


 がノートのページをめくって見せると、以前に調べたらしい住宅ローン関連の内容がびっしりと書き込まれている。

 まめな性格がうかがえる、れいで読みやすい字だ。


「三十五年! 寿命の短い人間が、それほどの期間を費やしてやっと一部屋を手に入れるわけか。涙ぐましいことよなあ」

「その上から目線、腹立つなあ。魔族って何年くらい生きるの?」

「魔族に寿命は無いぞ。殺されなければ何万年でも生きる」

たらすぎる……」

「しかしだな。いくら時間を費やそうと、人から借りなければ金を払えぬ者がこの魔王城の部屋を得ようなどと片腹痛いぞ。一括で払えなければ門前払いとしよう」


 バルバトスが再び椅子の上でふんぞり返り、が、またかという顔をしてそれを見た。


「それだと、住める人が限られて一ヶ月で部屋が埋まらないかも。いいの?」

「……ローン、悪くない仕組みではないか。せいぜい利用させてやるとしよう」


 再び、バルバトスはあっさりと前言を撤回する。柔軟と言えば柔軟だが、部屋の契約を埋めるためにはなりふりを構わない姿勢だ。


「じゃあ、賃貸と購入どっちもありってことで。部屋の値段も決めなきゃね」

「むう。そう言われてもな」


 いつの間にか床で寝てしまったネフィリーを抱えてソファに寝かせ、その隣に座り込んだバルバトスは腕組みして口をとがらせた。


「余にはこの世界の居住費の相場がわからぬ。金銭感覚をつかむにしても時間がかかろう。値段は地主であるきようさんが決定せよ」

「そう言うんじゃないかと思って、一応、おばあちゃんと相談してみたけど。そもそも私たちはこの建物のこと全然知らないから、値段決められないよ」

「ふむ。それもそうか」


 眉間を指でみながらしばし考えこんだバルバトスは、やがて邪悪な笑みを浮かべて立ち上がった。


「ならば、まずは案内せねばなるまいな! 余の城を!」

「はあ……覚悟はしてきたけど。こんな大きいお城見て回るの、大変そう」

「案ずるな。ここは余の城、近道も自由自在だ」


 そう言ってバルバトスが両てのひらを合わせ、部屋の壁に触れる。すると、部屋の壁に突然扉が開いた。

 しかも、扉の向こう側には明らかに隣の部屋ではない景色が見える。


「さあ、ついてくるがい」

「嫌な予感しかしないんだけど……」


 つぶやきながら、はバルバトスに続いて扉を抜けた。


◆ ◆ ◆ ◆ ◆


「まずはここ、給水塔だ」

「何これ!?」


 城に四つあるせんとうのうち、北側の塔の中に案内されたは、素っ頓狂な声を上げた。

 塔の内部は生物のようにうねったパイプが張り巡らされ、それが光り輝く六角柱にからみついている。給水塔という呼称からは想像もできない光景だ。


「城内で使用する水は全てここから供給される仕組みとなっている」

「なっている、って……その水はどこから出てるの」

「数百年分も蓄えた水を魔法により、圧縮し、この水精碑に貯蔵しているのだ。城内から出る下水もここに吸い上げられ、浄化される」


 パイプのつながった半透明の六角柱。その表面はれたように光っており、時折波紋が広がっている。数百年分の水が貯蔵されているなどという荒唐無稽な話も、どことなくしんぴよう性が出てしまうほどに不思議な輝きだった。


「ワケわかんないけど、とにかくここに住んだら水道代がかからないのか……」


 現代日本の常識からかけ離れたシステムに圧倒されながらも、はまるで施設を査定するかのようにメモを取っている。

 バルバトスやシグナの奇抜さに比べて目立ちはしないが、彼女もまた常識から外れた順応性の持ち主なのだった。



「次だ。ここは火力塔だ。城内で使用するしようガスを管理している」

しようガス」


 あまりにも不穏な単語の響きに、がぎゅっと眉をひそめる。


「それ、こっちの世界には無いものなんだけど。一応説明してもらっていい?」

「世界中にあふれている様々な生命のぞう、怨念を魔法によって集め、固形にしたのがもん結晶だ。そのもん結晶に圧力をかけることで発生するのがしようガス。燃料として非常に優秀なのだ」

「もしかして城内の設備って、全部それを使ってるの?」

「そうだが?」


 の顔がこわっていくのを、バルバトスは全く意に介していない。


「部屋の明かりも、台所の火も?」

「その通りだが?」

「い……嫌すぎる……」


 城内のあちこちを、紫色の火をともすランタンが照らしている。その全てが呪術的な燃料を使用していると知っては、気分を害するのも無理はない。

 しかし、人間の感覚が分からないバルバトスは首をかしげるばかりだった。


「あ、でもここに住んだらガス代かからないんだ。それは大きいな……」