魔王城、空き部屋あります!
第二話 就任早々大清掃 ①
東京都江東区
高く
異世界から転移してきたその城は、様々な事情により、この日本でマンションとして生まれ変わろうとしていた。
その名を、ロイヤルハイツ魔王城という。
今、その城門付近には看板が立てかけられ、「ロイヤルハイツ魔王城 入居者募集中」とおどろおどろしい書体で書かれていた。
しかも、赤黒い塗料で。
すると程なくして、
ずり落ちてきたショルダーバッグを一度肩にかけ直し、
頭部に角を持つ目つきの悪い銀髪の男、バルバトス。
人類を宿敵とする魔族の王で、同時に、現在はこのロイヤルハイツ魔王城の管理人でもある。
「こんにちは」
「フン」
尊大で無愛想。挨拶さえまともに返さない魔王バルバトスだが、エプロンを付けて片手に皿を持っている。
「エプロン……」
「何だ。何がおかしい」
「いや、魔王がエプロン付けてるのが違和感が
「当然だ。ネフィリーがすくすく健やかに成長するためには、完璧な食事が必要だからな」
「あー。ご飯中だったら、出直した方がいい?」
「それには及ばん。すぐに済む」
不機嫌そうな顔ながらも、バルバトスは
「ネフィリーちゃん、だよね? こんにちは」
「こんにちは」
ネフィリーは、挨拶の返事と共にぺこりと頭を下げた。
そのまま隣の椅子に座ると、ネフィリーは少しはにかんだ様子で
色素が薄く
「バルバトス、ご飯作ってくれるんだね」
「うん」
ネフィリーはこくりと
「良かったね。ご飯何かな、楽しみだね」
「んー……」
ネフィリーは、今度はへにょりと首を
「楽しみじゃないの?」
微妙な反応に疑問を持った
「さあ、できたぞネフィリー」
皿の中央には紫色のカプセルのような物体が一つだけ載っている。
「何これ……?」
「いや……何、これ?」
「ミストミールだ。様々な食材から栄養だけを取り出し、魔法で霧状に加工している。吸うだけで一瞬で食事が完了する優れものだ」
「ネフィリーちゃん、それ、おいしい? 正直に言ってみて」
「おいしくはない」
ふるふると首を横に振るネフィリーにバルバトスが苦笑する。
「
そう言うと、バルバトスも食卓につき、カプセルを開いて煙を吸い込んだ。
「便利だし、需要ありそうだけど。そういう効率だけ重視した食事ってどうかと思うなあ」
容器の蓋を開けると、
「おい。何だ、それは」
「バクラヴァ。おばあちゃんが手土産に持って行けって。よかったらどうぞ」
バルバトスは眉根を寄せ、不審そうな目つきでそのバクラヴァを眺めた。
バクラヴァは、地中海の国々や中東地域で食べられる甘いお菓子。
ピスタチオやクルミを挟んで幾重にも重ねた薄い生地を焼き上げ、シロップを
無論、ロッケンヘイムには存在しない。
「余は魔王だぞ。庶民からの施しなど受けぬ。ましてや、人類の食事だと? こんな不気味な物体を口にする気はっネフィリィイイー!?」
バルバトスが慌てて文句を中断したのは、ネフィリーが既にバクラヴァを一つ手に取り、
「こら! そんなもの食べてはならん! ネフィリー! ペッしなさい!」
椅子から立ち上がったバルバトスは目を白黒させて慌てふためいているが、当のネフィリーは目を輝かせてもぐもぐと
「おいしい?」
「おいしい。あまい」
「よかった。あとね、食べる前にはいただきますって言うんだよ」
「わかった。いただきますっていう」
「ぬぐぐ……」
口元に生地の
むすっとした顔で腰を下ろし、目の前にあるバクラヴァを
「食べないの?」
「こんな得体の知れん食物を……いや、しかしネフィリーだけに食わせて
「別に誰もそんなこと思わないけど」
「
「いただきますは?」
「誰が言うか!」
勝手に
「何か感想は無いの」
「まあ……人類の産物にしては、想像したよりは悪くはない……という気持ちが、かすかにも沸き上がらないかというと……そうでもない」
「はっきり言いなさいよ!」
「余の食べっぷりを見て察することも出来ぬのか! これだから人類は!」
「なんで私が人類ごと怒られるの……? 少しは感謝の言葉があってもいいと思うんだけど」
「ええい、そもそも何しに来たのだ
がっつきながら怒るバルバトスに
「このお城をマンションにするって話にはなったけど、まだ決めてない事が山ほどあるでしょ。それを決めに来たの」
「決め事があるのならば、
「おばあちゃんは色々忙しいから。……それに、連れて来ると誰かさんに言いくるめられちゃう可能性が高いからね。まず私が話を聞いて、おばあちゃんには私から話します」



