魔王城、空き部屋あります!
第一話 誕生、ロイヤルハイツ魔王城 ⑤
シグナが契約書を置いてすごすごと引き下がると、
「ちょっと待って、おばあちゃん!」
心配そうな顔で見守る孫娘に対し、
「大丈夫でしょう。私は契約とか書類は苦手だけれど、人を見る目は確かなつもりだからね」
「それ、まったく同じこと言ってこの前詐欺に引っ掛かりかけたよね!?」
「この前は、この前。今回は今回ですよ」
言うが早いか、
「はい、よろしくお願いしますね」
「うむ。契約成立だな」
「ちょっと待った!」
満足げに契約書を持ち上げて眺めるバルバトスに、激しい声がかかる。
「くどいぞ。まだ何か文句があるのか、シグナ」
額に汗を浮かべたシグナがバルバトスに人差し指を突きつける。
「その契約は確かなものかもしれない。しかし、僕はお前を信用していないぞ。何か裏があるはずだ!」
「そうかそうか。構わんぞ、部外者は勝手に疑っておれ」
余裕たっぷりのバルバトスの右の
「部外者になってたまるものか。どうしても、お前がこの城をマンションにすると言うなら」
シグナは一度言葉を切り、
「僕も、住む!」
「何?」
今度はバルバトスの顔が引きつった。
「僕がこの魔王城に住み、お前を監視すると言っているんだ。勇者であるこの僕が見張っている限り、お前が何を
「馬鹿めが。そんなことを余が許可するとでも思っているのか」
シグナはバルバトスを無視し、
「いいですよね?」
「はい、いいですよ」
「ぬおっ!?」
「おのれ……
苦虫を
「そうするさ。ついでに、城に仕掛けられたトラップの数々も処分させてもらうぞ」
「トラップ……?」
聞き捨てならない不穏な単語に、
「ちょっと待って、この城、そんなもの仕掛けてあるの?」
「いや、それは……防犯上必要ではないか。侵入者を
慌てるバルバトスに顔を近づけ、シグナは爽やかに
「不要なものだよ。上質で豊かな暮らしのためには」
「ぬうう……!」
何も言えずシグナの後ろ姿を見送った拍子に、バルバトスは窓から差し込む日が弱まっていることに気が付いた。
西の空が、オレンジから紫へのグラデーションを描き始めている。
マンションの経営に関する具体的な話はまだ何もできていないが、時刻は午後六時を回っていた。
「うわ。いつの間にか、もうこんな時間になってたんだ」
「なんなら、試しに一泊していってもらっても構わぬが?」
バルバトスが皮肉っぽい笑みを浮かべて提案すると、
「それも面白そうねえ。どうしようか、
「いや、帰るでしょおばあちゃん。話はまた明日だよ」
少し名残惜しそうな
「言っておくけど私、まだあなたのこと信用したわけじゃないからね」
「結構だ。元より信用とは時間をかけて育まれるもの、一朝一夕に築けるとは思っていない」
まるで予想していたかのようにすらすらと返答するバルバトスをいっそう
「……そうだ。信用を得なければ。今のところは、な」
バルバトスが一人
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
聖剣の
「……僕は
魔王城に無数に仕掛けられたトラップを、勇者が一つ一つ無力化していく。
「人を守る。勇者として、
横から高速で迫ってきたギロチンの刃を見もせずに切り払ったシグナの表情は、生き生きと輝いていた。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
陽が落ち、入れ替わりに月が上る。
月明かりに照らされる魔王城は昼よりも一層おどろおどろしく、背筋を凍り付かせるような不穏な気配に満ちている。
「……くくくくく」
今、その不穏な気配に
「くっははははははははは! この魔王バルバトスが、人間と契約を交わして大人しく共存するとでも思っているのか?
バルバトスは豪勢な玉座に腰を下ろし、眉を寄せて眉間に指を当てた。
「魔力に乏しいこの地で、
バルバトスは目を閉じ、再度の試算を始める。
城内の居住可能な部屋が90戸。その全てに人間が住まうならば最低でも90名、家族連れを含めればそれを超える人間が集まるだろう。
そうして集めた人間を
「うむ、行ける。計算上、余とシグナが再び全力を振るうための魔力に届き得るぞ」
シグナに明かせば反対されるだろうが、むろん馬鹿正直に伝えるつもりは無い。
『魔王城に住まう者たちに一生上質で豊かな暮らしを約束する』と、バルバトスは契約の書面に書き記した。
しかし一生とは、命ある限りという意味。その命をバルバトスが奪わないなどという約束はしていない。
「その時まではせいぜい、余がこのロイヤルハイツ魔王城を統治するとしよう。良き管理人として……な。くははははは」
魔王は笑う。
己の計画の成功を確信し、何も知らない敵の愚かさを
夜の闇の中で、その笑い声はどこまでも響いていくようであった。
こうして、異世界から漂着した城の仮の役割として。
また、魔王の秘密の
マンション、ロイヤルハイツ魔王城は誕生したのであった。



