魔王城、空き部屋あります!

第一話 誕生、ロイヤルハイツ魔王城 ④

(ならば、このきようさんに不利益が無い形で交渉を進めれば丸め込めるかもしれんな……)


 バルバトスの目が怪しく細まった。


「一つ尋ねるぞ。そのマンションとやらは、どういう施設なのだ?」

「どうって……たくさんの人が住む場所、って言えばいいのかな」

「共同の居住施設か。ならば、問題はないな」


 とつひらめいた妙案に、バルバトスは不敵にほほんだ。


「こうしよう。余の城を、マンションとして提供する」

「は……?」

「へ?」

「あらあら」


 とシグナが、ぽかんとして口を開けた。きようは事の重大さを理解しているのかいないのか、小首をかしげている。


「聞こえなかったのか? 余の城を、マンションとして使えばよいのだ。それならば建築費用もかからず、立ち退きも不要であろう。名称は『ロイヤルハイツおうちよう』ではなく、さしずめ『ロイヤルハイツ魔王城』といったところだな」

「何を馬鹿な事を言っているんだ、お前は……そんな事が許されるはずないだろう」


 シグナがあきがおでため息をつき、首を横に振る。


「許す、許さないは貴様が決める事ではないぞシグナ。きようさん、どうだ?」

「そうねえ……持っている土地に、マンションじゃなくてお城が建っているっていうのもなかなか素敵かもねえ」

「おばあちゃん!?」


 うっとりとした目つきで夢想を始めるきように、が慌てた。


「駄目だよ、だまされないで! 絶対何か裏があるでしょ!」

「そ、そうだ! 魔族にだまされてはいけない! 勇者としてもお勧めしません!」


 とつにシグナも加勢するが、バルバトスは形勢逆転と見て完全に余裕を取り戻している。


「何か裏、とは何だろうか……だますとは、具体的に何をどうする事なのだ? 根拠も無く憶測で物をいうのはやめていただこう」


 肩をすくめ、魔王が魔王然とした邪悪な笑みを浮かべる。


「余としても、これは互いの問題を解決するための苦肉の策。多少の損は甘んじて受け入れようというのだ。信じてもらえぬかなぁ、くはははは」

「限りなくさんくさいんだよ、お前の笑い方は!」

「私も信用できない!」

「そうは言ってもねえ、シグナさん。ちゃん」


 激しい剣幕でバルバトスに食ってかかるシグナとに対し、きようは人の良さそうなほほみを絶やすことなく、おっとりと語る。


「このお城もバルバトスさんにとっては大事なものなわけでしょう。簡単に壊して退かしてしまうより、有効に使う事を考えた方がいいんじゃないかねえ」

「それは……まあ、そうかもしれないけど……」


 祖母の説得に心揺れ始めたを目にし、シグナが慌てふためいた。


「まっ、待て待て! 冷静に考えてください! 魔王の誘いに耳を傾けるなど、あってはならないことだ。必ず破滅を招きますよ!」

「黙れ、シグナよ。先ほどから聞いていれば、貴様は対案も出さずにあれも駄目、これも駄目と文句を言っているばかりではないか。建設的な態度とは言えんな」

「う、うるさい! よく分からないが駄目なものは駄目だ!」


 半泣きになって拒絶するシグナにはもはや目もくれず、バルバトスはきようのみにターゲットを絞って畳み掛ける。


「無論、建物や住人の管理は余が責任を持って行う。土地を利用する許可のみをもらえれば良いのだ。損はなかろう?」

「そうねえ……」


 もはや八割がた心は決まったように見えるきように、勝利を確信したバルバトスがひそかにニヤついたその時だった。


「待った!」

「……何だろうか?」


 会話に割り込んだに対しても、バルバトスは努めて紳士的に振舞う。


「やるとしても、何か目標を設定する必要があると思う。マンションやってみたけど結局できませんでした、あとは知りません、じゃ困るもの」

「まあ、それは確かにそうであろうな」


 真っ当な指摘だった。

 取引を成立させるためには、ここで最後の一押しが必要となる。バルバトスは眉間を指でみ、考えを巡らせながらしゃべり始めた。


「……この魔王城は元々我が軍の兵舎を兼ねている。居住用の部屋ならば、この部屋と同じ広さでざっと90戸は用意できよう」

「そんなにあるんだ」


 90戸もあれば、マンションとして十分に成立する。


「この部屋と同じなら80平米くらい……? 元々のマンションの計画とあんまり変わらない……っていうか、もしかしてこっちの方が割がいいかも?」


 が早速、スマホの画面をタップしてぶつぶつつぶやきながらざっくりとした試算を始めているのを横目に見ながら、バルバトスは人差し指を立てて提案する。


「そこで条件だが。余が一ヶ月以内に、その90戸の部屋全てに契約した住民を住まわせる。というのはどうだろうか?」

「一ヶ月で!?」


 驚いて目を丸くするに、バルバトスは満足げな顔を作った。

 先のやり取りでは剣幕に押されっぱなしだったが、今は完全にペースを握っている。これならば、魔王の面目も保たれるというものだ。


「……できなかったらどうするの?」

「できなければ、その時は仕方があるまい。最悪この城を取り壊して大人しく撤去してやるわ」


 なんとか話の粗を見つけようとするシグナが、肩を怒らせて即座に食いついた。


「分かった。さてはお前、嫌がる人々を無理やりこの城に閉じ込めるつもりだな! それで条件を満たしたとうそぶく……魔族のやりそうな事だ!」

「馬鹿め。そんな事をするわけがあるまい」

「口だけなら何とでも言えるぞバルバトス!」

「口だけで済ますつもりなどない。魔王バルバトスの名にかけて、この魔王城に住まう者たちには一生上質で豊かな暮らしを約束してやろう。これは正式な契約だ」


 バルバトスは卓上の羊皮紙を一枚手に取り、指をんで血を垂らした。


「照覧は無限のまなこ。記述せよ、三十六の翼の下に。『誓約書記、ミトラスの筆』」


 詠唱と共にしたたちた一滴の血が生き物のようにい、そのい痕に文字を残し、文をつづっていく。

 既にバルバトスの魔法によって未知の言語でも意味を理解できるようになっているきようにも、その文章がバルバトスの発言と同じであることが読み取れた。

 つまり『魔王バルバトスは、魔王城に住まう者たちに一生上質で豊かな暮らしを約束する』という契約文書だ。

 不気味な筆記が終わると、バルバトスは書面下部の空いたスペースを指し示し、卓上の羽根ペンとインクつぼを引き寄せて置いた。


きようさんよ、ここに署名するがいい。それで契約は完成し、余はその記述を守らねばならないのだ」

「ちょっと待った! よく見せてくれ。僕にはにせの契約を見破る方法がある!」


 シグナが椅子から立ち上がり、きようの前に置かれた契約書を手に取った。


「神権拝領。我が信に応え、奇跡をここに示したまえ……『神眼アルタイル』!」


 まぶしい光のがシグナの頭上に生じ、集束して、メタルフレームの眼鏡のような形になって装着された。

 神眼アルタイルはあらゆるうそを看破し、契約の真偽や美術品のしんがん判定、幻覚の無効化までもが可能な奇跡の神具である。

 シグナは意気揚々と文書を隅々まで眺め、しかし、すぐに落胆する羽目になった。


「た、確かにこの契約は有効のようだ……」


 そこになんの不正も読み取れなかったらしい。