魔王城、空き部屋あります!

第一話 誕生、ロイヤルハイツ魔王城 ③

「気を付けてください。こいつは本気です!」

「あら、大変だこと」

「何、それ……」


 どこまでものんびりしたきようのリアクションとは対照的に、はこぶしを握り締めて反感をあらわにした。

 先ほどまでのおびえは消え、挑みかかるような顔つきになっている。その目はぐにバルバトスを見据えていた。


「理屈で勝てないからって、暴力に訴えるの?」

「訴えるとも! この世界の人類は貴様らの態度が原因で滅びるのだぞ、罪の重さに震えるがいい!」

「まるでかんしやくを起こした子供だな」


 シグナがぼそりとつぶやいた言葉が、バルバトスの怒りの火に油を注いだ。


「貴様にだけは絶対言われたくないわシグナ! がたい人類の代表として、まず貴様から滅ぼす!」


 その言葉にシグナは口角を上げ、再び剣を構えてバルバトスとたいした。


「そうか。ならば僕は、勇者としての使命を果たすまでだ」


 人類の命運を賭けた戦いが、異世界ロッケンヘイムより日本の東京都に舞台を変えて再開されそうになった、その時であった。


「まおー……」


 場違いな、甘ったるい声が響いた。

 一同が思わずそちらに視線を向けると、開けっ放しになっていた城門から、ふわふわした髪の小さな少女が目を擦りながら顔をのぞかせている。

 少女はパジャマの上にオーバーサイズのがいとうを引っかけた格好で、ふらふらと頼りない足取りでこちらへ歩いてくる。

 その姿を確認したバルバトスがきようがくに目を見開き、叫びを上げた。


「ネフィリーーーーッ!」


 魔剣をその場に放り捨てて全速力で駆けたバルバトスは、少女の前に両膝で滑り込んで停止する。


「何という事だネフィリー、お前も共にこの世界に来てしまったというのか! 余の命令を受けて城から避難しなかったのだ!?」

「ネフィリー、寝てた……」


 ほわほわ、と口元に手をあててあくびをするネフィリーを前に、バルバトスは自分の額をたたいて天を仰ぐ。


「……かつ! そうか、ネフィリーはちょうどお昼寝の時間であったか! そのような時間にシグナを城へ招き入れてしまった余の責任だ!」

「まおー、ケンカしてたの?」

「まさか! 誰もケンカなどしていないぞ、平穏そのものだ。ちょっとうるさくしてすまなかったな」

「ん……ネフィリー、まだねむい」


 言いながら、ゆっくりまばたきを繰り返すネフィリーの体は徐々に斜めに傾いている。


「構わぬ、構わぬぞ。余がベッドまで運んでやろう」


 バルバトスがネフィリーを抱き上げて振り返ると、あつにとられたシグナ、そしてと目が合った。


「何だ。何か文句があるのか」

「いや……」

「別に……」


 ネフィリーをしっかりと胸に抱いたバルバトスの表情は、つい先ほどまで人類を滅ぼすと息巻いていたのと同一人物とは思えないほど穏やかになっている。


「少し、驚いただけだ。まさか、城の中にそんな小さな子供が居るとは」


 シグナもさすがに子供を抱えた相手に剣で切りかかるわけにはいかず戸惑っていると、バルバトスは微睡まどろんでいるネフィリーの頭をでながら背を向けた。


「おい、どこへ行くバルバトス!」

「大声を出すな、馬鹿め」


 バルバトスが口の前で人差し指を立て、ささやごえで注意する。


「ネフィリーがおねむなのだ、寝かしつけねばならん。貴様らも一旦中へ入れ。話す事がある」


 言うだけ言ってさっさと城の中へ引き上げていく魔王の背を見送り、は困惑の表情を浮かべている。


「え……? え、何? 人類滅ぼすとか言ってたのは、もういいの?」

「とりあえず、お招きに預かりましょうかね」


 きようはあくまでマイペースで、にこにこしながら石段を上がって城の中へと入っていく。


「ちょっと待っておばあちゃん! 危ないから!」

「二人とも待って! 僕の、僕の後ろに付いてください! ここは勇者である僕に任せて!」


 慌てて後を追う二人が城の中へ入ると、城門はごうおんを立ててひとりでに閉まった。


◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 天蓋付きのふかふかしたベッドにネフィリーを寝かせると、バルバトスは城内の一室にたちを案内した。


「バルバトス。さっきの子は、お前の子供なのか?」

「違うわ、たわけ。ネフィリーは故あって余が面倒を見ているだけだ」

「それは良かったよ。魔王のお前に跡継ぎが居たとあっては一大事だからな」


 バルバトスはそこでひとしきりシグナとにらみ合ったが、やがて部屋の中央にある長机の前の椅子に腰かけ、対面の椅子をぞんざいに指で示した。


「掛けよ」


 命令口調にいらちながら、シグナはしぶしぶ言われた通りに椅子へ着く。きようも、なんとなくバルバトスの側に付くのを避けてシグナの隣に着席した。


「さて。この世界がどれほどの広さがあるのか、どれほど人間が住んでいるのか、余は知らぬが。何日かかろうと人類など根絶するつもりであった」

「そうはさせるか!」

「いいから最後まで聞け。……ネフィリーがこちらへ来ているならば、話は別だ」


 かみしろかみしろきよう、そしてシグナの三名を前にして、先ほどまでとは打って変わり、バルバトスはまるで商談に臨むビジネスマンのような態度で話し始めた。


「ネフィリーの面倒を見なければならぬ以上、何日も城を留守にはできん。よって、人類のせんめつは保留。この土地に余の城を置く許可をもらいたい」


 急激に態度の変わったバルバトスに面食らいながらも、はおずおずと話し始める。


「そんな事言われても、本当に、ここにお城を建てられるのは困るの。おばあちゃんはここにマンションを建てる予定で、もう業者さん選びもしてて……今日だって、私はその説明の付き添いで来たんだから」


 が先ほど手にしていた「ロイヤルハイツおうちよう 建設計画」の資料を再び机の上に出す。


とやら。貴様はただの付き添いなのだな」

「まあ、そうだけど……」


 がムッとした表情を作ったが、バルバトスは意にも介さずしやべり続ける。


「ここがきようさんの所有する土地なのであれば、用途を決定するのもきようさんではないか。分をわきまえよ」


 それなりに筋の通った意見だが、これには当のきようから反論が出た。


「いえいえ、お恥ずかしい話だけれど、私はどうも契約とか手続きとか、そういうのが苦手でねえ。ちゃんが居ないと話を進めるのが難しいのよ」

「むう……そうなのか?」

「そう。おばあちゃん、前にも一度変な業者にだまされかけたことがあるんだから」

「本当に契約っていうものが苦手でねえ、出来ればこの世から契約というものを全て滅ぼしてしまいたいとさえ思っているのよ」

「おい、大丈夫なのかこいつは」

「思想が危険すぎる……!」


 急に過激な事を言い始めるきように、魔王と勇者でさえ若干たじろいでいる。


「ま、まあ、おばあちゃんにはこういう多少極端なところもあるし……私がついている必要があるの!」


 その弁解を聞いて、バルバトスは一つに落ちた。

 のやたらと挑みかかってくるような態度は、元々の気質もあるのだろうが、祖母がだまされて不当な契約を結ばされそうになったという経験が過剰な警戒につながっているのだろう。