魔王城、空き部屋あります!

第一話 誕生、ロイヤルハイツ魔王城 ②

 シグナを罵倒するために脳をフル回転させていたバルバトスは、そこでようやく近づいてきた少女に目を向けた。

 人目を引く容姿の少女だった。

 艶のあるミディアムロングの髪に、すっきりと鼻筋の通った顔立ち。

 背はさほど高くなく、体つきもややほっそりしているものの、ぴんと背筋の伸びた立ち姿は美しく、か弱そうには見えない。

 それどころか、澄んだ声と力強い目つきが相まって、まるで冬の寒さの中でぱっと咲いた花のような華やかな印象を与える。

 一方、隣に立つ老婆はにこにこと柔和な笑みを浮かべていた。

 髪は白髪で、身長は少女よりもさらに低いが、顔つきから人の良さがにじみ出るような、温かみを感じさせる人物だ。


「おい、バルバトス。この子に何か問いかけられているようだが、何を言っているか分かるか?」


 シグナにこそこそと耳打ちされたバルバトスはわずかな時間黙考し、やがてごく短い詠唱と共にぱちんと指を鳴らした。


「灰の目の乙女がつむぐ言の葉を、白き腕にてく抱き寄せよ……『こうかんけつさく』」


 バルバトスが唱えたのは、言葉に込められた意思を読み取るための魔法。誰でも言語の壁を超えて会話が可能になる。


「このお城の、責任者は、誰?」


 少女はそう繰り返し、バルバトスとシグナを交互ににらみつける。バルバトスは少女の方に向き直り、ゆっくりと威厳を持って告げた。


「責任者……ということになれば余であろうな。こちらの人間は、記憶する必要もない羽虫のごとき存在。余こそがこの城の主、魔王バルバトスだ」

「雑な紹介をするな! 僕はシグナ。人は僕を、勇者シグナと呼びます。人類の自由と平和を守護するために戦っています!」


 少女は二人の返答にげんそうな顔をしたものの、それは今問題ではない、というように首を横に振り、言葉を続けた。


「じゃあ、バルバトスさん。どうやったのか知らないけど、この城をこの場所から退けてください。勝手にこんなもの建てられたら困るんです」

「まあ待て、小娘よ」

「待てません」


 少女の返答にバルバトスは一瞬ぴくりと眉をらせたが、あくまで冷静を保ち、余裕を見せつけるようにくっくっと低く笑う。


「そう怒る事もあるまい。異界の者に理解できんのも無理はないが、魔族の王たる余の城がこの地へと降り立ったのだ。これは非常に名誉のあることなのだぞ」

「そんな名誉、要りません。今すぐお引き取りください」

「ぬうっ!?」


 ぴしゃりと言い切られ、バルバトスは口籠った。

 少女の剣幕には謎の迫力がある。


ちゃん、そんなに怒らなくてもいいじゃないの」


 老婆が止めに入っても、と呼ばれた少女の勢いは収まらない。


「この土地には、おばあちゃんがマンションを建てる計画があるんです。勝手にお城なんか建てられたら迷惑なんです」


 がバルバトスの眼前に突きつけたファイルの表紙には「ロイヤルハイツおうちよう 建設計画」という文字が記載されている。


「し……しかしだな、余とて、望んで城をこの地に移したわけではない。それを考慮してもらわねば困る」

「あなた魔王とか言ってるけど、自分の国に勝手に誰かがお城を建てても、わざとじゃないから仕方がないといって済ませるの?」

「それは許せん。八つ裂きにしても足りぬ無礼だ」

「じゃああなただって許されないでしょ」

「ぐ……む……!」


 バルバトスの背にじわりと汗がにじむ。

 驚くべきことにバルバトスは、目の前の少女から、勇者シグナを相手にした時ですら感じなかった巨大なプレッシャーを感じ取っていた。


「はっはっは! 君、さんといったかな? 素晴らしい。何物をも恐れず勇敢に立ち向かう、人間の強さを体現するような存在だ! 勇者である僕のように!」


 シグナが高笑いをしながら会話に割り込むと、はそちらにも険しい目を向けた。


「すみません、今取り込み中なのでちょっと黙っていてもらえますか」

「あ、はい、すいません」


 何物をも恐れない勇者は、一喝されてすごすごと引っ込んだ。

 入れ替わるように、バルバトスが前に進み出てせきばらいをする。


「ん、んん。とやら。先ほども述べたが、余とてこの地に城を構えたのは本意ではないのだ。手段さえ確保できれば、急ぎ元の地へ戻るつもりだと言っておこう」

「それはいつになるの?」


 が一歩バルバトスに詰め寄り、バルバトスは思わず視線を明後日あさつての方向へらす。


「まあ……あれだな。可及的速やかに……人事を尽くし、善処する方向でだな」


 まるで不正を告発された政治家のような、煮え切らない回答。当然、そんな態度で追及の手が緩むことはない。


「具体的に、何日後?」

ちゃん、そんなに勢いよく詰めるものじゃありませんよ。バルバトス……さんという方も、困ってらっしゃるようだし」


 なだめに入る老婆を救いの糸と見て、バルバトスは思わずすがりついた。


「おお、少しは話の分かる人間も居るではないか! 貴様の名は?」

「あら、これは失礼。私、かみしろきようと申します」


 名乗った後、きようは深々とお辞儀をする。


「ほら、聞け。きようもこう言っているではないか!」

「おばあちゃんを呼び捨てにしないで」

「きょ、きようさんも、おつしやっているではない……か……」


 引きつった笑顔で穏当な会話を続けていたバルバトスだが、その様子をたりにしたシグナが思わず笑い声を漏らした。


「ふふっ」

「何がおかしい貴様ァアアアア!」


 瞬間、バルバトスは絶叫し、その両目から魔力の発光が漏れ出した。

 周囲に無数の火花が散り、地面に亀裂が走る。いずれも、噴出したバルバトスの怒りが招いた異変だ。


「な、何?」

「あらまあ。バルバトスさん、目が光ってるねえ」

「し、しまった……お二人とも、下がってください!」


 きようが後ずさり、シグナがそれをかばうように前に立つ。

 遠巻きに眺めていた群衆からも悲鳴が上がり、警官の一人が大声で呼びかけた。


「やめなさい! おい、何をしているんだ!? やめなさい!」

「やかましい! れんごくの罪を洗うは忘れじを流す彼岸のみどりなり! 『レテの氾濫』!」


 怒号のような詠唱と共にバルバトスが指を向けると、急に無表情になった警官は無線で連絡を始めた。


「こちら、異常ありませんでした。はい。勘違いです。応援は必要ありません」


 バルバトスが唱えたのは、「自分への興味・関心を失わせる」という精神操作魔法の一種だ。一度でも会話をして面識が出来てしまった相手には効かないが、この状況においては劇的に効果があった。

 警官たちも、群れ集まっていた観衆も、皆突然興味をくしたように散り散りになっていく。


「なんかあせって見に来たけど、何もなかったな」

「喫茶店でも行くかあ……」

「ねえ、私買い物の途中だったよね? なんでこんなとこ歩いてたんだろ」


 あっという間に、城の前には四名だけが取り残される形となった。


「まさか……この人、本当に人間じゃないの……?」


 ようやくバルバトスを魔王として認識したが、少し青ざめた顔でつぶやく。異世界から来たなどという荒唐無稽な話も、こうして目の前に異様な力を示されれば信じざるを得ない。


「勝手の分からぬ異世界で大人しくしていれば、人類ごときが調子に乗りおって。今すぐ絶滅させてやろう!」


 怒り心頭のバルバトスがえると、シグナの額に汗が浮かぶ。