魔王城、空き部屋あります!

第一話 誕生、ロイヤルハイツ魔王城 ①

 魔王と勇者を失った世界・ロッケンヘイムは混乱の極みに達していた。

 ではその頃、当の本人たちはどうしていたかというと。


「ぬううううううう!」

「うおおおおおおお!」


 明らかに何か異常な事態が発生したことを知覚しながらも、バルバトスとシグナの二人はいまだ魔王城の広間にて刃を交差し、つばいを継続していた。


 更なる異変に気が付いたのは、二人同時だった。


「ぬうう……う?」

「うおお……お?」


 部屋の揺れが治まると共に、二人が手にした魔剣と聖剣の輝きがみるみるうちにせ、出力が落ちていく。

 バルバトスは思わず顔をしかめた。


「なんだ、これは。周辺の魔力量が減少しているというのか?」


 バルバトスの魔剣は、大気、地表、さらには地下から供給される魔力を大量に消費して力を発揮する。シグナの聖剣もまた同様。

 よって、ぶつかり合った結果、周辺の魔力を使い果たしたとしても不思議はない。

 しかしそれは戦いが長期戦になった場合の話で、これほど短時間で魔力が枯れてしまうはずはないのだ。


「シグナ! 城の外で何かが起きている。確認し、余へ報告するがいい」

「ふざけるなバルバトス。僕はお前の部下じゃない、そんな義務があるか!」

「ならば余自身の目で確かめる。そこを退け」

「いや、だったら僕が確かめる。お前こそ退け」

「貴様が退け!」

「お前が退け!」


 一歩も譲らない二人は、互いに剣を押し合ったまま真横に歩きだした。

 後ろに下がれば負けを認めた気分になるが、横移動ならばこうちやく状態を継続できる。常識を超えた負けず嫌いのぶつかり合いが生み出した妥協案であった。

 二人はかにのように真横に歩きながら広間を出て、長い回廊を渡り、足早に階段を降りて城門へとたどり着く。

 剣で手がふさがっているので、バルバトスはやむを得ず門の開閉レバーを蹴り飛ばして起動させた。


「行儀が悪いぞバルバトス!」

「余が自分の城をどう扱おうと、余の自由だ。黙って見ていろ!」


 ぎぎぎぎぎ、と音をたててゆっくりと城門が左右に開いていく。

 決して互いの挙動からは気をらさずに、バルバトスとシグナはちらりと外の様子に目を向けた。


 そこには、二人が見たことも無い光景が広がっていた。

 地面はまっ平らな灰色の大地で、道脇には整然と等間隔に樹木が並んでいる。要するに何の変哲もないアスファルトと街路樹だが、二人にとっては奇妙なものに見えた。

 悠然と流れる川には鉄製の橋が架かり、その向こうには、背の高い色とりどりの建物がぽつぽつと見える。

 城の周囲にはスマホのカメラを向ける野次馬が集まり、制服姿の警官が数名、その群衆が勝手に城に近づかないよう必死に押しとどめていた。


「……何だ、この場所は」

「僕が知りたい。世界中を旅して回ったが、こんな町を見るのは初めてだ」

「どうやら見知らぬ国という次元の話ではないな。これは」


 バルバトスとシグナはどちらからともなく剣を下ろし、目に映る景色をつぶさに観察した。


「ふむ。ここから見える範囲でも、技術の発達方向が全く異なっているな。加えて、この魔力の薄さ……どう考えても、ここは余が生まれ育ったロッケンヘイムではない」

「どういう事だ?」


 バルバトスは眉根を寄せ、眉間に指を当てた。考え事をする時の癖である。


「おそらく、次元転移か。理論上可能とされているが、未実現だった魔法技術の一つだな。余の魔剣一つでも空間をわいきよくするほどの威力はある。そこに貴様の余計な介入で別軸のじれが生じ、偶然にも実現したのであろう」

「……バルバトス」


 シグナが微笑し、前髪をかき上げる。


「あまり難しい言葉を使うなよ。僕の脳が理解を拒む」

「自分の馬鹿さを決め台詞ぜりふのように言うな」


 バルバトスは、膨大な力の激突の結果として魔王城が異なる世界へ転移したこと、そしてこの世界に魔力が乏しいために魔力の減少が起こったということを、たとえ話などを交えて分かりやすくシグナへ説明した。


「貴様の責任だぞ、シグナ」


 まばたきを繰り返し、口をぽかんと開けて話を聞いていたシグナは、バルバトスの絞り出すようなえんの声にぎょっとした。


「なぜ僕の!?」

「余は警告したであろう。このまま力をぶつけ続ければ、恐るべき事態を招くと!」

「そ、それは言ったかもしれないが! 結局める努力はしなかったじゃないか!」

「なんというほう! この期に及んで余に責任をてんしようというのか? 貴様はこの愚行の責任を取って直ちに自害せよ」

「この場合の責任はせめて折半だろう! 一人で逃げるなよ!」

「ええい、もういい。言い争っていてもらちが明かん。次元転移した状況を再現し、ロッケンヘイムへ戻らねば……構えろ、シグナ」


 言うが早いか、バルバトスは魔剣を握り直し、おうの構えを取る。


「お、おお……望むところだ!」


 シグナもまた、言われるがままに聖剣を構え直す。


「ぬうああああああ!」

「うおぉおおおおお!」


 天地を揺るがす必殺の一撃同士が再び激突した。

 が、しかし。


「ぬ……?」

「ん……?」


 二人は違和感に顔をしかめ、一度間合いを離した。

 剣の交差は周囲に衝撃波を生んだものの、その規模は小さく、魔王と勇者の全力の激突にしてはあまりにつつましいものだったのだ。


「シグナ、何をしている貴様! 露骨に手を抜くな、それでも勇者か! 背筋を伸ばして大きく息を吸え!」

「う、うるさいバルバトス。お前こそ何だ、そのしぼんだ風船みたいな攻撃は! 魔王らしくないぞ!?」


 罵り合いながらも二人は二度、三度、と激突を繰り返す。

 しかし、何度ぶつかっても変化はない。むしろ、繰り返すたびにどんどん技の威力が落ち、勢いが無くなっていく。

 疲弊したバルバトスは、肩で息をしながら現状を分析した。


「い、いかん……この世界は魔力が薄すぎる!」

「と、いうことは?」

「どうあがいても先の攻撃と同等の威力が出んのだ! これでは、どうやって元の世界に戻ればよいというのだ!?」


 原理不明のまま転移してしまった以上、元の世界に戻るためには状況を同じくして再試行するしかない。

 しかし、この世界では同じ状況を作り出すことが不可能なのだ。


「そんなこと、この僕が知るか! 僕は難しい事は考えずに生きてきた! これからもそうやって生きていく!」

「思考放棄か! 理解に努めることすらできんとは、貴様の知能はもはや獣と変わらんな!」


 けんけんごうごうとした言い合いが始まった。


 未知の言語で言い争いを始めたシグナとバルバトスを前に、城の前に集った警官たちは顔を見合わせていた。

 空き地に突然城が出現したという奇怪な通報を受け、いたずらを疑いながらも現場に着いてみれば、そこには確かに城がきつりつしている。

 その時点で警官たちは混乱していたが、突然城の門が開いて刃物を持った二人組が言い争いながら登場した。しかも一人は頭に角を生やし、もう一人はかつちゆうを着込んでいるのだ。


「一体、何が起こっているんだ……」


 様々な事態を想定して訓練を重ねている警官たちにとっても、この状況はあまりにも想定外過ぎた。

 そのせいか警官たちは、群衆の中から抜け出し、ずかずかと歩いて通り過ぎるブレザー姿の少女と、それに付き添う老婆を見過ごしてしまった。


「そ、そこの二人! 待ちなさい! 危険だから下がりなさい!」


 慌てる警官の呼びかけを意にも介さず、少女は真っすぐにバルバトスとシグナへ歩み寄っていく。老婆はやや戸惑いながらもそれに付き従っていた。


「責任者は誰?」


 言い争う魔王と勇者に向かって、少女が怒りもあらわに問いただした。


「ぬ……?」