魔導人形に二度目の眠りを

第2章 宿主 ④

 目を細めて苦情を言うリーニアに構わず、エルガはロープを伝って井戸を下へ降りていく。


「わ。暗っ。ひんやりするわ」


 リーニアが頭上で独り言を言っても、エルガは約束通り見上げることもその声に応えることもしなかった。

 少女の腕力を考えると、ロープで降りるのはなかなか難しいのでは、とエルガは思っていたが、自分で言った通り、リーニアはそこらへんの少女と違い畑仕事で鍛えた腕力があるらしかった。文句も泣き言も言わず、エルガに続いて降りてくる。

 底は知れないが、思った通り横穴があった。エルガがロープをつかんだまま身軽に飛んで穴の中に入った。

 ロープをしっかり持っていると、するするとリーニアが降りてくる。エルガに体ごとぶつかるかたちになり、エルガがそれを受け止めるとお姫様抱っこのような状態になった。


「ご、ごめんなさい」


 じたばたして慌てて離れようとするリーニアの足をエルガはゆっくりと着地させた。


「ここがその抜け道のようです」


 穴の脇には、かぎ爪のついたなわばしが置いてある。ここから上へ行くためのものだろう。


「行きましょう」


 暗がりでも視界に苦労しないエルガは、平時のようにスタスタと先を行く。


「ちょっと、ま、待ちなさいよ」


 幸い足下は整備された石畳となっており非常に歩きやすい。小走りで追いついたリーニアが、エルガの袖をつかんだ。


「ここから貴族の人たちが逃げられるようにしているのね」

「人間のようなことをする宿主もいるものです」

「どういうこと? そもそも、エルガが言っていたそうってどういう虫なの?」

「知られている情報はあまり多くありませんが、前言ったように奪うという習性があること。寄生しなければ自身は非常に弱いということ。寄生すると、変異という能力が使えるということです。リーンの話では、貴族や上流階級に多いと」

「ええ。そういうものだと思っていたけれど、違うのね?」

「本来なら、町の人にもリーンにも寄生できますが、自身が生き永らえる方法として、貴族が一番危険がないと学習したのでしょう」

「それで、今度は兄の体を狙っている……」

「おそらく。危機管理を学んだせいか、逃げ道をわざわざ作らせている。危険が及べば肉体を放棄することもできるのに、人間みたいなことをするおかしな宿主です」


 道は一本道で、脇道も別れ道もない。ひたすら歩き続けると、ようやく階段が見えた。


「老職人の勘違いでなければ、地下室に続く階段でしょう」


 リーンがうなずく。固くなった表情から緊張感がありあるとうかがえた。


「まずは二人で兄上を探します。誰にも見つかってはいけません」

おりとらわれていたら」

「【万象の鍛工炉ブラツクスミス】でおりを変異させます。そこから脱出できるでしょう」

「なんでもできるのね。すごい力だわ」


 リーニアの賞賛の発言は、しかしエルガにはとげとなりチクりと刺さった。


『おまえは、なんでもできるな、エルガ』


 声が耳の中でよみがえった。


「……エルガ?」

「なんでもありません。兄上を発見し拘束状態を解いたあと、俺は単独で動きます。二人は身の安全を確保しつつ騒ぎを起こしてください」

「わかったわ。エルガは、やるのね、ブリッツ伯爵を」

「はい。俺たちは、そう撃滅のためだけに存在していますから」


 足音を忍ばせ、階段を上がった先には扉があった。押してみるとゆっくりと開いた。どうやら隠し扉らしい。

 警戒しながら外に出ると、そこは地下の一室で食料の備蓄が置いてある。どうしゆの詰まったたるや野菜が詰まった箱、長期保存の効く食品が他にあった。

 食糧庫の扉から通路をのぞくと、等間隔にかがりかれており、こうこうと通路を照らしている。真っ暗な抜け道から来たリーニアには、それだけでも十分にまぶしく感じたようで、目を細めていた。いつの間にか、手には食材をたたくための短いこんぼうが握られていた。


「リーン、あなたは戦士ではありません。それは置いていってください」


 苦言を呈すとリーニアは肩をすくめてこんぼうを足下に置いた。

 通路に出てみると、人けはまるでない。ちょうどいい、とエルガとリーニアはルカスの捜索をはじめた。


「こういうのって、見張りがいるものじゃないの?」

「誰も奪還しにくるなんて思ってないからかもしれません」

「どうして?」

「自分に逆らうはずがない、というおごりがあるからでは? 実際、解放軍は機能していないのでしょう?」

「あぁそういうことね」


 歩き回っていると、奥に人がいるのが見えた。簡素なヘルムと胸当てをしており、通路脇に座り込んでいる。おそらく見張りだろう。

 その見張りの向かいには、てつごうがあった。

 エルガとリーニアは目を合わせ、小さくうなずいた。

 足音を殺し、ひそかにてつごうへ近づいていく。見張りは座り込み腕組みをしたまま身動きひとつしない。どうやら寝ているらしく、近づくにつれていびきが聞こえてくる。

 リーニアが人差し指を立て、てつごう……ろうの中をのぞいていく。

 すると短く息をみ、てつごうつかむと名前を読んだ。


「ミカちゃん」


 ろうの中には、推定七歳ほどの女の子が人形か何かのようにぐったりと横たわっている。


「この前、連れていかれた子で……」


 リーニアが声を潜めながらエルガに教えるが、その声が震えていた。

 ミカと呼ばれた子は、腕が片方なかった。元々そうなのではなく、手当てをされた形跡がある。


ひどい……!」


 義憤にリーニアが奥歯をみしめる。他にいくつかあったろうには、ミカの他には一〇代の少年と少女や、ミカと同じ年頃の男の子がいた。全員どうにか生かされているような状況で、体の部位に欠損が見られた。


「人間で遊んでいる。しかもまだ幼い少年少女です」


 宿主からの人命保安を使命とするエルガだからこそ、この光景はこたえた。

 リーニアいわく、ハウルメルの町だけでなく他の町の子供もいるとのことだった。

 歩を進めるリーニアが足を止めた。


「兄さん」


 小声で中に話しかけると、その先には両手と両足を鎖でつながれた男がいた。あぐらをかいているが、立ち上がれば大柄な体格であることがわかる。声が聞こえたのか、緩慢な動作で顔を上げた。くぼんだ目元にろんな目つき。ひげで覆われているが、頰は瘦せこけているのがわかる。それでもこの地下ろうで一番マシな状態といえた。


「リーンの声がする……耳がいかれたか……」


 気遣わしげに一度見張りに目をやったリーニアが、再び声をかけた。


「私よ、兄さん。妹のリーニアよ」

「リーン……? リーン?」


 じいっとリーニアを凝視するルカスの焦点がどんどん合っていくと、表情が驚きのものへ変わっていた。


「どうしてここへ」

「しっ」


 見張りに気取られぬように、リーニアが人差し指を立てる。


「助けにきたわ。ここから出してあげる」

「そうは言うが、鍵はその見張りも持っていないぞ。俺のことはいいから、誰にも見つからないうちに家に帰るんだ、リーン」

「エルガ、お願い」


 一歩前に出たエルガは、てつごうを握り【万象の鍛工炉ブラツクスミス】を発動させる。ひとつは剣に、もう一本はやりのように長く伸びた。


「な……その力はなんだ?」

「あとで話すわ。この人は、兄さんを助けるために協力してくれているの」