魔導人形に二度目の眠りを

第2章 宿主 ③

 どうであれ、ついていく気のリーニアはもっともらしいことを言う。


「わかる必要はありません」

「どうして」

「わからなくとも、とらわれていそうな男性を全員解放すればいいのです」

「うぐ……そうだけれど」


 自分を連れていったほうがいい利点を考えるリーニアは、思いついたらしくパチンと手を打った。


「あ! 私、戦えるわよ。畑仕事はではないわ。こう見えて、結構力あるんだから」


 むん、と両拳を上から下に引くようにして力強さをアピールした。

 その手をつかんで、エルガは下ろさせた。


「な、何よ。役に立たないって言いたいの?」

「違います。あなたのその手は、戦うためのものではありません」


 王家の血をわずかでも継いでいるのであれば、それは見過ごせなかった。

 だけど、とリーニアは続けた。


「兄は、私が助けたいの」

「助かるのであれば、俺が助けてもいいのではないですか?」

「ううん。兄に、私は再三注意されていたの。解放軍に関わるなって。私は、手伝いをしたい一心で、集会所にしていた隠れ家に出入りをしていたの。けどそれがベリングたちにバレて、私はあとをつけられ、仲間たちが捕まったわ。兄も私を逃がそうとして……」


 感傷的にぽつりぽつりと語るリーニアだったが、それを聞いたエルガはきっぱりと言った。


「あなたが悪いです」

「……」


 ぴくっとリーニアの片眉が動くが、エルガは構わず続ける。


「兄上のおつしやる通りです」

「……」


 何か言い返そうとしたリーニアだったが、これもまた正論、と熱い反論を喉の奥に押し込んで、ぎゅっと拳を握る結果となった。


「注意されていたのに、挙句の果てには隠れ家がバレるきっかけを作ってしまうとは。中心人物だった兄上はさぞ無念だったでしょう。リーンは、地下組織である解放軍に関与するという意識がまるで低く、ベリングたちのような者の追跡にも気づかないとは──」


 言葉を重ねていくにつれて、リーニアの目がどんどんがっていく。目尻には涙を浮かべてわなわなと震える拳を振り上げた。


「もおおおおおおお無理! グーでぶん殴ってやる! 顔はいくせにどうしてこんなに無神経なのかしら! ぼっこぼこにしてデリカシーって言葉をその脳に刻んであげるわ!」

「殴られる理由はありません。すべて本当のことです」

「わかってるわよ! 本当のことだからこんなにムカつくんでしょうがっ! 私は反省しているのに! その傷をネチネチネチネチネチネチとつっついて!」

「……反省している人の態度には到底思えませんが」

「うるさいわよ!」


 我慢しきれなくなり、ついにリーニアが拳を振るう。

 だが、簡単に当たるような相手ではなく、木の枝を避けるかのように、エルガは容易たやすく首を傾けて回避した。


「あなたのその手は、人を攻撃するためにあるのではありません」

「畑仕事で汚れた手ですよどうせ!」


 ふしーふしーっと興奮するリーニアの指先をちら、と見たエルガは首肯する。


「それもありますが」

「あるんかい! 否定待ちだったのだけれど!?」

「……これ以上はやめておきましょう」


 まだ興奮するリーニアに言って半ば強引に話を終わらせた。

 リーニアは、エウデュリア王家のまつえい

 なんの因果か、現体制を批判し変えようとしている、貴い志と純粋な熱意を持っている。

 かつてこの地に存在した亡国の姫などと教えてしまうと、聞きつけた誰かに利用されるかもしれない。この平和で静かな田舎町で優しい町人たちと穏やかに暮らすことができなくなるかもしれない。

 こんなやりとりをしている間に、町を出て街道をブリッツ伯爵のしきへと歩を進めていた。


「ついてくる気ですか?」

「ついていっているんじゃなくて、私の前をあなたが勝手に歩いているだけよ」


 意趣返しのつもりか、リーニアはしたり顔でふふん、と笑う。


「老職人があなたに話を聞かせたくなった理由が、とてもよくわかりました」


 エルガはため息をついて続けた。


とらわれている兄上を助けたい──それはわかりました。とらわれているのであれば、監視や警備がいます。畑仕事をしている程度では、役に立ちません」


 エルガがはっきり伝えると、予想していたのか、リーニアはさらりと言った。


「正面から戦って救うなんて、私言ってないわ」

「ああ言えばこう言う」

「ついででいいの。侵入したあとは放っておいてくれていいから」


 とは言うが、かつて仕えた亡国の姫を、エルガは簡単に見捨てられない。だから大人しくしておいてほしいのだが、リーニアのはらは据わっていた。


「こんな機会もう二度とない。あなたが何を言おうが、私はこっそりあとをついていって、一人でも兄さんを救うわ」


 そう言われれば、エルガも譲らざるを得なかった。あずかり知らぬところで勝手なことをされるより、可能なところまで行動をともにしたほうが彼女も安全だろう。

 エルガの目的は、宿主とされるブリッツ伯爵の撃破。及びその他宿主の情報だった。

 魔導人形の性質上、エルガは人間が相手だと先に攻撃できない。

 もし警護の人間にはばまれれば手も足も出ない。リーニアを連れていく利点もなくはないのだ。

 エルガは仕方なく折れることにした。


「ついてくる条件として、ひとついいですか?」

「もちろん」

「俺の目的はブリッツ伯爵です。リーンは、兄上を見つけたあと、騒ぎを起こしてください。警備を混乱させてくれさえすれば、宿主であるブリッツ伯爵とたいできるはずです。できますか?」

「できる。騒ぎを起こすくらい、失敗はしないわ」

「上々です」


 やがてしきが遠くに見えると、脱出口があるとされる丘を探す。


「そういう話なら、たぶんあそこだと思うわ。前、洞窟の中に枯れ井戸みたいな穴があるって聞いたことがあるもの」


 エルガはリーニアが指差した先にある丘を上っていくと、その洞窟もすぐに見つかった。


「ここですか」


 たしかに枯れ井戸。そう表現すると過不足がない。


「どうするの? 飛び込むわけではないわよね……?」

「飛んでもいいですが」

うそでしょ……」


 リーニアが足下に転がっていた石を井戸に放り投げると、するはずの音がしない。


「そ、底なし井戸なのよ、きっと」

「もしそうだとしたら、横穴か何かがあるはずです。であれば……」


 エルガは、洞窟の外にカーテンのように下がっているつるを一本引っこ抜いた。


「それをロープにするつもり? さすがに無理よ」

「こうします」


 エルガが【万象の鍛工炉ブラツクスミス】を発動させる。

 つるが淡く光り、どんどん形状が変化していき、エルガの手の中には植物ではなくロープがあった。


「これで降りられるでしょう」

「武器じゃなくて道具にも作り変えられるのね」


 エルガはちょうどいい岩を見つけると、そこにロープをくくっていく。


「変化前と後で形状が近いと強度が上がります」


 ぐっぐ、と引っ張ってロープが解けないことを確認すると、井戸にロープを投げ入れる。


「先に行きます」

「それはいいけれど、ひとつ言っておくわよ」

「なんですか」

「上、絶対見ないでよね」

「どうしてですか」

「見ればわかるでしょ? 私、スカート穿いているの」


 無表情のエルガがなんの反応も示さないので、じれったくなったリーニアが全部説明する羽目になった。


「だ、か、ら。スカート穿いている私が上から降りてくるわけでしょ? あなたが上を見たら、私の下着が丸見えになってしまって……ぜ、全部言わさないでちょうだい!」


 見えたらなんなのだ、と言いたかったエルガだったが、リーニアが怒っているようだったので、これ以上質問は重ねないとことにした。


「わかりました。見ません。見えたところでどうというものでもありませんが」

「ひと言多いのよ」