プロローグ 師弟の出会い

 人と魔があいれることのない大陸ユグドラシル。

 人類が生活する大陸東部を人界ミドガルズ、魔物がばつする西部を魔界ニヴルヘルと呼び、二つの種族はそれぞれの大地で生活をしながら、千年以上の時を争い続けていた。

 東西に領域を分けているのは山脈から山脈をつないで延びる巨大な城壁と、そのすぐ近くに建造された『魔導都市ヴィノス』。

 この二つこそが、人類が誇る最高の防衛拠点である。


 この日、魔界ニヴルヘルから魔物の群れがやって来た。人魔の境界線上に存在するヴィノスには、度々こうして魔物が襲来することがある。

 しかし、今日までこの壁を越えて人界ミドガルズに侵攻を許したことはただ一度もない。

 なぜならこの都市には、魔物の大群を迎え撃つ最強の魔術師たちがいたからだ。


「すっげぇ……」


 炎が燃え、大地を揺らし、巨大な竜巻が数十の魔物を吹き飛ばす。人知を超えたそれらの現象は、一人の少年──ジルベルトを魅了した。

 人魔の境界線上にそびえ立つ壁の上からその光景を見つめる彼はまだ幼く純粋で、人々を守るために戦う魔術師たちを興奮しながら見続ける。

 特に少年の視線を奪って離さないのが、たった数人で千の軍勢を相手取っている者たち。一騎当千などという言葉すら生ぬるい、人類最強の魔術師集団。


「あれがグランドマスターイシュタルの直弟子か……格好良すぎるぜ!」


 彼らはヴィノスの子どもたちにとって憧れそのものだ。

 天才の中でも、さらに飛び抜けた異才のみがグランドマスターの弟子になれるといわれる。ヴィノスに住む子どもなら、誰もがイシュタルの弟子になりたいと強く思っていた。


「俺も大きくなったらあんなふうに強くなってやる!」

「へぇ……なら弟子になってみるか?」

「え?」


 不意に声をかけられて振り向くと、金髪の美女が立っていた。


「グ、グランドマスターイシュタル!? 本物!?」

「本物だよ。それで、私の弟子になりたいなら条件が──」

「なる! なるなるなる! どんな条件でもいい! なんでもやる! 俺も弟子にしてくれ! 今はただの孤児だけど、絶対すごい魔術師になってやるから! だから──」


 興奮したジルベルトが早口で言葉をつむいでいると、不意に頭に手を置かれた。

 そして首をイシュタルから壁の西側、魔物と魔術師たちの戦いに向けられる。


「それじゃあ今からお前は私の弟子だ。名前は?」

「ジ、ジルベルト……」

「それじゃあジル。そのままよく見ておけよ」


 はるとおく、こちらに向かってくる超巨大な大魔獣。魔物という枠すら超越したそれは、ヴィノスの魔術師たちですら多くの犠牲を覚悟しないと倒せない存在だが──。


グランドマスターの力をな!」


 大魔獣の上空を紫色の巨大な魔法陣が覆う。大気中すべての魔力がそこに収束しているような光は、神のごとすさまじい力を感じさせた。

 魔法陣が強い光を放つと空が割れ、周囲の音をかき消す。激しい紫電が大地に落ち、世界を包み込んだ。遅れて大地を揺らすほどのごうおんと、魔物たちの断末魔。だがジルベルトの瞳は光で覆われていたせいで、なにが起きているのかわからない。


「……」


 光が消え、ゆっくりとジルベルトの視力が回復する。

 大魔獣は完全に消滅し、周囲の魔物たちも全滅していた。


れいだ……」


 すごいとか、恐ろしいとか、そんな言葉ではなく、思わず出た言葉がそれだった。そう表現する以外にないほど、美しい力だと思った。


「ふっ……あれを見てれい、か」

「あっ!? いや、今のは……」


 自分の言葉が気に入らなくて弟子入りがなくなったらヤバいと思い、言い訳をしようとする。

 だが彼の予想に反してイシュタルの瞳はどこか柔らかかった。


「お前、なかなか見所あるな」

「え?」


 思っていた言葉とは違ってあつに取られているとイシュタルは西側から背を向ける。


「残りは街のやつらに任せて行くぞ。さっそく修業だ」

「……」


 こんなにあっさりと、自分の人生が変わるのかと驚いてしまう。

 だがあり得ないような出来事だったとしても、こんなチャンスを逃せるはずもない。


「先に言っておくが、甘やかす気は一切ないからな」

「も、もちろんだ! たとえどんなに厳しい修業でも耐えて、強くなってやるよ! アンタよりもな!」

「私よりも強く、か。く、くくく……」


 イシュタルは小さくつぶやいたあと、愉快そうに笑う。


「いいなそれ! 楽しみだ!」


 夢と希望にあふれた若さはいつの時代も輝かしいものだと、そう思ったのだ。


「あ、師匠待ってくれよ!」


 ジルベルトは小走りでその隣に行き、そして見上げながら疑問を口にする。


「そういえば、条件ってなんなんだ」

「ああ、一つ約束をしてくれたらいい。いつかお前が強くなったら──」