第一章 大魔導師の後継者①
子どもの頃は夢と希望に
「ご主人様、真っ昼間からだらだらされると邪魔なんですけど」
目を開ける。絶世の、と頭につくほど美しい容姿をした銀髪のメイドが掃除機を構えて立っていた。
「アルト、お前なんて目で見てんだよ……」
彼女は無言で掃除機のヘッドを取ると、細い円形の部分を股間に押し当ててきた。ぴったりと股の間にセットする仕草は、あまりにも手慣れている。
「おい、なにする気だ。掃除機は
「それはつまり口で吸ってもらいたいと? ご主人様は変態ですね。まあそれが望みなら全力でやらせていただきますが?」
獲物を狩る捕食者のような目で見られ、これ以上抵抗すると本当にズボンを下ろされ股間を吸われかねない。そう思ったジルベルトは諦めて立とうとする。しかしある一ヶ所を押さえられているせいで、身動きが取りづらい状況だった。
「退くからさっさとこの掃除機をうおぉぉぉっ!?」
アルトが自然な動作でスイッチを入れたせいで、股間が
慌てて立ち上がると掃除機の吸引口も付いてくるが、勢いでなんとか外れてくれた。
「お、おま……いきなり
「全力でやると言ったはずです。それに、さっさと立たないご主人様が悪い」
淡々と告げられると、本当に自分が悪いんじゃないかと思ってしまう。しかし世の中、男の股間をいきなり掃除機で吸うより
「どうやらまだ反省が足りないようですね……それなら本当に口で──」
「お前、どこ見てる」
小声でなにかを言いながら
「ご主人様はお気になさらずに。はい、お掃除お掃除っと」
誤魔化すようにソファの下に掃除機を入れて掃除を再開したアルトを見て、ふと思う。
──そこ、俺が横になってても掃除できたんじゃね?
邪魔だったのは否定できないのでなにも言えないのだが、釈然としない気持ちになった。
「ん?」
アルトの背後から彼女を見ると、一房に結われた髪が尻尾のように揺れている。これは彼女の機嫌が
「はい、終わりましたよ……ご主人様?」
掃除機を止めたアルトは、不思議そうにジルベルトを見る。
普段はもっと冷徹な雰囲気があるのだが、やはりどこか柔らかさがある気がした。
「お前、なんか
「え、どうしてわかったんですか?」
「まあ、八年も一緒にいたらな」
癖を見ていたと言うのは少し恥ずかしく適当に誤魔化すと、アルトは頰に手を当てて
「ご主人様に性奴隷として連れ去られてから、そんなに時が
「お前、冗談でも外で言ったら二度と
「横暴です」
「正当だよ!」
「
そもそもメイド服は彼女が勝手に着ているだけで、性奴隷として買ったどころか従者として雇ったわけではない。
事情を知らない人間からしたら主従関係に見えるだろうが、本質的には同居人というのが正しく、親を
「ちなみに私はもう十八歳で、ご主人様は二十四歳なので結婚もできます。なぜならこのヴィノスでは十五歳から結婚できるからです」
「……なんで今それ言った?」
「いえいえ、他意はありません。ありませんよーっと」
掃除機を片付けるためアルトが離れたので、ソファに腰を落ち着ける。
「これはこれで疲れるが、まあいいか」
機嫌を損ねると干した
家事全般をやってくれている中、絶妙に怒りづらい嫌がらせをしてくるので今日みたいに機嫌良く
「立つことのできたご主人様には、ご
さすがにそれは甘やかされすぎじゃね? と思いながらアルトを見ると、お盆に昼食と紅茶、それに新聞を載せた状態でやって来る。
「朝刊が見当たらないと思ったらお前が持ってたのかよ。朝の占い見損ねたじゃねぇか」
「起きて最初に見るのが新聞の占いなあたり、ご主人様って乙女みたいな趣味してますよね」
「誰が乙女だ」
元々眼光の鋭いジルベルトが
もっとも、長年
「オトメンとかいうジャンルが
「お前は本当にぶれねぇなぁ……」
一息で自分の欲望を言い切ったメイドに感心しながら紅茶を飲み、新聞を手に取る。占いコーナーだけ切り取られていた。アルトを見ると口元がヒクヒク動いて笑うのを堪えている。
──なんて嫌なメイドなんだ。
「……はぁ」
ジルベルトは
『
そんな大きな見出しと、
「……お前が機嫌良かったの、これか」
「はい! こいつら嫌いなのでざまぁみろ! です」
「そうか。それよりも……」
ジルベルトは新聞を読み進め、顔を青ざめさせる。



