第一章 大魔導師の後継者②
ヴィノスはどの国にも属さない独立都市であるが、それはこのイシュタルが存在するから許されていると言っても過言ではない。
そんな女性の直弟子も当然人類最強クラスの傑物たちだ。それが襲われたとなると、新聞の一面にデカデカと載るのも納得できる
問題なのは、イシュタルの直弟子は自分を含めて十人。
そして──新聞には昨日の時点で九人が襲われたと書かれており──
「アルト! 急いで結界の強化を! あとできる限り殺傷力の高い
「当然もうやってます。これ以上ないってくらい万全の態勢で。なにせご主人様の優秀なメイドさんですからね」
どや顔したアルトをジルベルトが本当に褒めようとした瞬間、バリンと結界が破れる音がした。続いて
「「……」」
万全の態勢があっさり壊されていく状況に気付いた二人は、お互いに目を見合わせた。
「なあ優秀なメイドさん。俺は逃げるから、足止め頼んだ」
「無理です嫌です、というかどうせあのババアの用事はご主人様に──」
「はーはっはっは! なかなかの結界だったが、この私を止めるにはまだまだだなぁ!」
二人が押し付け合いをしていると、窓をぶち破りながら美しい女性が入ってくる。
太陽を反射する黄金の髪、自信ありげな
古代龍の生き血を全身に浴びたことで永遠の若さを手に入れ、大陸西部に存在する
「ようジル! お前が愛して
「異議あり! ご主人様が愛して
「馬鹿アルト! 話をややこしくする前に逃げるぞ!」
「でももう私たちが張った結界が乗っ取られてしまったので、あんな感じで……」
アルトが指さす方を見ると、この
「そういうこと! というわけ、
「っ──!?」
イシュタルと距離があったはずなのに、一瞬で詰め寄られて腕を
「このっ!」
地面を削りながらイシュタルを
──やべぇ!?
「
「っ──!?」
「遅い。私の後継者候補のくせに、怠けすぎなんじゃねぇか?」
ぞっとするほど冷たい声。
蹴られた、と理解したのは回転した先で美しい足を上げた状態のイシュタルが見えたから。
死んだ、と思ったのはそのイシュタルの腕に魔力が込められているのが見えたから。
呼吸が止まり、死の気配に襲われる。
「ま、この程度も
ほれ、とイシュタルは軽く物を投げる仕草で爆雷球を放つ。
あっさりした動作からは想像もできない速度で迫るそれは、もう
脳が揺れる中、無防備に受ければ本当に死んでしまう威力で──。
「ふざ、けんなぁぁぁ!」
いきなり来て、
「
全身に行き渡る魔力によって
魔術は大きく分けて、攻撃、防御、支援、回復の四つに分類される。
ジルベルトが得意とするのは、支援魔術の中でも最も高難易度に属する魔術『
対象の魔術の威力を増幅、あるいは属性を付与・変化させることができる魔術だ。
使いこなせば強力だが、対象となる一つ一つの魔術に対して深い理解が必要なうえ、
苦労に対して結果が伴わず、
そして、そんな
──死の危険があるのは強力な雷だからだ。ならその属性を変化させてやればいい!
「雷を水に!」
爆雷球に二本の指を差す。燃えるような衝撃が指先に走る中、ジルベルトはその魔術を水の属性へ変換。熱湯となった球体が手を
本来命を刈り取るはずだった爆雷球の一撃を、二本の指の
「一瞬で属性を変化させるとはな! 相変わらずそっちの腕は悪くない!」
「
イシュタルが
本来ジルベルトには回復魔術の才能があまりなく、かすり傷を治せる程度。しかし
回復魔術のエキスパートほどでないが、この程度の傷であれば治すことも可能だった。
「これで──」
状況は振り出しに戻った。油断さえなければ、あんな不意打ちのような蹴りも
そう思ってイシュタルを
「まじでさ……ふざけんなよ?」
「これ全部を属性変化させられるか見物だなぁ」
イシュタルはニヤニヤと人を小馬鹿にしたような笑みを浮かべる。
それを見た瞬間、かつての修業内容が走馬灯のように流れ、怒りが頂点に達する。
ジルベルトの脳内で、プツンとなにかが切れる音がした。
「やってやろうじゃねぇかクソババアァァァァ!」
その叫びとともに、万の軍勢同士が争い合うような爆音が
先ほどまでソファでだらけていた男とは思えないほど機敏な動きで、ジルベルトは次々と雷の矢を
一手ミスればあの世行きになりそうなそれを、極限の集中力で属性を変えていき──。
「あ、ご主人様。私が丹精込めて作った菜園壊したらぶっ殺しますからね」
「アルトお前も状況見て言ってくんねぇかなぁぁぁぁ!」
「だいぶ
「ちょっ、
無情にもさらに追加される雷の矢に押し切られたジルベルトは、そのまま魔術の海に飲み込まれるのであった。



