第一章 大魔導師の後継者⑥

 魔導カメラのフラッシュが会見場に何度も光る中、記者の一人が質問をする。

 イシュタルはその質問を待ってましたと言わんばかりにニヤリと笑うと、椅子から立ち上がり宣言した。


『私の直弟子には全員、弟子を取って育てるように言ってきた! 次世代のグランドマスターは、一番優秀な弟子を育てたやつだ!』


 画面下のテロップが『後継者は最も優秀な弟子を育てた直弟子!』と切り替わる。

 再びフラッシュで光り輝く画面の中、集まってきた記者がどんどんと質問を繰り返す。

 優秀の基準は!? 期限はいつまで!? 直弟子以外に可能性はないのですか!?

 そのすべてに対して、イシュタルは自分の気分で決めると言い切った。

 記者の一部が答えになっていない、と少しいらたしげに言うと──。


『おいおいおい、お前たち忘れてないか? この都市じゃ私がルールだ! 文句があるやつは相手してやるからかかってこいよ!』


 その言葉に会見場が沈黙に包まれるが、ジルベルトは当然だろうと思った。

 この魔導都市ヴィノスを作り上げたのはイシュタルだ。大陸の歴史をひもいても、彼女以上に時代を動かした人物はいない。この程度のまま、通って当たり前だった。


「これから大変なことになりそうですね」

「あのババア、厄介なことをしてくれるぜ……」


 そっと隣に座ったアルトが用意した紅茶を飲みながら、ジルベルトは内心でいきく。

 今回の件、魔導テレビを通して都市中に宣伝されたことで、これから大騒ぎになるだろう。

 すでに自分の名前まで出ているジルベルトは最悪な気分だった。


「とりあえず、記者とかがしきに入ってこれないようにわなの強化だな」

「結界の方じゃなくていいんですか?」

「嫌がらせした方が来たくなくなるだろ?」


 ジルベルトがニヤリと笑うと、アルトは笑顔を見せた。


「さすがですご主人様。なかなか最低でいと思いますよ」


 全然褒められていないが、アルトも同意見なのは長く一緒にいるのでわかっていた。

 ──というか、コイツの方が俺よりエグいこと考えるしな。

 どんなわなにしようか楽しそうに考える姿を見たら、手加減するよう言っておいた方がいい気がしたが……。


「まあいいか」


 アルトの機嫌がい方が自分は安全だから、見知らぬ誰かには犠牲になってもらおう。


「あ、そうだご主人様。せっかくだから賭けしましょうよ」

「賭け?」

「はい。ご主人様はラピスさんを弟子にする気なんてないですよね?」

「当然だな」


 グランドマスターの地位や名誉に興味がないジルベルトからしたら、今回の件は平穏だった自分の生活が乱されるだけ。師であるイシュタルが背後にいて強制的に追い出すことができないので、諦めて帰ってもらうのが一番助かるのだ。


「私は案外、あのラピスさんはやり遂げるんじゃないかって思ってるんですよね」

「なに?」


 その言葉はジルベルトにとって意外なものだった。

 アルトに魔術を教えたのはジルベルトであり、彼女はその実力を誰よりも知っている。

 だらけた日常を過ごしているが、実力差は明白。ラピスのクリアは不可能だと思ったからこそ試験を提案したと思っていたので、こんな言葉が出てくるとは思わなかったのだ。


「ラピスさんが弟子になったら私の勝ち、諦めたらご主人様の勝ち。負けた方が言うことを一つ聞く、というのはどうですか?」

「……いいだろう」


 まあ所詮、一時の遊びみたいなものだろう、とグランドマスターになる気もなくラピス程度に一撃をもらわない自信のあったジルベルトはその賭けに乗ることにした。


「やた! なんでもですよ! なんでも言うこと聞くって、約束ですからね!」

「あ、ああ……」


 なんだか妙にテンション高く、なんでもを何度も念押ししてくるアルトが少し怖いが、一度言った手前取り消すわけにはいかない。

 ──まあ、大丈夫だろ。これでなにかあったとき、アルトを大人しくさせられるし。

 ──なんて思っているのでしょうけど、ご主人様は女の執念をだいぶ甘く見てますねぇ。

 ジルベルトの思惑を甘いと断じるアルトだが、それは伝えない。

 ただ彼女は勝ちを確信していた。なぜなら──。

 ──あのラピスという少女のご主人様を見る目は……。

 自分と同じくらい、深い情に満ちていたのだから。