他校の氷姫を助けたら、お友達から始める事になりました side.瑛二

第一話 巻坂瑛二と西沢霧香の日常

 わいわいがやがやとざわめく教室。これが授業中なら多分すっげえ怒られてるだろうけど、昼休みだからそうはならない。……や、騒ぎすぎたら怒られると思うけどな。

 そんなざわめきの原因は教室の前方――俺が居るところにあった。


「瑛二―、今日帰り暇かー? 買いたい漫画あるんだけど本屋行かね?」

「あれの最新刊だよなー? 俺も行くー。ついでになんか面白そうな本探すー」

「わ、私も!」


 数人の生徒に囲まれているのが俺、巻坂まきざかえいである……なんて自分で言うことでもない気はするんだけどな。大体教室だと男女関係なく何人かのクラスメイトに囲まれてるけど、それも俺が人と遊ぶのが好きで色んな人と遊びに行った結果だ。


「あー。わり、今日は用事あって無理なんだわ」


 俺の言葉にえー、ととある女子生徒から声が上がる。ごめんごめんと言いながらも、俺の目はとある女子生徒に向かっていた。

 教室の後方。窓際の席に彼女は居た。

 髪は長いストレート。その前髪は目にかかるかどうかと長く、どことなく暗い印象を覚える……が、それも髪の影響が大きい。もっと顔見せても良いんだけどなと思うが、自己肯定感が低めなので中々見せてくれない。

 西沢にしざわきり。俺の幼馴染で、物心ついた頃くらいからずっと一緒に遊んでいる。

 本を片手にしているが、その目は高頻度で別のところへ向かう。窓の外や――こちらの方にだ。

 その目と目が合ったが、彼女はビクリと肩を跳ねさせて本に目を向けた。……最近はよく本読んでんな。前はそんなに本好きじゃなかったと思うが。

 そして、俺の視線とちょこちょこ遊びの誘いを断る理由は周りにもバレていた。


「お? 彼女か?」


 ニヤニヤとした顔でそう言ってくるのはクラスメイトの永尾。こいつはいっつもこうである。


「うっせえ。ちげえっていつも言ってるだろ」


 霧香から目を逸らしながらそう返すも、自分の顔が熱くなっていくのが分かる。……それと同時に、ニヤニヤとした顔が周りに増えるのも分かる。


「ちぇー。デートならしゃーないかー」

「だからちげえって。あーもう。とにかく今日は俺不参加な」

「えー。瑛二君来ないなら私もパスするー。ってか最近付き合い悪くなーい? 今度埋め合わせしてよー」


 隣から不満そうな女子の声が聞こえた。その声の持ち主は、髪にウェーブのかかった活発そうな女子――このクラスの女子を仕切る立場に居る、新谷あらや静子しずこである。


「付き合い悪いって言っても週に一回とか二回あるかどうかだろ」

「お、出たな浮気相手」

「お前もそういうの辞めろって。めんどくせえ噂広がるから」


 新谷は俺が遊びに行く時は決まって着いてくる。それで変な噂が広がりつつあるんだが……というかそもそも、霧香も恋人みたいな扱いされてるし。……そういうのじゃない。仲が良いのはそうだけど、ただの幼馴染だ。

 心の中で呟いた言葉は自分に言い聞かせているみたいで、それ以上は考えないことにした。


◆◆◆


「ご、ごめんね」

「ん?」


 帰り道。霧香と歩いていると、いきなり謝られた。

 なんのことか分からずに隣を見ると、一瞬目が合った後にふっと逸らされる。そのまま霧香は呟くように話しかけてきた。


「さっき、聞こえてきたから。……私が無理言って瑛二の時間取ったから」

「ああ、さっきのか。気にすんな。俺も最近遊びまくってたし、そもそも姉貴の提案だしな」


 少し前に姉貴に言われたことを思い出す。


『最近霧香ちゃんと遊んでないって? 良い子なんだから大事にしないと! 瑛二の将来のお嫁さんなんだから!』


 ……最後のは置いておいて、最近は別の友達と遊ぶのが多かったのは事実だった。夜ご飯は一緒に食べてるとはいえ、だ。霧香と一緒に居るのが一番気が楽というのもあるので、姉貴のバイトがない日は家でゆったり過ごすことに決めたのだ。

 ちなみに霧香はみんながいる時に誘ってもあんまり参加してこない。……人見知りっていうのもあるだろうが、目立つと嫌な目に遭うことが多いって理由もあるんだと思う。霧香は昔からいじめられやすかったから。


「それに、最初は俺から誘ってたけど……最近は誘われるのが多いっつかほとんどでな。楽しいけど、予定がみっちみちなのは疲れる時もあるんだ。良い息抜きだよ」

「それなら……いいんだけど」

「おう。……あ、もし変なのに絡まれたら言ってくれよ。どうにかするから」

「うん、ありがと」


 霧香は昔からいじめられやすいが……それも、俺絡みが多い。俺が誰と遊ぼうと俺の自由なんだけど、それが気に食わなかったらしい人がそこそこ居るのだ。

 とはいえ、中学にもなればいじめもかなり減った。変なのに絡まれるのは学校の内外でちょこちょこありはしたけども。

 そんな風に話しながら歩いていると、俺の家に着いた。


「鍵……あ」


 カバンの中から鍵を取り出そうと手を突っ込んで、間抜けな声が漏れた。


「……やべ。鍵机の上に置きっぱかも」

「もう、また? 今度はなんで?」

「多分朝ノート出す時に引っかかって一緒に出たっぽい。……ちなみに霧香持ってる?」

「うん、あるよ」

「ありがとうございます霧香様……」

「気をつけてよ? まあ、車あるしお姉ちゃん帰ってきてるんだろうけどね」


 ちなみになぜ霧香が俺んちの鍵を持ってるのかというと、理由がある。もう十何年の付き合いということと……霧香の両親は仕事人間で、いつも帰りが遅いという理由だ。家も近いので何かあったらすぐこの家に来られるように、である。

 そうして霧香が開けてくれた家に入る。


「ただいまー」

「ただいま」

「おかえりー」


 車があったので予想はついてたが、姉貴は帰ってきていた。先に洗面所で手洗いうがいを終えてリビングに行くと――ソファでアイスを片手にくつろいでいる姉貴の姿があった。

 茶髪をポニーテールにした、明るさと元気が人一倍ある人。

 俺の姉貴である――巻坂まきざかえいを一言で表すとしたらそうなる。


「んー? 瑛二どした? アイス食べたいなら一口あげよっか?」

「や、別に要らねえけど。先帰ってきてたんだなって」

「あ、そうそう! 瑛二机の上に鍵置きっぱにしてたでしょ! 霧香ちゃんが鍵持ってなかったらどうしようって車かっ飛ばして帰ってきたんだからね!」

「やべ、墓穴掘った」


 鍵忘れたのバレてた、と目を逸らすも、ジトッとした視線が突き刺さる。

 やらかしたなと思いながらも大人しく小言を受け入れようと思うも……隣から助け舟が出された。


「ま、まあまあ。私が鍵持ってたから。でも、ありがとう。瑛二が鍵持ってないの、お姉ちゃんが気づいてて良かった」

「あー! 良い子! すっごく良い子! ハグしよ!」

「わっ」


 霧香の言葉が何かに触れたのか、ハグをする姉貴。……だが、やっぱ目はジトッとした目でこちらを見てた。多分鍵とは別の理由で。

 ――なんでこんな良い子をほっとけるの?

 みたいなことを言いたいんだと思う。余計なお世話だ。

 ため息を吐いてこっちも座ろうとすると――机の上に置いていたスマホがヴヴヴと震えた。


「ん? 電話?」


 誰だ? と思いながら画面を見て……またため息が出そうになった。

 電話の主は新谷であった。

 一瞬考えたのは、電話を無視したらどうなるかなというもの。

 無視したい気持ちの方が圧倒的に大きい。電話長いし、大した用件じゃないのも今までの経験から想像がつく。それに何より、今は霧香との時間だ。

 だけど……出なかったらめんどくさいことになるのも確かだ。なんせ、相手はクラスの女子を仕切るリーダー的存在。十中八九学校で問い詰められるだろうし、女子は基本新谷の味方。男子はからかってくる。

 ……まあ、別にいいか。

 姉貴が霧香とハグしながら凄い形相で見てきてるけど、別にそれにビビった訳じゃないし。

 出しかけた手を引っ込めようとした時のこと。


「……出ないの?」


 そう言ってきたのは姉貴にハグをされている――霧香であった。


「出て大丈夫だよ。私のことは気にしないで」


 その声は小さいけど、長年の付き合いだ。ちゃんと聞こえている。

 少し迷ったが――俺は改めて手をスマホに伸ばした。


「すぐ戻る。どんだけ長くても五分で」

「うん、待ってるね」


 霧香と姉貴に……そして自分に言い聞かせるようにして、スマホを取って部屋の外に出るのだった。


◆◇◆


 スマホを持って部屋の外に行った瑛二。その姿を見て、お姉ちゃんが大きくため息を吐いた。


「女の子と一緒に居るのに他の女と電話するなんて……弟も女泣かせになったねぇ。霧香ちゃん、ほんとに良かったの?」

「う、うん。私よりも、瑛二ってずっと人付き合いを大事にしないといけないから」


 瑛二は私と違って友達がたくさん居る。毎日遊ぶ体力とか凄いと思うし、それ以上に……付き合いが大変そうだとも思う。


「それに……」

「……それに?」

「う、ううん。なんでもない」


 ……言えない。言えるはずがない。友達付き合いが大事でも、私との時間はもっと大事にしてくれているから気にしないだなんて。

 火照る顔を手で押さえて……咳払いをした。


「そ、それよりお姉ちゃん。いつまでハグしてるの?」

「瑛二が帰ってくるまでかな? 嫌?」

「ううん。……私もスキンシップは好きな方だから。恥ずかしくて自分からはやれないけど」

「ほんと可愛いなーもう! 瑛二戻ってきてもずっとハグするからねー!」


 ハグどころかうりうりと頬を擦りつけてくるお姉ちゃん。……瑛二のお姉ちゃんなのにこう呼ぶのはおかしいかなと思ったこともあったけど、中学に上がった頃に名前呼びをした瞬間絶望してたから戻したんだっけ。

 まあ、本当のお姉ちゃんみたいだからいいかな。

 そんなことを考えながら瑛二を待つ。彼が帰ってきたら一緒の時間を過ごして、夜ご飯もお世話になる。お母さんかお父さんが帰るの早かったら家で食べるけど。

 それが私の日常だった。



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