他校の氷姫を助けたら、お友達から始める事になりました side.瑛二

第二話 巻坂瑛二は友人が多い

「面白かったなー。劇場版ってやっぱ作画やべえわ」

「……そうだな。面白かった」


 隣から掛けられた声にぼんやりとそう返しながら、ゆったり歩く。今日は友人と映画を観に行っていたのだ。

 男子三人、女子三人の計六人。最初は男子だけで行くつもりだったんだけど、新谷に見つかってこの人数で行くことになったのだ。

 ぶっちゃけて言うと、全然映画の内容は頭に入ってこなかった。それも……この人数になると、周りに迷惑が掛からないようかなり気を使うのだ。最初は男子だけだったのも、人数が少ない方が映画に集中出来るからである。

 そして、その女子達は……わいわいがやがやと、映画官の前で『最後のあの展開良かったねー』や『私は最後の告白で泣いた……あの場面が伏線なんて思わなかったよー』など具体的な感想を話している。さすがにまずいので注意しつつ、ため息を吐く。

 そうしていると、ポケットの中でスマホがヴーと震えた。何の通知だろうと見ると、霧香からであった。


『そろそろ映画終わる時間だよね? どうだった?』


 そういえば霧香も今日の映画は気になってるっぽかったな。今日は人が多いから参加してなかったけど。

 ……そうだな。


『色々あってあんまり頭に入ってこなかったけど、面白かったと思う。集中してもっかい見たいから今度二人で見にいかね?』

『行く!』


 返信がめちゃくちゃ早く、少しだけしていた緊張がすぐに解けていく。

 しかし、ここでするには少し迂闊なやりとりであった。


「お? なんだ? 映画観て早々彼女に連絡か?」

「ばっ……ち、ちげえよ」


 いきなりの言葉に体が跳ねてしまったものの、中身を見られないようすぐにスマホをしまう。そうして隣を見ると、予想通り男子二人のニヤニヤとした視線が向けられていた。


「そう照れんなって。もうクラスで知らねえ奴の方が少ないだろ? 名物カップルさん」

「そーだそーだー、ラブラブカップルがよー」

「お前ら……」


 色々な感情が交ざり合って頬がひくつきそうになって……そのせいで、反対側から近づいてくる存在に気づくのが遅れた。


「女の子と遊んでる時に他の女と連絡取るのはないんじゃなーい?」

「……新谷」

「お、出た。浮気相手」


 隣にひっつくように来たのは新谷であった。近いので一歩離れるも、彼女は不満そうに俺達を見てくる。


「その浮気相手って言うの辞めてくんなーい?」

「そーそー、こっちの方が本妻っぽいでしょー?」

「どっちにしろ瑛二が浮気する奴だってのは変わんねえんだな」

「……」


 思わず物凄く微妙な顔をしてしまった。どうなっても俺がクズ野郎になってしまう……それ以前に色々と誤解がありすぎる。

 けれど、俺が何か言うよりも早く新谷が不満そうに口を開いた。


「っていうか連絡取るくらいだったら連れてくれば良かったんじゃないのー?」

「……人間、得意なことと苦手なことがあんだよ」

「意味分かんなーい。ただコミュ障なだけでしょ?」


 その言葉にイラッとしつつも、どうにか込み上げてくる感情を飲み込む。

 新谷は知らないから簡単に霧香のことを『コミュ障』だと言う。

 知らないから当然……とは思わない。幼馴染を馬鹿にされて何も思わないような人間じゃない。かれこれ十年以上の付き合いだ。

 確かに霧香は人見知りだ。だけど、人とのコミュニケーションを取るのが嫌いな訳じゃねえ。俺もそうだし、姉貴とが一番分かりやすい。話すと楽しそうにするし、スキンシップも嫌がらない。多分、同級生で姉貴みたいな人が居れば仲良くなれると思う。……いや、そこまでいかなくても、お互いリスペクトし合えるような関係なら上手くいくはずだ。

 それが出来ていないのは――色々な理由がある。

 霧香は……俺から見れば優しい女の子なのだが、周りからは暗く見えるらしい。それも、俺が一緒に居ると何かと難癖が付けられる。男子からもちょっかいを掛けられることはあったが……女子の方がこう、なんというか過激であった。

 当然俺がどうにかしたのだが、その時聞いた理由によると……俺のことが好きで、霧香が隣に居るのが嫌だったからとか。しかもそういう理由でいじめられたのは一度や二度じゃない。案外女子にそういう気持ちを抱かれることは多いっぽい。

 そして、そういう理由から霧香は男女共に仲良く出来る人は俺以外出来なかった。俺が周りと関わらないってのも考えたが……逆効果で、また霧香のせいだと難癖を付けてくる女子が出てきた。


「それより瑛二君、この後暇ならデート行かない?」


 俺が考えていることに気づいてないのか……それとも気づかないふりをして話を逸らそうとしているのか、新谷が話しかけてくる。


「あー。わり。この後用事あるんだわ」

「あーあ。新谷が瑛二怒らせたー」

「ちげえよ。家族の用事だわ」


 はあ、と漏れ出そうになるため息を飲み込んでポケットの中にあるスマホを触る。

 ……早く霧香に会いてえな。


◆◇◆


「~~♪」

「ご機嫌だね、霧香ちゃん。相手は瑛二?」


 ソファでゆったりしながらスマホを眺めていると、お姉ちゃんにそう声を掛けられた。頷きながらスマホを胸に抱く。


「瑛二に今度二人で映画行こうって誘われて」

「お、やるねえ。……ん? 今日瑛二って映画観に行ってなかった?」

「うん。人数多くてあんまり集中出来なかったって」

「あ、そういう感じね。あの子責任感強いもんなぁ」


 瑛二は責任感が強くてリーダーシップもある。その上で、周りへの配慮も欠かさない。

 ……こうやって考えると、そりゃ女の子にモテるなぁって思う。優しくてかっこよくて、気遣いも完璧で。

 最近だと新谷さんがそう。好きだってオーラが溢れ出してる。


「……」

「どうしたの? 霧香ちゃん。難しい顔して」

「……ううん、なんでもない」


 ちょっとだけモヤモヤはしたけど、それを言葉にしようとは思わない。今でも私は十分……十分以上に恵まれている。

 だから、これ以上瑛二を縛り付けてはいけない。

 けれど、お姉ちゃんはじーっと私を見つめていた。


「……霧香ちゃん」

「う、うん?」

「瑛二が浮気したら言うんだよ?」

「ん?」


 一瞬、何を言われたのか理解できなかった。というか改めて考えても理解出来なかった。ふざけてるのかなー? と思ったけど、お姉ちゃんは至って真剣な表情だ。


「瑛二もなんだかんだ真面目な子だから大丈夫だとは思うけど、心配ならすぐお姉ちゃんに言ってよ!」

「あ、いや、そういう心配はしてない……っていうかそもそも、別に瑛二が他の女の子のこと好きになっても……浮気にはならないし」

「それは大丈夫。瑛二が他の女の子に行くとは思えないから」


 何が大丈夫なのだろう。というか別に自分と瑛二は……付き合ってる訳じゃないのに。

 そんなことを考えても、言葉にはならない。ふいっと目は逸れて胸に抱いているスマホに向かう。

 ……気づいてない訳じゃない。私が瑛二に抱いてる感情。それと多分、彼も……私のことを決して悪く思っていないこと。

 だけど、それは『悪くない』であり、『良い』とか『女の子として見てる』に繋がる訳じゃない。

 それに何より、勘違いだったら自分も彼も傷つけることになってしまうから。

 心にちくりと刺さったその感情を掻き消すように首を降った。


「お姉ちゃん! そろそろ行かないとバイト遅刻しちゃうよ!」

「あ、ほんとだ。もうこんな時間。それじゃあ行ってくるね。留守番よろしく!」

「うん。行ってらっしゃい」


 慌てたようにお姉ちゃんはカバンを手にする。そして、ニコリと私を見て笑った。


「じゃあ、他に何かあったら遠慮なく相談してね。デートの服選びとかなら得意だから」

「…………うん」


 お姉ちゃんのファッションセンスは折り紙付きだ。なんせ、今はバイト先であるアパレルショップでは店長と仲が良く、実績も認められてそのままそこに就職することが決まっているくらいだ。もし何かあればお願いしよう……機会があれば。


「ふふ。じゃあ行ってきます。瑛二と仲良くね」

「うん、気をつけてね」

「ありがと」


 手を振るお姉ちゃんに小さく手を振り返し、家から出て行くのを見送る。

 玄関の扉が閉まった後、スマホがヴーと震えた。相手はもちろん瑛二だ。


『今から帰る。近くに洋菓子店があるから寄ってくけど何がいい?』

『シュークリーム食べたい』


 即答していた。自分でも食い気味になりすぎて、少し恥ずかしくなる……けど、それ以上に嬉しくなる。瑛二は甘い物が苦手で、わざわざ寄ってくれるのも私の為だって分かってるから。


『分かった。三十分くらいで着くと思う』

『うん、ありがとう。待ってるね』


 そう返してからまたスマホを胸に抱えて……自然と笑ってしまう。

「瑛二、早く会いたいな」

 心の中に暖かいものがにじみ出して、言葉になって漏れ出る。

 こんな日がいつまでも続いたらいいのにな、と体を揺らしながら瑛二の帰りを待つのだった。


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