他校の氷姫を助けたら、お友達から始める事になりました side.瑛二
第三話 西沢霧香の学校生活
お昼休みが始まると、教室の生徒達がぞろぞろと一人の男子生徒の所に集まってくる。その生徒とはもちろん、瑛二のこと。
彼も一瞬私の方を見てきたけど、一人の女子生徒が間に立って阻んできた。
そうして彼の周りに人の輪が出来ていくのを見て……私は立ち上がった。今日はあそこを見に行かないといけない。ずっと瑛二のことを眺めていたらまた彼がからかわれるかもしれないし。
そう思って立ち上がって、私は教室を出た。向かう場所は校舎の外、そして体育館との間にある場所。中庭だ。そこには花壇があって……見ると、土が乾いていた。
私は学校内を散策するのが好きだ。季節によって見られる景色が変わるし、意外と発見がある。何より、一人で散歩するのはそんなに目立たないっていう理由もある。
この花壇も、その途中に見つけたもの。今は綺麗な花が咲いてるけど、見つけた時は土がカラカラで花も枯れかけていた。
この花壇は栽培委員が管理している。入学式や卒業式で使われる花や、学校に彩りを取り入れるために花を育てている……って四月に聞いていた。そのため、担任の先生から栽培委員会の先生に聞いた。
その先生は申し訳なさそうに、栽培委員の管理が行き届いていないことを謝ってきていた。先生も知らなかったらしい。これからは生徒達に注意すると言っていて、実際改善された。でも、まだ土の乾いている日が多かった。
また先生に言おうかと思ったけど、どうせなら自分がやっていい許可を貰うことにしたのだ。無事許可を貰えたので、こうやって週に何回か確認して水やりをしている。……昼休みの暇つぶしって意味合いもあるけど。
「……こんなもんかな?」
水のやりすぎはよくないと聞くので、程々にしておく。栽培委員の人達も毎日サボっている訳じゃないみたいだし、足りなかったらその生徒達がやってくれるはずだ。
一仕事終わったので手を洗って一息つく。……まだ昼休みは終わらない。さすがに何度もやっていると手慣れてきてしまったのだ。
どうしようかな、とまた散歩をしていて……ふと図書室に寄った。実は最近、本を読むのにハマっている。とは言っても小難しい本ではない。文字を追うのは得意じゃないので、読むのは基本的にショートストーリーが集まっている小説だけだ。
でも図書室自体は嫌いじゃない。というか好きな方だ。静かだし、一人で居ても変に思われないから。実を言うと、ずっと図書室で眺めているだけで借りないのは不自然なので借りるようになった……って理由がある。
ぼんやりと小説を眺めていると、ふと違和感を覚えた。
……これ、こっちにある本じゃなかったよね?
作家順に並んでいるはずの本棚なのに、順番がおかしい。同じ作家さんの間に別の作家さんが入ってる。
よく見ると、そういうのがちょこちょこあった。多分返す人が適当に返したんだと思う。どうせ後で図書委員がやるから、とか思ったのかもしれない。こういうのはたまにあったから直していた。
気になったら仕方ないので、その本達を片付ける。やればやるほどおかしな部分は見つかっていって、黙々と作業をしてしまった。意外と私って几帳面な性格なのかもしれない。
本棚を二つほど片付けてそう思った時のこと。
「あ、あの」
ビクッと肩が跳ねてしまった。恐る恐る振り返ると……いつも貸し出しのカウンターに居る女の子がいた。
「ご、ごめんなさい」
反射的に謝り、頭を下げる。だけど反応がなくて……ゆっくり顔を上げると、その子は目をまん丸にしていた。
「え、えっと……どうして謝るんですか?」
「いや、あの、その。余計なことだったかなって」
つい反射的に謝ってしまったが、自分で言葉にして気づく。許可なしにやってるの、結構後ろめたく思ってたんだなって。
気まずくなって冷や汗をかきそうになると、その子がぶんぶんと首を振った。
「い、いえ! むしろありがとうございます。私の仕事だったから」
「……う、ううん。ちょっと気になっただけだから。いつもと違うなって」
別に善意からとかでもない。自分で気になったからやっただけだ。
顔に愛想笑いを貼り付けながらそう言うと、その子はじっと私のことを見つめてきていた。
「えっと、あの。それじゃあ私は――」
「い、いつも見てます」
「……え?」
気まずくなって教室に戻ろうと思ったけど、言葉を割り込まれた。どういうことだろうと首を傾げると、その子が続ける。
「こ、ここから見えるんです。中庭で、あなたが水やりをしてるの。栽培委員じゃないですよね。委員会会議で見たことないので」
「あ、うん」
その子に言われて窓を見る。そういえばここからだと丁度中庭の花壇が見える。
「それに、本の整理も時々やってくれてるの見るから。ほんとにその、凄いなって」
「……私が気になってるからやってるだけだよ。凄くなんかない」
言葉がくすぐったい。そういう気持ちもあったけど、少し心が痛くもなった。
私は別に凄くなんてない。本当に凄い人っていうのは、きっと瑛二みたいな人のことを言う。
少し棘を見せてしまったけど、その子はぶんぶんとまた首を横に振った。
「凄い、です。その……私も花壇のお花が枯れかけてるの知ってて。でも、勝手にやっていいのかとか分からなくて、何も出来なかったので」
言葉に詰まりながら、だけどまっすぐに言葉を向けられた。いきなりのことにびっくりして声が出なくて、その間に続けられる。
「確かにあなたは自分が気になったからやっただけなのかもしれない……けど、行動出来る人って限られると思うんです。実際、あなたが動くまで誰も枯れかけている花壇の花を見て見ぬ振りしていました。私も、他の人達も」
そこまで言ってその子はハッとした表情になる。
「ご、ごめんなさい。変なこと言っちゃって。とにかくその、凄いって思って言いたくなっちゃって」
「……ううん。嬉しい。こっちこそありがとう」
さっきと反対にその子が頭を下げて、私はそう返していた。不思議と心には暖かいものが広がっている。
そうして離していると、お昼休みの終わりが近いことを知らせる予鈴が鳴った。
「じゃあ私も教室に戻るね」
「は、はい! またいつでも来てください!」
「うん、ありがとう」
またぺこりと丁寧にお辞儀をしてくれるその子に手を振って、私は図書室を出る。
私が言ったことは全部事実だ。全部自分のためにやったことで、自分が優しいとか凄いとかは思わない。
――だけど、褒められると素直に嬉しい。
ぽかぽかとする胸に自分の手を置いて、さっき言われた言葉を思い出しながら教室に戻った。
◆◆◆
私は学校に友達が居ない。……瑛二と話すくらいだけど、その彼も友達が多いからずっと一緒に居られる訳じゃない。最近は彼のことが好きっぽい女の子も居るから。
だけどそれなりに学校生活を満喫していた。小学生の時や一年生の時に比べて、自分の身の振り方も覚えてきていたから。
だから、最初は気がつかなかった。
唐突に迫ってくる地面。脚に異物が当たった感触。そして、ゴンっという鈍い音。いきなりのことすぎて、痛みを感じる瞬間すら遅れたように思えた。
「あ、ごっめーん。大丈夫?」
後ろから掛けられた声に私は初めて、自分が転んだことに気がついた。
「だい、じょ――」
「うわ、きったな。鼻血出てるけど」
どうにか後ろにそう言葉を返して振り返るも、続けられた言葉にハッとなる。……私の体操服の上に着ているジャージが赤く汚れていることに。
鼻に手をやると、生温かい液体が手につく。多分言われなかったら鼻血だってことにも気づけなかった。
「早く先生のとこ行って保健室行ってきたら?」
「あ……うん。あり、がと」
まだ流れ出ている鼻を手で押さえて、体育の先生のところへ向かう。それから私は保健室へ向かった。
なんとなく頭がぼんやりするのは、顔を打ったからか、久しぶりに鼻血が出てびっくりしたからか。どっちにしても、今の私は別のことで頭がいっぱいだった。
「……着替え、置きっぱなしだけどどうしよう」
友達は居ない。誰か親切な人が教室に持ってきてくれるかな、それとも自分で取りにいかないといけないのかな。
そうして考えていると、すぐ保健室に着く。先生も居たので、椅子で休んで鼻血を止める。
十分ほどして授業の終わりを告げる鐘が鳴って……いきなり保健室の扉が開いた。体調不良の人か怪我した人が来たのかなと思ったけど、違った。
「霧香、大丈夫か!?」
「……瑛二?」
そこに居たのは瑛二だった。なんで? という気持ちと一緒に、彼なら来るかと納得もしてた。
「さっき女子達が戻ってきて霧香が見えなかったから聞いたんだ。あと、着替えとかもクラス長の鈴木さんに頼んだから」
「あ、ありがとう」
私が気にしてるのに気づいたんだ。それでわざわざ伝えに来てくれてたんだと思うと、少し嬉しくなる。
「君、霧香ちゃんのクラスの子よね? 念のため次の授業までここで休ませておくから先生に言って貰っていい?」
「もちろんです!」
保健室の先生の言葉に瑛二がビシッと背筋を伸ばしてそう答えた。それから瑛二が私を見てくる。
「……転んだんだよな?」
「……うん、転んだだけだよ。ちょっとつまずいちゃって」
その目が心配そうで、私はそう返した。変に心配を掛けたくないし、相手に悪気があったのかどうかは分からないから。
そっか、と言って瑛二はまた私をじっと見る。
「霧香、鼻血止まったらこのジャージ着とけ」
「え?」
そして手渡してきたのは、瑛二のジャージだった。
「ベッドで寝るにしても血で汚れるかもだろ? そうじゃなくても、そのジャージのまま戻った方が目立ちにくいだろうし」
「あ……うん、ありがと」
「おう、気にすんな。あとそのジャージ、体育始まった時しか着てないし、そんなに汗臭くないはずだからな!」
「……ふふ。気にしないよ、別に。汗臭くても」
「俺が気にすんだよ。や、汗臭くねえはずだけど」
そのジャージをありがたく受け取ると、瑛二が笑った。
「そんじゃ、後でな。体調悪くなったら遠慮無く先生に言うんだぞ」
「分かってるよ。もう、お母さんみたいなこと言って。ありがとね」
「おう。お大事になー」
元気に手を振る瑛二に小さく手を振り返して、出るのを見送る。……そして、それを見てどこか満足そうにしている保健室の先生を見た。
「良い子ね。彼氏さんかしら?」
「かっ、か……彼氏じゃなくて、幼馴染です」
顔が熱くなっていく。声も小さくて、ちゃんと先生に聞こえていたかどうかも分からない。
瑛二に貰ったジャージを汚さないよう膝の上に置いて、私は汗ばむ体を手で扇ぐのだった。
◆◆◆
その日が始まりだったことに気づいたのは、その次の週のことだった。
気づき始めたのは、やけに転んだり転びかけたりすることが増えたから。明らかに脚を引っかけられている。しかも、決まって体育の時間に。
そして、次に教科書がなくなる回数が増えた。しかも、次の日には引き出しの中に戻っている。
――あ、これいじめられてる。
そう気づいてから、どうしようかと悩んだ。
脚を引っかけてくるのは毎回違う女子生徒。教科書を盗んで返した犯人も分からない。……想像はつくけど、確信はない。
瑛二もそんな私が気になって聞いてきたけど、とりあえず何でもないって言った。せめて犯人が分かってからにしようと。
そして――すぐにその日はやってきた。
理科室や音楽室とかがある、普通の教室とは違う棟の女子トイレ。お昼休み、散歩していたらいきなり複数の女子生徒達に連れ込まれた。
そして、そこに居たのは――
「……新谷さん?」
「マジで昼休みは一人で学校の色んなとこ居るんだ。クソキモいね」
同じクラスの新谷静子さんだった。
そして、その表情には嫌悪が刻み込まれていた。



