他校の氷姫を助けたら、お友達から始める事になりました side.瑛二

第四話 西沢霧香はいじめられやすい

 ――女子のいじめは陰湿。ネットとかアニメでたまにそういう言葉を聞く。それで私の経験上から言うと、それは間違ってるって言えない。

 男子のいじめは結構直接的というか、影でこそこそしてくるのは……少なかった。もちろんゼロとは言わない。だけど、それでも女子で……例えば教室にみんなが居る前で『ブス』とか『根暗』とか『キモい』って直接言ってくる人は少なかった。女子同士のコミュニティで言い合って、仲間はずれにする。私に聞こえるように大声で、でも仲の良い人同士で話す、みたいなのが今まで多かった。

 もちろん私の経験論でしかない。私の経験が特別だった可能性もあるかもしれない。――だけど、今回受けたいじめは今まで通りと言えば今まで通りだった。


「何その目。気持ち悪いんだけど」


 ただ、今までとは違うって今この瞬間分かった。違うのは――直接、悪意を持って手を出してくるのが珍しかったこと。


 パンと乾いた音。それから来る衝撃。


 転びそうになって踏みとどまって、だけど後ろに居た女子生徒に脚を引っかけられてタイルの上に転ぶ。


「そーそー。あんたはそこに居るのがお似合い」


 そんな私を見て、新谷さんが笑う。……そういえば聞いたことある。この人のお兄ちゃん、この学校でも結構有名な不良だっけ。だから手を出すのに躊躇とかもないのかな。

 そんなことを考えながら、ひりひりとする自分のほっぺに手を置く。


「どうして……?」


 口から出たのはそんな言葉だった。どうしてこんなことをされないといけないのか。二年生に上がってから自分は比較的上手くやれていたはずだった。学校では必要以上に瑛二と関わらないようにしたし、彼が遊びに行くのも着いていかなかった。彼の家で大半の時間を過ごすのも、誰にも言っていない。……そもそも言う人が居ない。瑛二が言うとも思わなかった。


「気に入らないから」


 そんな私の疑問に返した新谷さんの言葉は至ってシンプルなものだった。


「きに、いらない……?」


 思わず反復してしまって、新谷さんは眉間に皺を寄せて私の脚を蹴り上げる。さっきのビンタよりも痛かった。

 でも、本当に分からなかった。新谷さんとは極力関わらないようにしていた……というか、話すのも多分ほとんど初めてだ。


「アンタが居るせいで瑛二君が素っ気ない。あんな明るくてクラスの中心に居る存在なのに、その隣にアンタが居るのが気に入らない」


 ――告げられたのはあまりにも理不尽な理由だった。

 瑛二の傍に……自分が見ていない時にでも、私が居るのが許せないと。そういう理由だと悟った。だって、新谷さんの前で瑛二の隣に居たことはなかったから。

 要するに、これまでいじめてきた女子生徒達と理由は変わらない。……違うのは躊躇無く手を出してくるということと、理不尽の度合いがかなり高いということだけ。


「なに? その目」


 ――絶望、とかはない。そもそも私は学校での立場は低くて、ここまでとは言わないけどいじめられた回数も多かったから。

 ただ……瑛二が心配するだろうなと思うと、ちょっと苦しいくらいで。


「――何考えてるのか当ててあげよっか。瑛二くんのことでしょ」


 だけど、その言葉に私はビクッと体を跳ねさせてしまった。


「正解、ね。あれでしょ? 今までもこういう時は瑛二君に相談して解決して貰ってたんでしょ?」

「……」


 何も言えない。事実だったから。今回も瑛二に相談しようと思っていたから。

 私のそんな考えも分かっていたからか、新谷さんが唾を吐き捨てた。……私の脚に。


「気持ち悪い」


 そして、吐いた唾を擦りつけるように私の脚を踏んできた。痛くて声が出そうになって、歯を食いしばって耐えた。


「気持ち悪い、あー気持ち悪い。全部瑛二君に頼り切り。全部解決して貰おうとしてる。ほんとキモいんだけど」


 だけど――歯を食いしばって体の痛みを堪えることが出来ても、心の痛みを堪えることは出来なかった。


「守って貰ってばかりで何もしない。それどころか瑛二君の足を引っぱってる。分かってないの? もしかして瑛二君がアンタのこと好きとか思ってる? 頭の中お花畑なの?」

「……」

「こっちが話しかけてあげてるのにだんまり。じゃあ教えてあげるけど、瑛二君がわざわざアンタに構ってあげてるのは瑛二君が優しいからよ」


 脚を踏みながら口を歪めて笑う新谷さん。それに私は何も言えない。


「こんなに気持ち悪いド陰キャのブスでも見捨てられない。そんなに瑛二君は優しいのに、アンタは親に頼るガキみたいにことあるごとに泣きついて。女として恥ずかしいって思わないの?」


 ――分かっている。瑛二が私のことをそんな風に思っていないってことは。

 けれど、私の考えは次の言葉にぐらりと揺れた。


「そんなんだから優しい瑛二君だって愛想尽かすのよ。ほら、最近アンタのこと放って遊びに行くの多いでしょう? ……ふふ、もしかしたらもう愛想尽かされたのかもね?」


 その言葉を全部鵜呑みにするほど私は馬鹿じゃない。だけど、一理あると思ってしまったのも確かで。


 ――愛想を尽かされる。


 それは心のどこかでうっすらと考えてしまっていたこと。それをザクザクと掘り起こされて、他の言葉もあり得てしまうんじゃないかと考えてしまう。


「瑛二君にはアンタみたいな馬鹿なブスじゃなくて、クラスの人気者が相応しいのよ。私みたいな、ね」


 そして、その言葉も――私は否定することが出来なかった。


 瑛二に私は相応しくない。


 それは昔からずっと、私が考えていたことだったから。


◆◆◆


 それからどうやって帰ったのか、あんまり覚えていない。ただ、脚の内出血とか擦り傷、服の汚れから多分結構いじめられたんだと思う。

 だけど私はそのことを瑛二達に言わなかった。厚手のニーハイを穿いて傷跡を隠した。

 それからずっと私は考えていた。……自分に瑛二は相応しくないってことを。

 瑛二の家にもしばらく行っていない。瑛二とお姉ちゃんが家に来て心配そうにしていたけど、人に話したくない悩みって言ったら帰ってくれた。

 それが正解だったのか、新谷さん達女子がいじめてくることもなかった。

 学校で授業を受けて、休み時間は人があんまり来ない女子トイレに隠れる。放課後はすぐに帰って部屋に引きこもる。夜ご飯はコンビニで済ませたり済ませなかったりした。

 お母さん達も仕事で忙しくて、気にしてくれたけど必要以上に干渉してくることはなかった。

 ――初めて感じる、孤独な時間。けれど、瑛二に今まで掛けた迷惑を思えばそれが当然なんだって思った。


 それから数週間が経った時のこと。私は放課後、校門で瑛二達を見かけた。……これ自体はよくあることだった。他のクラスの友達を待ってるところをよく見かけたから。この後も一緒に遊ぶんだろうって。

 だけど、その日は――瑛二ともう一人の女子生徒しか居なかった。

 隣に居たのは、新谷静子さん。……数週間前に私をいじめてきていた人の一人。


「ねーえ。いいでしょー? 二人で帰り遊び行こうよー」

「嫌だ。つーか離れろ。俺には用事が……」


 瑛二と新谷さんの関係は今までと変わっているように見えた。新谷さんの距離が近いのだ。新谷さんは瑛二の腕を抱こうとして、瑛二は押しやっている。

 ……ううん、私には分からない。本気で嫌がっているのかどうか。分からなくなっていた。

 その隣を歩いた時、彼と目が合った。


「ああ、霧香。今日は――」

「……」


 彼の言葉は私の耳を通過して抜けていく。早足でその隣を歩いて抜き去った。


「ちょ、霧香――」

「あーあ、瑛二君嫌われちゃったー? しょーがないから私が慰めてあげよっか?」

「だから離れろって。きり――」


 私は耳を塞いでそこから離れる。


 初めて――初めて瑛二のことを無視した。


 その事実が心に返しのついた棘となって突き刺さる。先程の光景を思い出す度、膿が溢れ出すように痛む。

 それから私は早足で家に帰った。数週間前みたいに、その間の記憶はない。

 家に帰って手を洗う。うがいをする。顔も酷いことになっていて、顔を洗う。

 それから私は顔を上げて――視界が滲んだ。


 滲んだ視界に映るのは鏡。そしてその鏡に映るのは自分の顔。


 今日新谷さんを見て、思ったことがあった。それは……彼女も瑛二の気を惹こうと努力してるんだってこと。

 学校はもちろんメイクやアクセサリーが禁止だ。だけど……うっすらとメイクをしていたのは分かった。しかも、数週間前に見た時より肌と髪が綺麗で、スタイルすらも良くなってるんじゃないかって感じた。

 彼女が瑛二に相応しい人だとは思わない。

 思わない、けど。

 ――メイクもやったことない、ファッションの流行も美容の知識もない私なんかが彼女に、『恋する乙女』に『女』として勝てるだなんて、露にも思えなかった。



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