他校の氷姫を助けたら、お友達から始める事になりました side.瑛二
第十話 二人は似たものカップル
色々なことがありすぎた翌週、月曜日。俺は疲れが残りながらも学校へ向かっていた。疲れていたのも、例の十人の件で同じ話を繰り返したりその他色々大変だったからである。
姉貴達には今日くらい学校休んでもいいんじゃない? って言われたけど、そういう訳にはいかなかった。今日から霧香が学校に行けるからだ。
……まあ、朝霧香の家に行ったら準備中だから先に行っててって言われたんだけども。
早く霧香に会いたいなって思いながら、でもそういえば付き合ったって公表していいか相談してなかったなと思い出す。この辺も近いうちに話しておかないとな。
――と、そう思っていた時のこと。
「瑛二―! おっはよー!」
「……はぇ?」
ドン、という背中への衝撃。聞き覚えのあるようなないような明るい声。そして背中に暖かくて柔らかいものが当たる感触。
思わず誰? と言いたくなったが――すぐ隣にあった顔を見て留まる。そしてやっぱり一瞬誰? と言いそうになったが、頭では理解出来なくても心が理解していた。
「…………霧香?」
「おっ! せーかい! さすが瑛二!」
「おお、やっぱ霧香か。…………じゃなくてだな!? え、なに、何があった!?」
「ふふっ」
霧香が笑って少し離れ――俺の目の前に来て、くるりと回った。
まず気がついた変化は髪型。目が隠れるかどうかと思うくらい長かった前髪は切られていて、くりくりとした瞳がしっかりと見えている。
続いて、表情。メイクをしていないので霧香だと分かるはずだが……多分、表情で印象がめちゃくちゃ変わっている。自信に満ちあふれたって言うのが多分一番合ってる。笑顔もめちゃくちゃ多いし、それも自然な笑顔だ。
それから、背筋が伸びて胸を張ってるのに気づいた。これも多分自信があるように見える理由だ。あと声のトーンも前より高めだ。
「さて、ここで問題です。私は何が変わったでしょーか!」
「全部……って言いたいけど、髪型と表情、あと背筋か? それと話し方と声もだな」
「せ、せーかい……凄い。お姉ちゃんに言われたの全部当ててる」
「やっぱ姉貴か。……ちょっと本気で混乱しそうだから聞いても?」
「あ、うん。でもその前に後一個だけ聞かせて」
その瞬間――霧香の表情がいつものものに変わる。……今更だけどデフォルトが不安そうな表情だったんだな。
「い、今の私が嫌いとかない?」
「……や、驚いたけど好きだよ。なんか姉貴っぽさあって既視感あるから違和感ねえし」
「あ、分かる? 目標はお姉ちゃんだから。……でも、その中に私の思う可愛いのとか詰め込んだんだ」
「なるほどな」
「うん。……それで、こうなった理由なんだけど――私がなりたかったからなんだ。瑛二に釣り合う女の子に」
それから霧香が話してくれた。俺と付き合うことになって――今までの自分が俺の隣に居るのは嫌だって。それで、今よりもっと可愛くなる決意をしたと。これは自己満足だから、誰に何を言われて可愛くなるって決めたらしい。
それで、姉貴にお願いして可愛くなる手伝いをして貰ったと。立ち振る舞いだけでも大きく印象が変わるし、自信が可愛さに繋がる。ということで、この数日は姉貴にめちゃくちゃ褒められて自己肯定感を上げるなどをしたとか。
他にも……今日は見られないが、メイクを習って服も買ったとか。ただ、メイクは今やりすぎると肌が荒れやすいから慎重に、って言われたとか。
話し方もハキハキ喋るように練習した結果、今に落ち着いたらしい。落ち……着いた……?
「あと、自信があれば暗い時よりいじめられにくいかもって理由もあるよー! って感じで今の私になりましたー!」
「……なるほど?」
経緯は分かった。理由も分かった。納得も……霧香なら言いそうだとも思う。
だけど、どうしても一つ心配になることがあった。
「無理してないか?」
「瑛二ならそれ聞くと思ったよ。……不思議なんだけど、これが全然無理してないんだよね。私の思い描いてた可愛い私になれたっていうか。ゲームで最強のキャラを作った感じ?」
「……そういうもんなのか?」
「うん。どっちの私も私、って感じかな。ま、お姉ちゃんにもキツかったらすぐやめるんだよーって言われたからね! だいじょぶ!」
「ま、それならいっか?」
「そー! 心配なのはこれを瑛二に可愛いって貰えるかどうかだけ!」
そう言って――霧香が手を握ってくる。その手は冷たく、まだ緊張しているようだ。
「……びっくりはした。めちゃくちゃ。でも、その。正直な感想言うぞ」
そう前置くと、霧香が神妙な面持ちでまっすぐに見つめてきた。普段より短い髪で目が見えやすく、心の奥まで見透かされそうだ。
――今は見透かされた方がいいんだけどな。
「ガチで可愛い」
「……ふぇ? ほ、ほんと?」
「うん。やべえ。霧香の可愛い顔がこんなに見れるのやばい。自信持ってるのもクソ可愛い。ってかどんな時の霧香も可愛いんだけど今もガチで可愛い。自分でもちょっとびっくりするくらい可愛い」
「え、えへ、そ、そう? そんなに可愛い?」
「今すぐハグしたくなるくらい可愛い。していい?」
「うん!」
手を広げて自信満々な顔でふんすふんすとする霧香。あれ、マジでやべえくらい可愛いな?今までも信じられないくらい可愛かったが……ってあれ?
「……なんか霧香が吹っ切れたからか俺も普通に可愛いって思えるし言えるようになってる」
「やったー! もっといっぱい褒めてー! もっと可愛くなるから!」
さすがに耐えきれなくなって、霧香を抱きしめる。大きく変わったのはそうなんだけど――霧香らしさが失われてない、っていうのが大きい気がする。
変化って言っても、多分……心の底にあった可愛い霧香を前面に押し出せるようになった、が正しいのかもしれない。霧香はもちろん、ナイス姉貴としか言えない。
「……でも逆に他の男子に言い寄られないか心配になるな」
「おー? 私の気持ち分かったかー? モテ男―?」
「うぐっ……」
その言葉は深く心臓に突き刺さった。痛い。心臓が痛い。そういえば本音を言ってくれた時も女子と距離が近いとモヤモヤしてたって言ってた。
「ま、でも安心して! これからは瑛二が遊びに行く時私もついてくし、瑛二に一番距離が近い女の子は私になるからね! 逆も然り!」
「……んだな。そういや付き合ったって公表するか?」
「もち!」
「もち……」
今まで霧香からあんまり聞いたことない語彙。でもなんでだろう、結構しっくりくる。
ま、こういうのにもそのうち慣れてくるか。
「じゃ、そーいう感じで! あ、あと友達作りも手伝ってね!」
「おう。俺もほぼ一からみたいなとこあるし、一緒に頑張ろーな。あと時山さんにお礼言いに行こうな」
「おー! そんじゃ遅刻しないうちに行こー!」
「おー!」
そうやって話していくうちに――既視感の理由がもう一つあったことに気がついた。多分ずっと一緒に居たからだろうが、俺にも似てるのだ。俺が姉貴に似てるって言う方が近いか?
なんにせよ、霧香が無理のない範囲でやっていければいいな。
◆◆◆
霧香は無理なんて全然一切していなかった。それが分かるまでにそれなりの時間をかけて見ていたが……本当に無理をしていなかった。
たまに二人で居る時に素に戻るが、それくらいだ。しかも元の霧香も可愛いので、もうとにかく可愛いでしかなった。
遊びに行く時は霧香も一緒で、今までも楽しかったがそれ以上に楽しくなった。それはそれとして、二人で遊びに行く時間も増やしたが。
それからの学校生活はとにかく早く過ぎていった。毎日が楽しい日々で――だけど、俺に友達は出来なかった。霧香も、特定の仲が良い女子生徒は……時山さんくらいだった。それも、学年が違うから頻繁に遊べるってほどじゃなかったが。
そんなこんなで楽しい日々は過ぎ――中学三年生。俺達は高校受験を控える時期になった。ある時のこと。
「私ね、瑛二とは違う高校に行こうって思ってるんだ」
「……え?」
青天の霹靂。最近覚えた言葉が頭の中に浮かんだ。それくらい唐突なことだった。
「な、なんでだ? 確かに俺の方が勉強は出来るけど、教えるぞ? なんなら俺が霧香の行くところ受けても……」
「や、それはダメ。高校って将来に響くんだし。私に合わせるのはダメ。……それに理由があるから聞いて」
「理由?」
そー、と元気に返事をして背中にもたれかかってくる霧香。また口を開きそうになったが、大人しく続きを聞いた。
「私ね、このままだと成長出来ない気がするんだ」
「……っていうと?」
「友達。お互い出来てないでしょ? 私はとっきーが居るけど、高校生になったら遊ぶ機会相当減るだろうし」
「……まあ」
中学三年生になっても、俺は友達……友達って定義がまだちょっと曖昧なのはあるけど、なんでも相談出来るような親友には巡り会えていなかった。それは……霧香もそうだった。仲良くなりたい子にはあだ名っぽいのを付けてるけど、それでも親友って言えそうな人とは会えていないっぽかった。強いて言うなら時山さんくらいだろうけど……それでも霧香が言うように、高校生になったら遊ぶ機会は相当減ると思う。
「高校って良い機会だと思うんだ。同じ高校だと絶対一緒に居るでしょ?」
「……まあ、そりゃそうだけども」
「だからね。お互いの成長のためっていうの? 同じ高校だとダメー、とかじゃなくて。私、もっと可愛くて綺麗で頼もしくて明るくて優しくて可愛くて綺麗な子になりたいんだ。瑛二にそう思って貰いたいから」
「可愛いと綺麗が重複してるけど……今よりか?」
「うん、今よりも。瑛二は違う?」
「……ま、そりゃ霧香にかっこいいって言われるために頑張ってる感はあるからな」
「うん。そういうところに私、惚れたんだからね」
そう言って肘でつんつん背中をつついてくる霧香。その意見には……確かに、と思う気持ちの方が遙かに強かった。
だけど、それはそれとして。
「これで遠距離っぽくなって破局が一番嫌なんだけども」
「お、私を舐めてるな? 毎日帰ったら私が居る安心をお届けするから安心したまえ。あ、浮気したらお姉ちゃんに泣きつくからね」
「やんねえよ。……霧香も気をつけるんだぞ?」
「だいじょぶ! 安全第一で生きる! 万が一は瑛二に即連絡! 男の子の友達は瑛二に親友が出来たらその人くらいかなー! でどーですか!」
「おー。それが出来てるなら……まあ、いいのか?」
「うん! じゃーそーいう感じで!」
という話があって、霧香とは違う高校に進学することになった。
中学三年は遊ぶ回数が減って、代わりに家で勉強する機会がとんでもなく増えた。……それも、ほぼ俺が霧香に勉強を教える感じで。なんていうか霧香、真面目な性格なのに勉強は物凄く苦手なのだ。要領がそんなに良くないって言うのが正しいかもしれない。多分前は勉強してた時間をある程度遊びに割いた、っていうのも影響してると思う。
そうやって勉強を教えていると、楽しいのも相まってすぐに時期は過ぎ――受験の時期が来て、そして無事に努力は実を結んだ。
俺は――ちょっとだけ身の丈が合っていない気がする、先生にもちょっと驚かれた高校。霧香は当初の予定通り……と言っても偏差値で言えば普通くらいの高校に合格した。
合格すると、結構すぐに入学の準備になる。
「もうちょいで入学かー。さすがに不安だな」
「ほんとねー。でも帰ったら瑛二と一緒って思うと気は楽だよ」
「……しんどかったら言ってな。俺も言うから」
「もち! もー毎日ぎゅーするねー。ぎゅー」
別に今はしんどくないとは思うけど、大人しくハグを受け入れる。そのまましばらくハグをしてると、霧香が満足して笑顔を見せた。
「あ、そういえば【氷姫】の話知ってる?」
「急にどうした? ソシャゲでも始めたのか?」
「ちーがーう。現実の話。ま、私も噂で知ったんだけどね」
急にどうしたんだと思いながらも、大人しく話を聞く。どこから拾ってきたのかは知らないけど、こういう噂を聞くのも楽しい。
「なんでも、めちゃくちゃ綺麗な子とか。髪が雪みたいに真っ白で、目は海みたいな蒼色。スタイルも完璧な超絶美少女。でもめっちゃ冷たい反応だから、ついた二つ名が【氷姫】って」
「なんだそりゃ? 外国人か?」
「多分ねー。でも一回見てみたくない? ってか仲良くなってみたいなー」
「そんなら英語勉強しないとな」
「もー勉強やだー!」
でも――【氷姫】か。同じ高校とかになったりすんのかな。
「あ、だけど私の通う高校でも瑛二の通う高校でもないらしーよ」
「まじか。顔見ることなく三年過ぎそうだな」
「同じ時間の電車とか乗れたらいいんだけどねー。ま、運が良ければって感じで。……見てもあんまり見蕩れすぎないでよー?」
「そんな浮気性じゃねえよ。安心しろ」
「えへー」
頭を撫でると、霧香が嬉しそうに笑う。
そうして――新しい生活は間近に迫っていた。
◆◆◆
高校生活初日。
……あー、緊張したー。
ガラにもなくめちゃくちゃ緊張した。クラスが全員知らない顔ってめちゃくちゃ緊張すんな。
霧香は大丈夫かなー。帰ったらめちゃくちゃ話そう。そういや【氷姫】って子と会ったのかな。
友達は出来そうかな、とか色々考えながら帰りの駅まで歩いていると――その途中で気づいた。
「やべ、電車の定期机の中に入れっぱだ」
カバンの中に入ってるはずの定期がなくて、さっきまで手が寂しくて机の中で弄んでたことを思い出した。
入学初日から忘れ物なんてついてねえなぁ、と思いながら学校まで急いで戻る。鍵はもう閉まってるよな、と思いながら教室を見ると――中に人影があった。
「ん?」
しかも居るのは俺の机の近く。というかすぐ後ろ。
そこにはカバンを開いて中を見て、自分の机を何度も見る男子生徒の姿があった。
「どしたー? 俺と同じで忘れ物かー?」
ビクッとその男子生徒が肩を跳ねさせる。……まあ、いきなり声掛けられたらびっくりもするか。
俺の席のすぐ後ろに居るのは、真面目そうな男子生徒。声を掛けつつ自分の机をまさぐると、予想通り定期が出てきた。
「お、あった。そっちはなに忘れたんだ?」
「……財布を」
「財布!? 大丈夫か!?」
俺の忘れ物も結構だけど、財布を忘れたのはやべえ。
思わずそっちをガン見して――ふと、その表情に既視感を感じた。
どこか見覚えのある、焦った顔。
「……忘れた、というか。無くしたっていうか」
「……おいおいおい。ガチでやべえじゃねえか」
無くしたは金銭的にはもちろん、精神的にもかなり来る。そういやちっちゃい頃、霧香が夏祭りで財布忘れた時もめちゃくちゃ焦ってたっけ。
「職員室は行ったか? 落とし物とか」
「……あ。ま、まだだ」
「まじか。おっしゃ行くぞ。机の中にはなかったんだろ?」
「あ、ああ」
カバンを持って教室を出る。その生徒も慌てたようにカバンを手にしてついてきた。
しかし――職員室でも落とし物はないと言われた。財布を無くした男子生徒は冷や汗をだらだらと流していた。
「どこまで財布はあった? 定期は財布に入れてるタイプか?」
「家を出る時はあったはずだが……定期はカバンに入れてる」
「マジか。なら落としたか……駅に電話して聞かないとな」
少し考え、決める。
「これもなんかの縁だ。手伝うぞ」
「あ、いや、でも。……さすがに悪い」
「気にすんな。っつーかここではいそうですかって帰る方が気分わりぃ。彼女にも怒られるしな」
……これは実は建前だったりする。でもさすがに言えねえし。焦ってる顔が誰かさんに似てたとか。
「あ、ありがとう」
「おう。気にすんな。じゃあ探す……前に一回自己紹介しとくか。覚えてるけど」
俺は覚えてるけど、向こうが覚えてない可能性もある。俺は別に気にしないが、相手がなんか気にするタイプに見えたから。
「俺は巻坂瑛二だ。前後同士仲良くしてこうぜ」
「……俺は
差し出した手を握られる。手は冷たく、そういえば彼女も緊張してる時はめちゃくちゃ手が冷たかったなと思い出し……さすがに俺キモすぎるなと自重する。
でも、このときの俺はまだ知らなかった。
まさか彼が――海以蒼太が、俺の人生で初めて出来た男の親友になるなんて。



