001
めたーん!
ゴリゴリゴリ‼
ギュイイイイイイいいイイ‼‼‼
……機械油臭い工場の話ではなく、これで人間同士の殴り合いの音である。
具体的には少女と少女のどつき合いだった。
道端のケンカで出しちゃダメな音だけど、でも、学園都市では実はそんなに珍しい話でもない。
閃光に衝撃波。こっちはさらに水面下では光も音もない呪いまで撒き散らしてんのに、
「ひぎゃーっ⁉」
夜、(何だかんだで悪い事して)学園都市から何とかして脱出しようとした魔術師サーティーンデスが吹っ飛ばされて地面に尻餅をつく。右腕の巨大な鎌や左手の鉄爪など、受け身を考えない超攻撃的装備なのも仇になった。ユキヒョウ柄ネグリジェなので両足開くと金髪少女が穿いている黒っぽいぱんつが結構なコトになるのだがいちいち気にしてなどいられない。
さっきから、だ。
路地裏、公園、地下道、廃工場、寂れた商店街と次々場所を変えても逃げきれない。距離の開きを感じられない。
ザザザザ‼ と。
足音と気配が張りついてきて、不規則に何度か激突があった。一発一発、どうやって生き延びたかなんてもう細かく覚えてすらいない。繰り返す内に少しずつ押されて均衡を崩され、ついにはこのザマだ。学園都市全体を恐怖で覆ったあのサーティーンデスが地面を転がされる事態に陥った。
行動だけではない。
思考まで空転する。
自分で分かる。
こちらの手持ち。切り札。古今東西の死を取り回す力も、擬似的な不死の防御も、アレには全く通じない。
へたり込んだままサーティーンデスはそれでも睨む。
(くっ‼)
闇の奥で何か光っている。
赤く光る目。
あれ『も』死神だ。魔術師サーティーンデスとは根幹からして正反対の、もう一人の死神。暦を刻むよりも正確に近づいて人の魂を収穫する存在。漆黒の長い一本三つ編みに月の光より冷たい白い肌、両足は太腿まである黒ストッキングで覆い、斜めにザックリ切ったスカートの黒いセーラー服の少女。
シティマカーブル。
闇が言った。
科学の街を覆う闇が。
「……もうおしまいカナ? 逃亡者」
「……、」
たった一回の返答で命を落とす。
緊張感が違う。
「人の死なんか覆さなくても良い。そんな機能はもういらないんダヨ。それでもわたしは、この街を守る。今度はあんな方法以外の何かで。……学園都市の平和を脅かす存在はこのわたしが許さないんダヨ」
(やべえっ。今や闇そのものかよ完全に空気向こうが持っていってるじゃんかようきっ恐怖を喰らうのは私の側のはずだろ馬鹿じゃねえの死神追い詰めるとか存在自体がどんだけチートなんだよ思いっきり捕食される側に回ってんじゃんなんかどうにも覚醒してやがるし何アレ勝てる気がしねえようわああああああん‼)
がくがく震える魔術の死神。
呼吸が乱れる。
顔から汗が噴き出す。
とにかく頑張らないと今すぐここでチビりそうだ。
何で逃げるだけでこんなに大変なの?
学園都市はやっぱりおかしい。目には見えない死亡率が。この街自体が全てを貪る巨大な口みたいに思えてきた。
しかしそこで尻餅サーティーンデスは眉をひそめた。
妙だ。
(……?)
視線の圧を感じない。天敵、シティマカーブルはこちらを見ていないのだ。何故か、この状況で車のテールランプみたいな眼光がよそに向いている。
理由なんか聞きたくない。
再びこっちに注目を戻すなんて愚の骨頂だ。
「……、————。ナノ」
不遜。
などと考えて憤る当たり前のプライドは、サーティーンデスの中でとっくの昔に自家生産の恐怖に喰われて消えている。
即決だ。
「に、逃げるならここが最後のチャンスかも」
そこへ
笑顔で。
小走りに軽く手まで振って。
「はーい死神の皆さん、いつでも死ねる俺のコト待っててくれたあ?」
「今話しかけんなバカっ化け物の注目がこっちに集まる‼」
恐怖が胸で爆発した。
こんなバカのせいで。
総毛立って(実はちょっぴり目尻に涙すら浮かべて)叫ぶ魔術の死神。
「(お前マジふざけんな腰が抜けてなかったらもう殺してるぞ今ここでっ)」
「えっ、抜けてるんすかお嬢さん?」
「うっ」
オラオラ系ガールが赤面した。
こういうのは親切な人から素で言われるのが一番恥ずい。常日頃からドSなナマイキちゃん的には。
「それならそうと早く言ってくれれば。でも俺一人だけだと支えてもふらつくな。右腕の大きな鎌とか左手の鉄爪とかあちこちトンがっててこいつ掴みにくいし! おーいシティマカーブル、そこで見てないでお前もちょっと手伝ってくれよ」
「わーっ! わーっ‼ わあああ⁉」
いきなり自爆スイッチに指をかけた人にサーティーンデスがわたわた両手を振りながら叫んだ。
しかし何故かもう一人の死神から反応がない。
というより、だ。
割と考えなしな少年の口を塞ごうとして、しかし腰が抜けたままなので圧倒的に高さが足りず、結果体育座りを崩したハの字のまんまバカの下腹部に思いっきりしがみつきながらサーティーンデスは考える。
答えが出ない。
(なっ、何を……。一体何をしてやがるんだ、あの野郎……?)
シティマカーブル。
ヤツは寂れに寂れてほとんどシャッター迷路みたいになってる商店街で、かろうじてまだやってるすぐ近くのお店に吸い寄せられている。なんかこう、光の溢れるガラスのウインドウにべたっと両手を押しつけて。
夢中である。
背中全体から憧れのオーラ。
少女の小さな口からなんか出ていた。
「ほええー……、ナノ」
もじもじしてる子が言う。
「わたしなんかに似合うカナ……? オトナっぽくて刺激的だからちょっと試すのは勇気がいるけど、ごにょごにょ、でもここは思いきってナノ!」
「えー?」
サーティーンデスは迂闊にも声を出しちゃったが相手は聞いていなかった。
「恥ずかしがらずに、もっと自分を表に出して……なっなに⁉ 季節……限定……? 今シーズンだけの特別カラー、ナノ⁉ これだ‼」
紳士が言った。
「ふっ。ここにきてお洒落に目覚めるだなんてやるじゃないかシティマカーブル。今の自分に疑問を持ちさらなるカワイイの模索を始めるとは、これすなわちお胸の真ん中から思春期の自我と自意識が脈動している証だぜ。さては、ここ最近奇麗になったねと言ってもらいたい誰かがいるのかいどうなんだい女子⁉」
ノリを読み間違えると即セクハラ認定されかねないコトをほざく
「そうかなあ
「カワイイだろ」
「だって洋服売ってる店じゃないもん、表の看板に大型工具って書いてあるし。ガラスのウィンドウに飾ってあるのだって恐怖のドリルとか削岩機とかじゃん! あれDIYの波長に目覚めた女子が日曜に軽い気持ちで手を出すヤツじゃないよゴリッゴリ業務用だよ破壊力に換算しちゃダメなヤツだよ‼」
「ハア、ハア。ミニマムでかわゆい女の子に汗臭いおっさん武器だなんてシティマカーブルは本当に分かっているなあまったくお洒落さんでカワイイなあ‼」
「分かったおめーのセンスもゼロだからさっきからやたらと番号のプッシュを要求してくる電話の音声自動ガイダンスみてえに話が一個も噛み合ってねえんだな」
サーティーンデスからジト目で言われた。女の子とはほんとに口からハアハア言っちゃう人には冷たい生き物らしかった。



