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しかし、だ。
と、サーティーンデスがもじっと身をひねった。
「何見てんだよ。そういうの視線で分かるんだからな?」
「チイッ‼ ま、まさか女の子のヒザの裏の柔らかいトコで首を挟んで甘く締めていただきたい欲がこんな所で露見するとは……っ⁉」
「ねえほんとにどこ見てんの? もっと分かりやすいポイントはどっさり山ほどあるだろ⁉ そんなにストレートな魅力が足りていませんかね私は‼」
悪くてえっちな女の子が何やらムキになって叫んでいた。
「ふわー」
そしてこっちを見てないシティマカーブルはカンペキ我関せずモードであった。その口から出るのはとにかく馬鹿デカいくまのぬいぐるみを前にした小さな子供みたいな憧れボイスである。
膝に両手をついてウインドウの下の方を見ているせいか、結果としてこっちに突き出す事になったお尻がやや危うい。ていうか重たいお葬式セーラーなのにスカートは斜めにザックリ切ってるので何やらチラチラ見え隠れしているような?
「……ふむふむ。こっちはエンジン、こっちは電動。ふええー、根っこの動力系にも色々あるんダヨ……」
「今、ヤツの背中に大技一発ぶつけりゃ勝てるか? いやダメだいかにも罠っぽい。空気を読め、この死神が頭から恐怖を被る状況だぞ。すでに決着ついた後なのに諦めきれずに近くに落ちてる拳銃をとっさに掴んだ小物みたいにやられちまいそう。でも逃げ続けるだけじゃ振り切れないのはもう実証済みだし……」
まるで得体の知れない不発弾と向き合うような感じで、サーティーンデスがおっかなびっくり真面目に検討を始めた、その時だった。
クソ野郎がしれっと言った。
「まあサーティーンデスには難しいよな、お前国外旅行だっていうのに部屋着でやってきちゃう残念な人っていうかそんな格好に気を配る感じじゃないし」
「あア⁉」
「あとカワイイも足りてない」
変な角度から流れ弾が飛んできた。
そして意外とサーティーンデスに刺さった。
自信があったらしい場所をいきなり崩された顔をしている。具体的には心の壁をいきなり三枚くらい一気にぶち抜かれた感じ。
女の子が叫んだ。
割と赤面涙目で。
「ちょ、な、待っ、ざっけんなヘンタイクソオタク‼ ちゃんと見ろよ私のユキヒョウネグリジェを! 尖ったセンス‼ このサーティーンデスが、あっ、あんな学生服丸出しの地味黒セーラーに負けるってのか⁉ ありえねえ‼」
「のん。お高い有名ブランドで上から下まで固めればそれがお洒落さんという訳ではありませぬぞ。てか部屋着じゃんそれ!」
「ムッシュ‼ 自分でリボン縛ったりブローチ選んだりと私流アレンジも怠ってはおりませぬ‼」
「むむむ」
「顔なんか半分仮面で隠してんスよ⁉ それにほら右腕の巨大な鎌とか左手の鉄爪とか自分色全開です‼」
「やっぱりのんのん。お洒落とは無駄にこそ表れるもの。実用一〇〇%の武器だの防具だのはこの時空においてはノーカウントでございます」
「えーそんなあ! 魔術師にそれ言う? 髪型から衣服からアクセサリーから、全てに記号を盛り込んで身を固める私達に‼」
「のん‼ それはつまりちょっと凝ってる作業着だろ! 奇麗に見てほしいというあなた自身の感情が根底にない限り、どれだけ工夫したところでそのコーディネートからはお洒落は感じられませぬ‼ よってノーカウント‼」
諸々アピールしての必死の反撃も、鼻の下辺りで心のカイゼルひげをピンと尖らせた人には届かない。
弾かれる。
「弁えなさい悪いお嬢さん。TPOなんてちゃんちゃらおかしい、お洒落は誰に見せつけるかによって変わるものなのですよ! 自分で着て満足してそこで終わりになってはおりませぬかマドモアゼル。ほらシティマカーブルを見てみなさい。見るからに黒くて重くてお葬式みたいに幸の薄そうな黒セーラー、それでも今使えるものだけで健気にアレンジしようという心が滲み出た形。スカート斜めにザックリ切ったりニーソ風黒ストに隠れがちですが分かりますか指先も手袋で飾ってあるのが。精一杯なんですよ 。媚びっ媚びです。あのド不幸カワイイが見る者にあいつ何とかして助けてやろうぜ感を促すのですお前がいまいちヒロインになり切れていないのは圧倒的に足りていないからだ小動物感がア‼‼‼」
「……ぐぬー。ああいうのに限ってインナーはとんでもなかったりするもんなのに」
思った以上に長々しいのをもらってしまい、サーティーンデスがちょっと黙った。
膨れっ面である。
正直不満のカタマリではあるが、現実に、
考えろ。
こんな些細で馬鹿馬鹿しい事でも運命は分岐するのだ。
敵ボス死神とヒロイン死神の差はこんな所にも出るのか。
今以上のステージを目指すには極めなければならないのかもしれない。
お洒落。
カワイイを。
(まったくおのれデリカシーのないクソ野郎め……)
サーティーンデスは咳払いすると、なんかチラチラ少年の方を見ながら、
「ち、ちなみにだ。もしお前だったら、その、どういう服が好きとかあるのか? ほら私はこの国の事情とか分かんないから参考までにのサンプルだからな! 言われたのをそのまま着るとかはないからな勘違いすんなy 「王様ッッッ‼‼‼ それならばちょうどこちらに世界で一着だけ、そこらのバカには絶対見えないトクベツな服というのがございまして……」
「なるほどお前みたいな嘘つき馬鹿野郎に何か聞こうとした私が馬鹿だった。しっかりしろ自分! さっきまでは錯乱気味だったとはいえ、冷静に思い返してみると己の選んだ選択肢には恐怖しかねえ」
急にサーティーンデスが我に返った。
そうだよ別にこの汗だく興奮バカ自体がお洒落でもカワイイでもねえ。
自信満々な長文にやられた。そもそもお洒落じゃないヘンタイからお洒落について上からあれこれ言われるのが間違っている。
「着ろよ王様! こういうのは幸薄い子に仕向けるとホントに騙してるみたいで集中できないんだ。お前くらいの悪くてえっちなワガママキャラが罪悪感なくてちょうど良いラインなんだよ‼」
「しつこいっ! これ確認したくねえんだけど、お前、私にも人権ってモノがあるのをすっかり忘れてんじゃねえのか⁉」
「じゃあ分かったよ、何にも隠せそうにないマントはそのままで良いから中のネグリジェだけ脱ぎなよ」
「何をどう妥協したの今?」
それよりも、だ。
やはり今はシティマカーブルの挙動についての分析が最優先。一見無防備に背中は見せてるけどでも考えなしに不意打ちなんか試したら一発で即死攻撃してきそうな子をどうすんのか対応を決めなければならない。
「こっちは追加の……? ほええ、工具の世界にもモバイルバッテリーのデカいのがあるなんてナノ」
シティマカーブルはまだこっちに背を向けたままだ。今はニーソ風の黒ストッキングで覆われたすらりとした足を伸ばしてウインドウの上の方に注目していた。
足元で軽くステップまで踏んでいるのか、先っぽを赤いリボンで飾った長い一本三つ編みが小さく左右に揺れている。
まるで子犬のしっぽだ。
首輪のない土佐犬よりおっかない人が振り返って行動再開するまでにざっくり方針は固めておきたい。
このわずかなチャンスに、だ。



