さくら荘のペットな彼女

第一章 さくら荘へようこそ ①

 いつか大人おとなになったとき……。

 さくらそうで過ごした日々を思い出して、何を思うんだろう。

 みんなバカだったなあってあきれるのかな。

 それとも、にぎやかで楽しかった日々をなつかしく思うのかな。

 その両方なら、言うことない。

 なんたって、ここでの毎日は、ほんと最高なんだからさ。






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 まぶたを開くと、白くて肉づきのいいぷっくりしたおしりが目の前にあった。


「……ひかり、またお前か」


 名前を呼ぶと、しなだれかかるようなあまえた声で、彼女が耳をくすぐってくる。

 それに構わず、かんそらは顔にし付けられたひかりのお尻を手で押しのけて、グレーのじゆうたんから体を起こした。無理やり起こされたひかりが、すねた声を上げたが、ため息ひとつであしらった。


「むごいな……」


 目を細めてまぶしい窓の外を見る。西の空がこの世の終わりを告げるように真っ赤に燃えていた。


「起きたらねこの尻って……おれの青春むごすぎるよ」


 押し寄せるきよだつかんに空太は手で顔をおおった。


「いや、青春とか口走ってる方がもっとむごいか……」


 そうだと同意するように、ひざに乗っかってきた白猫のひかりがあくびをする。続けて、六じようひとの部屋にいるほかぴきの猫たちが、めしを食わせろといつせいに合唱をはじめた。

 白、黒、三毛、茶トラ、コゲ茶トラ、シャムもどきに、アメショっぽいのとバラエティ豊かにそろう七匹の猫は、すべて空太が拾ってきた元捨て猫だ。りちにも、ひかり、のぞみ、こだま、つばさ、こまち、あおば、あさひと命名されている。

 食事を要求する猫たちに、空太は腹を鳴らして返事をした。ご主人様も空腹をこらえているのだとうつたえる。

 春休み最終日、四月五日。夕刻五時。

 赤く染まった二階建ての木造ボロアパートは、すいめい芸術大学付属高等学校の学生りようだ。

 庭にある大きな桜の木から取ったのか、名前はさくらそう

 キッチン、ダイニング、は共有。

 学校まで徒歩十分。り駅までも徒歩十分。

 その101号室が、この春から二年になる神田空太の根城だ。

 部屋のかべには『目標! 脱・さくら荘!!』と空太が今年一番に書きめでしたためた想いが、堂々とした文字でおどっている。

 空太の当面の目標は、彼女を作るでもなければ、こうえんに行くでもない。もちろん、国立競技場でも、総体でもない。この寮を脱出することだ。

 なぜなら、このさくら荘はつうの寮とは少しちがう。

 いつぱん寮での共同生活からはみ出した生徒が集められたこうせいの場であり、平たく言えば、問題児の巣窟そうくつだ。いつぱんりようちがって、寮母さんがおらず、食堂もないため、すいせんたくそうといった家事全般を、自分たちでやらなければならないところがめんどうくさい。自立をうながすためだと、学校側は言っているが、本当はだれも働き手が見つからないだけだとそらは思っている。

 なんせ、さくらそうと名前を出すだけで、友人からきよを置かれるほどのかいりよくだ。

 さらにやつかいなのが、月に一度、学外清掃に強制参加させられること。その名の通り、学校周辺のゴミを拾って歩くボランティアなのだが、一周するのに大人おとなの足でも三十分はかかる大学のしきを基準とした上での『周辺』のため、丸一日を使った大仕事になる。毎回、翌日には、足が筋肉痛になるほどだ。

 そんなめいな寮に、今は男女合わせて四人の生徒と、かん要員の教師ひとりがいつしよに暮らしている。

 空太はそのうちのひとりだ。

 去年の夏、校長からじきじきに呼び出されせんたくせまられた。


かん空太君、ねこを捨てるか、寮を出るかを選びたまえ」

「じゃあ、寮を出ます」


 けんというものに逆らってみたいおとしごろだった空太は、校長の言葉が終わるよりも前にそう宣言して、その日のうちに、一般寮を追い出された。

 人生最大のだったわけだが、かんぺきちがった選択をしたと今では思っている。直後の脳内会議では、誰が責任を取るのかでもめにもめた。確か、前頭葉のせいになったはずだ。

 あのころは、まだ白猫のひかり一ぴきだったのだから、もらい手を必死に探せば、それで寮の問題はれいさっぱり解決できたのだ。島流しにされたあとで、さくら荘の先住民であるたかじんにそうまれ、三日はショックから立ち直れなかった。

 そんなわけで、今も飼い主はしゆうしている。

 だがどうしたことか、その後数ヵ月で、猫は減るどころか七匹に増えたのは、たぶん何かの間違いだ。

 のろわれているとしか思えないハイペースで、空太の行く先々に猫が捨てられていたのだから仕方がない。一度は見て見ぬふりを試したが、たった三歩ダンボールから遠ざかっただけで、後ろめたさに胸をさえてうずくまったこともある。

 考え事をする空太を心配してくれているのか、ひかりに続いて、のぞみとこだまが空太にり寄ってきた。


「お前ら、あんまりおれになつくなよ。飼い主募集中なんだからさ。別れ際に泣いちゃうぞ、俺が。俺の泣き顔はダサいぞ、ドン引きだぞ」


 わかっているのか、いないのか。猫たちは気まぐれに顔を洗いはじめる。

 ため息をきながら、空太はあかね色の空に目を向けた。

 春休みも今日で終わりだというのに、なんと有意義な過ごし方をしたものか。西日に照らされながらかわいたみをかべていると、背後のベッドでもうひとつ鳴き声があがった。

 頭をかかえたい気持ちをし殺しながらり返る。

 どうして自分がかたゆかていたのかを思い出した。

 本来、そらあんみんをむさぼるためのベッドには、何かをたくらねこのような口をした美少女がたいのように丸くなった格好でねむっている。さしずめ、猫の女王様。その見た目は、健康的で正統派、はなのあるアメリカンショートヘアだ。制服の短いスカートのすそからは、やわらかそうな太ももがしげもなくさらされ、二つはずれたブラウスのボタンのすきからは、りよううでで押しつぶして強調された胸の谷間が見えた。

 一年前の空太であれば、目の前の光景になまつばを飲み、おもしろいように取り乱しては悲鳴を上げていたことだろう。

 だが、このさくらそうに島流しにされて半年以上がった今、この程度でうろたえてはいられない。


さきせんぱい、起きてください」


 どうようを押し殺しながら、ベッドのぬしに声をかけると、野生動物さながらのしなやかさでかみぐさ美咲がびをしながら起き上がった。

 ブラウスの裾が上がり、むしゃぶりつきたくなるようなこしのくびれたラインと、かわいらしいおへそがちらりと見える。ぐせで外にはねたかみすらも、美咲のれんさを際立たせるポイントになるから不思議だ。十人とすれちがえば、十人がり返ること間違いなし。

 ステータス数値もばつぐんで、身長は156センチ、体重は46キロ。スリーサイズは上から87・56・85と高三にしてすでに最終形態。

 美咲はそのりよくを無自覚にき散らしながら、ぱっちりと開いた大きな目を空太に向けていた。


「あたし、将来はおよめさんになりたい」

「寝言は寝てるときに言うのが、この世のルールですよ」

「じゃあ、あたしがお嫁さんをするから、こーはいくんはだん様ね。仕事から帰ってきたところからいくよ」

「なんで、まんざいのネタふりみたいな進行してんの!」

「おかえりなさい、あなた。今日は早かったわね」

「って、本当にするのかよ!」

「食事にする? お? それとも〜、ま・わ・し?」

「ここはどこの相撲すもう部屋だ!」

「た・わ・し?」