さくら荘のペットな彼女

第一章 さくら荘へようこそ ②

「素直にわ・た・し、でいいでしょ! 帰宅後の旦那に風呂そうさせるおに嫁か!?」

「ナマケモノも、こうのときはテンション上がっちゃうのかな?」

「話を飛ばすな!」

「ノリが悪いな〜。あたしとこーはいくんの仲なんだから、ぴったり付いてきてくれないとだめだぞ」


 そらを指差し、にハートマークをつけたさきが、悪戯いたずらっ子に注意するように片目をつぶる。



 どうしたら、き早々に、これだけハイテンションになれるんだろうか。


「……とにかく、おはようございます。それと何度も言ってますけど、自分の部屋で寝てください」

「おざなりにされたら、メスはたまったもんじゃないよねえ」

「ナマケモノの話は続行かい!」

「欲求不満になったらかわいそうだよ」

「メスもマグロだからおたがい様でしょ」


 空太はあきらめてコメントを返した。


「じゃあ、昨日の続きしよっか」


 なのに、美咲は会話の流れを無視して、今度はTVの前にじんると、ゲーム機のコントローラーをにぎってスイッチを入れた。フォーンという起動音を鳴らしながら、システムが立ち上がり、ぎゅんぎゅん言いながらROMが読みまれていく。

 タイトル画面が出る前に、空太はスイッチに手をばしてオフにした。


「あ〜、なにするのよぉ」


 ほっぺたをぱんぱんにふくらませてさきこうしてくる。おこった顔もかわいい。ちょっとうわづかいの目線に、思わず顔がにやけそうになる。

 だが、これにだまされてはいけないのだ。


「ナマケモノはどこやった!?」

「え〜、そんな話おもしろくないじゃん」

「あんたが言い出したんだよ!」

「しかし、ゲームしよう」

「接続詞がつながってないし! てか、昨日、正しくは一昨日おとといから死ぬほどゲームしたでしょ。具体的には三十六時間たいきゆうで! 画面見るだけで、なんか今日きそうです! 目がくさります! 今TVの電磁波浴びたらおれ、砂か塩になる自信ありますもん!」


 ゆかで目をましたのは、ちをしたからだ。

 すかさず、美咲が再びスイッチを入れる。


「よ〜し、だったら、こーはいくんが勝つごとに、あたしが一枚ずついでいくってルールでどうだ! 目の保養対策も万全だね! 眼福だよ、大興奮だよ! めくるめく青春の性だよ! 大人おとなの階段上っちゃうよ! 愛欲のれんだよ!」

せんぱい脱がすぐらいなら、たまねぎいている方が海綿体に血液集まりますって」

「『うわっ、なんか白いの出てきた!』って思うもんねえ。やつはあなどれんよ。けど、野菜で興奮できるのは中二までって相場が決まってるんだから。草食系男子なんてだめだよ。がっつかないと。高校生になれば、やっぱり肉だよ! 肉! さあ、こーはいくん、肉欲の世界に共に旅立とー! イエーイ!」


 と言って、たわわに実った乳を美咲がき出す。服の下で胸がプリンのようにれた。悲しいかな、男のさがで、ばっちりくぎけになってしまう。

 それでも、そらは必死にていこうを試みる。


「そのけで、しゆう心のかけらもないところもふくめて、俺、先輩に女を感じるのはもう無理です! かんべんしてください。もう、ほんと、そのにかわいいのもいい加減にしてくださいよ。女性不信になりますんで、まじでお願いします」

「あたしたち、ついに男女のかべを乗りえて、親友になったんだ。おめでとー! 今日はお祝いしようね。朝までゲームだ!」

「めでたくねー! どういう補正かけたらそうなるんですか! つうか、もう宇宙人は宇宙に帰れ!」


 この春休み、毎日朝まで美咲に付き合わされては、気絶するようにねむる日々が続いているのだ。今日くらいはおだやかで、安らかなときを過ごしたい。


「こーはいくんの言いたいことはそれだけか!」

「この程度で済むと思ったらおおちがいだ、このやろう! いつもいつも、せんぱいは自由すぎるんですよ! ここは、自由の国か!」

「ならば、決着をつけようじゃないか、ゲームで! 血で血を洗う大戦争の幕開けだよ! どちらかがほろぶまで、この戦いは終わらない!」

「望むところだっ……て今日はやらないって言ってんでしょ!」


 むくれた顔でにらみつけてきたかと思うと、さきはさっさとゲーム機からROMを取り出してしまった。かたかしを食らったそらをよそに、代わりにしろばんのROMを差しんでいる。


「ふんだっ、ふんだっ。いいよ。いいよ。ゲームがいやなら仕方がない。ラッシュチェック手伝ってもらうも〜ん」


 何事かと思っていると、古い映画のぼうとうみたく、五秒前からのカウントダウンがTV画面に映し出された。


「もしかして、新作?」

一昨日おとといの朝にカッティング済ませた、もぎたて取れたてだよ。さあし上がれ」

みようしんせんさに欠ける時間経過ですね……」


 そこでラストの一秒が読まれて、TV画面上に美咲がひとりで作ったオリジナルアニメが流れ出す。収録前で、当然ダビングもしていないため、音声、音楽、効果音は入っていない。それでも、動きはなめらかで、やくどう感があり、はくりよくは十二分に伝わってくる。しかも、2Dの人物と3Dでえがかれた背景のゆうごう感をいだかせない最先端の映像表現をも実現している。人物も背景もき込みは細かくていねいだ。テンポのいいカット割りと独特の構図に加え、カロリーの高いめんどうな作画にもこうからいどんでいる。とてもひとりで作ったようには見えなかった。素人しろうとの作るレベルでもない。ちよう一線級のクオリティだ。

 芸大付属の高校だけに、通称スイコーには空太の所属するつう科のほかに、定員十名という少数せいえいの教育方針をかかげる音楽科と美術科がある。全国から腕に覚えのある生徒が集まり、ほうもない倍率をいた者だけが入学を許されるのだ。

 美咲はそのひとりで、美術科の三年生。

 しかも、ここ十年でゆいいつの芸術科特待生と認められた実力者であると同時に、アニメばかりを作ってその権利をはくだつされた変人としても有名だった。


「すごいっすね」


 だれでも言える空太の感想に美咲の反応はない。空太のとなりで、おんや音楽を自分の口で当てるのにいそがしいらしい。


「ズガン! ガスン! ドキュン! ピリリリィ! ちゃ〜ちゃららららんらんらん。『そなたの命運もこれまでだな!』シャキーン。ピカーン。たんたらたんたんたん。『あまいな、てめえの言葉は軽すぎる』『な、なんだと!?』『パンツを下ろしてから出直してこい、乳くさいガキが!』とぅるりら〜らんらんらん……じゃじゃ〜ん!」


 ただ、さきの熱演は、映像とまったく関係がなかった。

 一体、どんな不思議ワールドを脳内に展開しているんだろうか。

 美咲がクールダウンすると同時に、画面は真っ黒にフェードアウトした。

 約五分の映像は、そのごたえのためか、倍以上の時間があるように思えた。


「これは予想以上にリテイクざんまいだよ」


 ROMを取り出しながら、がっくりと音が聞こえてきそうなほどに美咲がりようかたを落とした。あれだけ、無茶苦茶言いながらも、やるべきことはやっているからおどろきだ。


おれには直すとこなんて、見当たりませんでしたけど」

「甘いな、こーはいくん。これで完成と思ったところからが本当の戦いなんだよ。敵は己の中にいるんだよ!」

「はあ、そういうもんすかね」

「あ、そだ。また、ななみんにアフレコお願いできないかな?」


 ななみんとは一年のとき、そらのクラスメイトだったあおやまななのことだ。将来は声優志望で、今は養成所に通っている。大学は演劇学部に行くと、一年最後の進路調査では息巻いていた。ななみんというあだ名はお気にしていない。