男女比1:5の世界でも普通に生きられると思った?~激重感情な彼女たちの夏~

バスケ部JCは泳ぐ


「あ、あつい……」


 夏本番というにはまだ早いはずの6月後半。だというのにも関わらず、空から降り注ぐ日差しは、容赦なく地面を焦がしている。

 そんな暑さが顕著に出る昼間に、俺は何をしているのかというと……。


「お、お兄さん」


 声がして振り向くとそこにいたのは、もう随分と親しくなった、黒髪ショートボブの少女。

 いつもはバスケをするためにスポーティーな恰好をしている彼女だが、今日は……。


「え、えっと……変、じゃないですかね?」


 少し不安そうに、そう口にした由佳は可愛らしい水着姿で立っていた。

 上下セパレートになっている、オフショルダータイプの水着。青と水色のデザインが、普段から明るい由佳らしく、快活な印象を抱かせる。

 今の中学生ってこんなに可愛い水着着るのか……。いわゆるビキニタイプではないものの、お腹は出ているし、もうちょっと露出が多かったらお兄さん心配になっちゃうところだったよ(誰目線)。

 それでもやっぱり恥ずかしいのか、由佳は少し身をよじりながら、前髪をいじっている。そんな仕草ひとつひとつが、普段とギャップがあり非常に可愛らしい。やっぱこの子妹にもらおう(?)。


「全然変じゃないよ、似合ってる!」

「ほ、ほんとですか……?!」


 似合っていると言った瞬間に、ぱあ、と笑顔になる由佳。この子は本当に感情が表に出やすくてそこも可愛いんだよな。本当に妹だったら溺愛していた可能性大。


「お兄さんも、その、か、カッコ良いです」

「あ、ありがと……そんな普段と変わらないけどね?」

「い、いえ!そんなこと、ないです」


 一応、俺も水着ではあるのだが。いわゆる上半身裸な水着はあまりよろしくないらしく、水に濡れても大丈夫なパーカーのようなものが一般的らしいので、それを着てプールサイドに座っていた。だからあんまり水着、って感じは個人的にはしないんだけど。

 これでも褒められるのはこっちの世界ならではなんだろうか、なんて思いつつ。


「じゃあ、とりあえず準備運動しよっか?」

「はい!」


 いつもとは違う、プールサイドでの準備運動。

 なぜこんなことになっているかというと、話は一週間前ほどに遡る。


 

 いつものようにバスケの練習をしていた金曜日の午後。もう日も暮れそうという時間で、俺と由佳は練習を切り上げたところだった。


「はぁ……」


 軽いストレッチも終わって、道具を片付けている最中。珍しく由佳がため息をつくものだから、少し気になって。


「どうしたの?なんかあった?」

「あっ、ごめんなさい。ちょっと来週からが憂鬱で……」

「なにか、嫌な事があるの?」


 普段から明るい由佳がため息をつくほどのことか、と身構える。けれど、由佳から出てきた言葉は、ちょっと意外な内容だった。


「プールが始まるんです……」

「……なる、ほど?」


 確かに、季節的にはそんな時期。そろそろ学校でプールの授業が始まってもなんらおかしくないような暑さになってきている。

 けれどそれが嫌ということは……。


「えーっと……プール、苦手なの?」

「そうなんです、泳げなくて……」


 これはちょっと意外だった。バスケをしている時の俊敏な動きから見ても、運動神経が良いことはまず間違いないし、そうなると全身運動である水泳もある程度できるのかな、と思っていたから。

 まあけど水泳ってちょっと特殊過ぎて、運動得意な人でも泳げないこと、結構あるもんね。


「本当に泳げなさすぎて、ちょっとバカにされるんです」

「……それは確かに嫌だね」


 由佳は運動神経が良い。それはおそらく周りの皆もわかっているからこそ、弱点を見つけたらいじりたくなる、みたいな話だろうか。由佳がそれを好意的に受け止められるくらいのいじりなら良いけれど、そもそも由佳は負けず嫌いな性格。泳げないことが悔しいのだろう。

 なにか打開策は無いか……と少し悩んで、至極シンプルな対策を思いつく。


「水泳も、練習する?」

「え?」


 驚いたように、由佳がこちらに振り向いて目をぱっちりと開く。


「いや、ほら、バカにされないようにある程度泳げるようになれば良いかな、と思って。もちろんバスケと同じで1回練習したくらいで上手くなるものではないけど」

「えっと、それは……お兄さんが教えてくれる、ってことですか……?」

「由佳が良ければ、だけど!」

「良いです!っていうか嬉しいです!是非!」


 すごい食い気味にくるね?!


「えっとじゃあ、来週の土日どっちかで行こうか?確かこの辺に開放してる市民プールみたいなのあったよね?」

「あります!私全部その辺り調べておきます!」

「う、うん、ありがとうね……?」


 練習を提案してからすごい目が輝いているし食い気味なんだけどなんで……?


「お、お兄さんとプール……!」


 さっきまでとは打って変わってものすごい勢いで帰り支度を始めた由佳を見つつ……。まあ、元気になってくれたのなら良いか、と思ってしまうくらいには、俺も由佳のことを親しく思っているんだな、と再確認した。



「よーし、じゃあプール入ろうか」

「はい!」


 というわけで、今日はお兄さんと一緒にプールに来ています。まさかお兄さんからプールに誘ってもらえるなんて……!

 いつもは嫌いなプールだけど、今日だけは輝いて見えます。お兄さんとの、プールデート……!

 一番近かったのは市民プール。だけど、そこでは多分、スクール水着じゃないと変に思われてしまいそうだったので……ちょっとだけ離れた、遊びでも来られるようなプールを選びました。……だって、スクール水着を見られるのは、恥ずかしいし……。それに、ちょっとでも、お兄さんに可愛いって、思って欲しいから。


「とりあえず、バタ足とかその辺りはできる?」

「一応、できていると思うんですが……」


 お兄さんの後に続くように、水の中へ。暑い日差しに当てられていたから、冷たい水の感触が、気持ち良い。

 何度か潜って、身体を水に慣らしました。


「よし、じゃあ俺の手を握って。バタ足してみようか」

「は、はい!」


 やった、合法的にお兄さんと手を繋げる状況に感謝しつつ、バタ足の練習。繋いだお兄さんの手は大きくて、水の中なのに、なんだかちょっとだけ身体があつくなっちゃいそう。


「バタ足もうちょっと膝の関節を上手く使った方が良いかも?」

「あ、そうなんですね」


 とはいえ、お兄さんは真剣に私に水泳を教えようとしてくれている。バスケの時もそうだけど、お兄さんの真剣さにちゃんと応えないと……!

 それから、私は集中してお兄さんの話を聞くことに、頭を切り替えるのでした。


「よし、ちょっと休憩にしようか!」

「はい!」


 バタ足とクロールの練習をしてから、私とお兄さんはプールサイドへと一旦上がりました。


「水分補給はしっかりね、プールで水に入っていても、熱中症になることはあるみたいだから」

「わかりました!」


 私の身体の心配をしてくれるお兄さん。本当に良い人だ。持ってきた水筒からスポーツドリンクを飲みながら、お兄さんの隣でベンチに座る。


「どう?ちょっとはコツ掴めてきたんじゃない?」

「はい!息継ぎのタイミングとか、分かってきた気がします!」

「うんうん、やっぱり由佳は運動神経良いから、覚えるのも早いね」

「えへへ……ありがとうございます」


 お兄さんが褒めてくれる言葉は、胸の内にじんわりと染みるような感じで。そんな些細な言葉でも、私の心をあったかくしてくれます。

 少し、休憩をしていると。


「ねえ、あそこの人カッコ良くない?」

「ほんとだ、妹さんと来てるのかなあ?」

「良いなあ、あんな兄欲しかったわあ」


 少し離れた位置にいる高校生ぐらいのグループが、お兄さんのことを話していました。改めて、隣に座るお兄さんを見てみると。


「……?どうかした?」

「い、いえ!」


 お兄さんには聞こえていない様子……。

 ふふふ、良いでしょう。この人と今日はデートなのです!羨ましいでしょう!

 お兄さんと2人きり、そのことに優越感を覚えながらも。

 妹、じゃないんだけどな……。

 隣に座るお兄さんとは、年齢が離れていることは一目瞭然。私は同年代の中では成長早い方だけど……それでも、お兄さんとカップルに見えるかと言われたら……見えないと思う。

 それが、ちょっと……いや、すごーく悔しくて。


「もう大丈夫です!やりましょうお兄さん!」

「おお?やる気十分だね」

「もちろんです!」


 今は、そんな気持ちをごまかして。

 お兄さんの手を引いてプールへと向かう。いつか絶対、お兄さんの隣に相応しい女の子になるんだ。


 そんな決意をしながらも、とにかく今日はお兄さんの厚意を無駄にしないためにも、真面目に頑張るぞ……と思っていたんだけど。


「よし、じゃあ次は潜っている時に姿勢よくする練習をしようか」


 とお兄さんに言われ、バタ足をしながら、水中で少しだけ斜め前を見られるようになる練習を始めて。

 私は思わず目を見開いてしまったのです。

 水中で前を向くと、当然そこには先導してくれているお兄さんがいる。そしてそこには、水によってお兄さんの来ているパーカーが捲りあがり、あらわになったお兄さんの腹部が!


「……ぷはっ!」

「ありゃ、大丈夫?」

「は、はいっ!だ、大丈夫です!」


 全然大丈夫じゃないけど!も、もういっかい見たい。こ、こんなご褒美があるなんて……!

 もう一度潜って、ちょっとだけ前を向く。やっぱりそこには、お兄さんの綺麗なおなかが……!

 ど、どうしよう。いや、どうしようも何もないんだけどね?!

 さ、触りたい……けれど、今はお兄さんに手を引いてもらっている関係上、手は使えない。じゃ、じゃあ、どうやって?

 考えている間に、先に身体の限界が来てしまう。

 空気を求めて、私は水面へ顔を出した。


「よし、良い感じになってきたね!じゃあ次は」

「あ、あ~えっと!も、もう一回だけ良いですか?」

「?良いよ!あ、じゃあバタ足すると前への推進力を感じられると思うから、やってみようか」

「はい!」


 とっさにもう一回をお願いしてみて良かった!

 な、なんとかあのお兄さんのおなかに触れることはできないだろうか。

 水に潜って、ちょっとだけ前を向く。そしてバタ足……。本当だ!しゃにむにバタ足するよりも、前を向いた方がしっかり進んでいく感じがする!

 ……ってことは、これでしっかり進めば、お兄さんのあのおなかに辿り着く……?

 もう悩んでいる暇はない。覚悟を決めた私は、思いっきりバタ足してみた。前へ、お兄さんの、おなかへ!

 私は、お兄さんの素敵なおなかをめがけて、思いっきり突っ込んだ。

 頬に、すべすべとした、肌の感触。

 あ、腹筋がしっかりしていて……逞しい……。


「おお?!」


 びっくりしたお兄さんが、私を抱きかかえてくれた。

 水面に顔が出て、お兄さんの表情が見える。

 夏の日差しの元、ちょっと水に濡れたお兄さんは、カッコ良くて、ちょっとえっちで。


「真下を向いてると、こんな風に前にぶつかっちゃうこともあるから、斜め前くらいを見るのを意識すると良いかも!」

「はへぇ……」


 ごめんなさい。真下も斜め前も何も、お兄さんのおなかしか見てません……。


 私は、お兄さんの大きな身体に抱きかかえられながら、ほっぺたで感じたお兄さんの服部の感触を思い出して。

 あぁ……わたし、お兄さんと仲良くなれて、本当に幸せです。

刊行シリーズ

男女比1:5の世界でも普通に生きられると思った?(5) ~激重感情な彼女たちが無自覚男子に翻弄されたら~の書影
男女比1:5の世界でも普通に生きられると思った?(4) ~激重感情な彼女たちが無自覚男子に翻弄されたら~の書影
男女比1:5の世界でも普通に生きられると思った?(3) ~激重感情な彼女たちが無自覚男子に翻弄されたら~の書影
男女比1:5の世界でも普通に生きられると思った?(2) ~激重感情な彼女たちが無自覚男子に翻弄されたら~の書影
男女比1:5の世界でも普通に生きられると思った? ~激重感情な彼女たちが無自覚男子に翻弄されたら~の書影