男女比1:5の世界でも普通に生きられると思った?~激重感情な彼女たちの夏~
ツンデレ系OLは触れ合いたい

「ほんと言ってやりたかったわ、お前の方が話聞いてないだろって!」
「あはは……あの、星良さん今日ペース早くないです……?」
いつもどおりの金曜日の夜。
ボーイズバー『Festa』に出勤していた俺は、仕事終わりの星良さんに接客中。もう完全に日常となったこの景色だけれど、今日はちょっといつもと違う点があって。
「そんなことないわよ!……っていうかまさと、もうちょっとこっちに来てくれても……」
「あーいや、そうなんですけど……」
確かに、今日は星良さんとの距離をちょっとだけ離していた。というのも……。
ちらり、と横を見る。早くもお酒が入って顔が赤くなっている星良さん。季節が夏ということももちろんあると思うが、今日の星良さんの服はなんというか……薄着なのだ。ノースリーブの白いトップスに、紺のタイトスカート。仕事のできるお姉さん感はいつものことなのだが、袖からすらっと伸びている長い腕は白くしなやかで、なんというか色気が、凄い。
全体的に身体のラインが出るタイプの恰好だからこそ、星良さんのスタイルの良さが際立っている。隣に座るとその……胸が当たってしまうといいますか……。
そしてもうひとつ、隣にぴったりとくっついていない理由が……。
「あ、その前にやっぱりもう1回立って良く見せてくれないかしら」
「もう3回目ですよ?!」
「め、珍しいからね、ちゃんと見ておこうと思って」
「良いですけど……」
実は、今俺が着ているのはいつもの制服ではないのだ。
では一体どんな服を着ているのかというと……。
「ふ、ふーん。ま、まあ悪くないわね。他の人よりその、色々控えめだけどまあ、まさとだしね」
「地味ですみません……」
「そ、そんなことは言ってないでしょ。そ、その……可愛いくて、私は好きよ」
「あ、ありがとうございます……?」
なんだか気恥ずかしくなって、すぐに星良さんの隣に着席した。
俺が着ている服、端的にそれを言い表すのであれば……パジャマである。
グレーの襟付きパジャマで、半袖タイプのもの。なんでこんなものを着て接客をしているのかというと……話は先週にまで遡る。
いつも通り金曜日の授業を終えて、バーに出勤すると、控室に藍香さんを含め先輩達が集まっていた。
「おはようございます」
「おー、将人来たか!」
「おはよ」
わいわいと何か楽しそうに話している先輩方。まだお客さんが沢山来る時間帯ではないとはいえ、いつもはもう各々着替えて出勤している時間帯なので、ここまで集まっているのは珍しい。
「あ、そうだ将人も来週の金曜日は出勤ですよね?」
「そういえばそうね。将人あなた持ってる?」
「な、何をですか?」
会話が飲み込めずに、とりあえず聞き返してみる。すると仲良くしてくれている先輩の一人が、人の悪い笑みを浮かべて近づいて来た。
「パジャマだよ、パジャマ!」
「ぱ、パジャマ?!」
な、なんでパジャマ?
訳が分からなさすぎるので、藍香さんに説明を求める視線を送る。
「イベントやるのよ。毎年イベント自体はやっててね。違った衣装を着る事になってるんだけど、今年はパジャマにしようってさっき決まったのよ」
「な、なるほど……?」
確かに言われてみれば、前いた世界のホストクラブやガールズバーでも、そういったイベントがある、というのは聞いたことがある気がする。
だけど……。
「えーっと……僕持ってないですね、パジャマ」
「えー?!」
い、いや持ってなくない?寝る時は短パンと半袖のTシャツを着ているだけだし、むしろ持っている人の方が少ない気がしていたけど……。
「むしろ持っているものなんですか……?」
「俺は元々持ってたよ~いつも使ってるやつだよって言うと女の子も喜ぶんだよね」
「安心しろ将人、俺も3年前のイベントで買ったから……」
様々な先輩の意見に、ほえ~と感嘆することしかできない。
やっぱりこういうイベントが定期的にあると衣装も増えていくもの……なのだろうか。
「じゃあ皆で将人のパジャマ選ぼうぜ!」
「え」
「それ良いね、選ぶか~」
俺を輪に入れてくれないまま、先輩達がパソコンを中心に集まっていく。
「将人はこういう系じゃない?」
「ばっかお前こういう時こそギャップ狙っていくべきだろ」
「解釈違い起こしちゃうかもよ?」
「え、え~っと……」
どうしてこんなに皆俺のパジャマを選ぶので楽しそうなのだろうか。
けれど、ありがたいことではある。まともにお客さんに接客もできない自分のことを、こうまで輪に入れてくれるのは、素直に嬉しいから。
だからこそそんな先輩達に対して、どんな言葉をかけて良いか分からずにいると、隣に藍香さんがやって来て。
「安心しなさい。お金は会社から出すから」
「そこを心配しているわけではななくてですね……」
――結局。そこから俺のパジャマが決まるまで、俺は外からその様子を見ていることしかできなかった。
■
金曜日が近づくにつれて、気持ちが落ち着かなくなってくる。その理由は、あまりにも明確で。
スマートフォンの画像フォルダを開く。何枚もあるまさとの写真の内、お気に入りのものを開く。彼らしく、優しく微笑んでいる所を撮れた写真だ。
いつ見ても癒される。愛しの私のまさと。
……まさとに会える、それは嬉しい。だけど……。
このスマートフォンには、残っている。彼の住所と、名前。それらを記した、私が犯した罪の証拠が。
それを思い出すと、一気に冷や水を浴びせられたかのような気持ちになる。
それに、この前は違う女に接客している所も見てしまった。
私が悪い。私は相応しくない。それは分かってる。けど――
「星良~」
「わあ?!」
後ろから声をかけられて、思わずびっくりしてしまった。
「そんなに驚かなくても……。なになに?まさと君の写真でも見てたの~?」
「そそそそそそそそんなわけないじゃないですか」
「そこまで分かりやすい嘘人生で初めてよ」
振り向くと、そこにいたのは先輩のみきさん。ボーイズバーに連れて行ってくれた恩人だ。
仕事でもお世話になっていて、凄く頼りにさせてもらっている。
「まあ良いけど……星良、今週も『宴』行くわよね?」
「ああ~えっと、はい」
『宴』とは、あのボーイズバーの事だ。会社ではバレないように隠語として扱われている。
「覚悟しておいた方が良いわよ、今週はね」
「……?なにかあるんですか?」
「あれ、星良知らなかったっけ?」
そういえば朧げに、先週帰る時、みきさんがお気に入りのボーイに「来週、楽しみにしてるね?♡」みたいなことを言っていたような気がしてきた。まさと以外に興味が無さ過ぎて、なにも気にしてなかったけど……。
みきさんが「ちょっとこっち来て」というので、自分のデスクから出て廊下へ。私達の声が中にいる人達に聞こえないよう、さらにその隅っこまで向かう。そこまで隠す必要あるのかしら……。
「今週はイベントやってるのよ、イ・ベ・ン・ト」
「イベント?」
「毎年、『宴』では特別衣装を着て接客してくれるイベントを一週間開催しているのよ」
初耳だ。いやまあたかだか2ヶ月前くらいから行き始めた身ではあるので、そりゃそうではあるんだけど。
「で、今年は……パジャマ、なのよ!」
パジャマ……?一瞬言われてもピンとこなかった。寝巻き、よね?
「まあ~私的には大当たりでもないけど外れでもない、小当たりくらいかな~って思ってたんだけど、これがまた良いのよ!!」
隅っこまで来ている意味あるのかってくらい興奮した様子のみきさん。
でも私はまだあんまりピンと来ていなくて。
「あ~、わかってない顔してるね星良。じゃあ想像してみて。まさと君が、ぺらっぺらのパジャマ着て、星良に言うの。『おかえりなさい』って」
「……っ!」
な、なるほど。確かにそれは……良い。間違いなく。
だって、そんなの……もうほぼ同棲しているようなものだ。ってかもう結婚でしょ。
「わかったでしょ、この威力が……私なんてもう今週火曜以外全部行っちゃったもの」
翌日仕事でも構わず行けるみきさんでも、週4回はただごとではない。それだけ、今週がレアイベント、ということだろう。
しかし一抹の不安が、私によぎる。
「……でもまさとはそういうイベント、参加しないかも、ですし……」
まさとは他のボーイさん達とは違う。まだお酒も飲めない彼は、金曜日にしかいない臨時スタッフ。私に接客している時以外は、ホールスタッフをやっているくらいなのだ。……まあ、そこがまた良いんだけど。
するとみきさんがしたり顔で、肩を組んで来た。……え、なに?
「まあ、これを見なよ星良」
「はあ……」
唐突にスマートフォンの画面を見せてくるみきさん。そこには、おそらくみきさんのお気に入りのボーイとの、メッセージのやり取りが。
《みき》『ゆうせー君今日も最高にカッコ良かったよ!また明日も来るからね♡』
《みき》『あ、ねえ、明日まさと君もイベント参加してパジャマ着るの?』
《ゆうせー》『みき今日もありがとうね、来てくれて嬉しかったよ』
《ゆうせー》『着るよ!皆でまさとのパジャマ選んだからね笑』
《ゆうせー》『え、みき浮気?笑』
《みき》『そんなわけないじゃん、私はゆうせー一筋だって!』
《みき》『私の後輩が気になるだろうから聞いただけだよ!』
《みき》『……私が好きなのはゆうせーだけ、だからね♡』
……これ後輩に見せるメンタルどうなってるんだこの人。
「ね?ってことでまさと君もパジャマ着るってさ~」
「あ、ありがとうございます……」
「だから私からアドバイスがあるんだけどね……明日はなるべく、薄着で来なさい。まさと君と触れ合いたいなら、ね……」
ごくり、と生唾を飲み込む。確かに、パジャマということは記事が薄い。いつもよりも、肌の露出部分も多い。
あの可愛らしくて真面目なまさとは、いつも真面目なスーツ姿。肌を触れるのなんて、良いとこ手くらいのものだ。それが、明日なら……?
「ってことで……明日楽しみね!」
「はい……!」
ま、まあみきさんのメッセージを見させられて若干疲れたけど、まさとがイベントに参加する事を知れただけでも収穫は大きい。
流石仕事のできる先輩は頼りになる……女過ぎるところはちょっと、アレだけど。
純度100%の笑顔でサムズアップするみきさんに、苦笑いしながら感謝を伝えるのだった。
そして迎えた、イベント週の金曜日。
「こんばんは……えっと、おかえりなさい、星良さん」
「……っ!」
その破壊力は、あまりにも現実離れしていた。
可愛さの暴力。元々庇護欲をそそる容姿をしているまさとが、可愛らしいパジャマ姿によってその可愛さを何千倍にも膨れ上がらせている。
顔に熱が集まり過ぎて鼻血が出るんじゃないかと思って、思わずおしぼりで口元を隠したほどだった。
「え~っと……やっぱり変、ですよね?」
「そ、そんなこと、ないわよ。ええ、全然」
平静を装うのがこんなに難しいと感じたことはない。隣に座ったまさとを改めて見つめる。
……え、私結婚したんだっけ。
「とりあえず、お酒どうぞ。今日もお仕事、お疲れ様でした」
「え、ええ」
いつも言ってもらっている言葉のはずなのに、その服のせいで本当に家にいるのかのように錯覚するからおそろしい。これがパジャマイベント……!
しばらくそのまま接客を受けていて、ちょっと気になったのでみき先輩の方を見てみると、もう完全に目がハートになった状態でお気に入りのボーイさんといちゃいちゃしていた。膝の上に乗ったりとか、あれ良いの……?
まさとの方を見る。……今日はいつもより少し距離がある。おそらく服がパジャマだから恥ずかしがっているのだろう。
でも、私もあれくらい、触れ合いたい……。
十分まさとのパジャマ姿を心のシャッターに収めるために、3回ほどじっくりと見てから、私は彼に声をかけた。
「ほら、もうちょっとこっち、来て?」
「じゃ、じゃあ失礼します……」
まさとが、恥ずかしがりながら隣にぴったりと座る。
薄いパジャマの胸元が開いていて、思わず視線が吸い寄せられる。
私の中の感情が、熱く昂るのが分かった。
抑えきれずに、背中側から、腕を通して、まさとの身体を引き寄せる。まさとと私の距離が、0になる。
「え、えっと……」
「良いでしょ?今日くらい。特別な日、なんだし」
「そ、そうですね……?多分、大丈夫だと思います……恥ずかしいですけど……」
少し顔を赤くして、目を逸らすまさと。
ああ、愛おしい。このまま抱き締めて……持ち帰ってしまいたい。
思い切り組み敷いて、心の赴くままに彼をめちゃくちゃにしたら、どんな快感だろうか。想像しただけで思わず、身震いしてしまう。
……やっぱり、この愛おしい私のまさとを、誰にも渡したくない。いや、渡すわけがない。
胸から沸き上がってくる嗜虐的な衝動を必死で抑えつけながら。
私はてのひらから伝わってくる、まさとの肌の感触を……心ゆくまでじっくりと、楽しんだ。



