男女比1:5の世界でも普通に生きられると思った?~激重感情な彼女たちの夏~
文学少女JKは急ぐ

「んもおおなんでこんなことに!」
日差しが降り注ぐ夏空の元、私は全力で走っていた。
走る。とにかく走る。体力、走力、共にクソザコナメクジの私が走ったところでたいした時間の短縮にはならないと分かっていながらも、急がざるを得ない状況に、私は陥っていた。
「なん、で、土曜日に限っ、て……」
息を切らしながら、駅から家までの道を急ぐ。いつもは全然苦にならない道のりが、フルマラソンのラスト1kmくらいキツかった。フルマラソン走った事なんかないけど。
今日は土曜日。いつも通り午前中だけ授業があって、午後は将人様からの家庭教師を受ける。午前授業は何も面白くないけれど、将人様との時間があるというだけで、最近は土曜日が好きになっていたのに。
額の汗を、体操着の半袖で拭う。こんなに走ることになるなら、体操着で良かった。色々あって、今日私は制服を着替えて体操着で走っている。制服が濡れたから、なんだけど……。
スマホで時間を確認すれば、家庭教師が始まる20分前になってしまっている。遅刻することがほとんどない将人様は普段、10分前には家に来る。だからそれまでに準備を終わらせなければいけないのに。
「あいつら、許さんからな……」
こんな遅刻する原因を作った悪友達に心の中で悪態をつきつつ、家へと急ぐ。
いつもなら歩いて10分くらいの道のりは、走ったことによって8分くらいになった。
……あんまり早くなってないかも!
「ただいま!」
玄関の扉を開けて、急いでリビングへ。とりあえずリビングを経由しないと、自分の部屋がある2階へは向かえないのである。
「最悪汗だくなんだけど、お母さんとりあえず麦茶を……」
――と、そこまで言って。
身体が固まる。リビングに、にやにやと笑う母ともう1人。
「あ、汐里ちゃん。お邪魔してます」
将人様の姿があったから。
は――?
「先に着いてたから、あがってもらったのよ。ほら、外暑いでしょ?」
「ななななななな」
なんで、とか。なに楽しそうにしゃべってんだ、とか。とにかく言いたい事はたくさんあるけれど、頭が回らなくて。
はっ、と気が付く。自分の、今の恰好。着替えてきた体育着。大して速くもないのに走った結果汗だくの現状。
とても、ヒロインがして良い恰好ではなくて。
「ちょ~~~~っとお待ちいただけますでしょうかあああ!!」
「あ、ちょっと汐里!どこ行くの!」
どこってシャワーに決まってんだろ!とは言えず。
初めて将人様に出会った日と同じようなセリフを言いながら、私はお風呂場へと逃げ込むことしかできなかった。
ああもう本当に、どうしてこんなことに!そもそもなんでこんな遅れてしまったのか。
午前授業を終えるところまでは良かったのに、問題はそれからだった。
午前授業を終えて、昼の時間。私は別に帰るだけなので、そのまま帰路に着いても就いても何の問題も無いんだけれど、周りの友人達が部活動が始まるまでの時間お昼ご飯を教室で一緒に食べているので、最近は私もそこで一緒にご飯を食べてから帰っている。なんて優しいんだ私は。
「暇だからだろ」
「帰ってもやる事ねえだろ」
「はいキレた。漫画読んだりゲームしたり忙しいが???」
教室の机に座りながら、お弁当を食べる。こんな失礼な奴らと一緒にご飯を食べて帰るとか私の優しさに全国民が涙するレベルだろ。
「ってか暑すぎない?マジで最悪なんだが」
メンバーの中で一番ギャルギャルしいまなが、髪をくるくるといじりながら、心底ダルそうにそう言った。確かにまなの言う通り、今日の暑さは初夏とは思えないほど。
「プールとか行きたいよね」
「お、なんだ彼氏いるマウントか?」
「誰と、とは言ってないでしょ」
唯一の彼氏持ちである三秋の発言に、初美がつっかかってる。完全な僻みである。
その後も部活面倒だの、芸能人の誰がカッコ良いだの、下らない話をしていれば、すぐに時間は過ぎるもの。一番食べるのが遅い私が、最後に残して置いたレモン味付けのから揚げを口に放り込めば、お昼タイムは終了だ。
「あ、そーだ。さっきのプールで思い出したんだけど」
すると初美が、教室後ろのロッカーへと向かって行く。クラスメイトは全員帰るか部活動に行っているため、教室には私達しかいない。
「これこれ、朝連の後に部活の連中とやったんだけどさ」
そう言って初美がロッカーから取り出したのは、水鉄砲だった。確かに夏らしいおもちゃであることは間違いない。
「え、水鉄砲じゃん。私結構好きなんだよね~」
最初に興味を示したのはまなだった。勢いよく椅子から立ち上がって、初美の元へ。
「これさ、連射機能みたいなのついてんのよ」
「え、ウケる。小学生涙目やん」
2人が盛り上がり出したので、私は弁当を片付け、帰る準備。インドア日本代表の私からしてみれば、水鉄砲など欠片も興味が出ないし。どうせ私は帰るだけだし。
「汐里、帰んの?」
同じく水鉄砲にあまり興味が無さそうな三秋が、椅子に座った状態で、いつものように気怠そうに話しかけてきた。
「おん。将人様が私を待ってるからね……」
「あ、うん……」
「その反応やめなよ」
なんだその可哀想な奴を見る目は。全く失礼な反応である。
「えー汐里もう帰んの~?」
「水鉄砲で遊ぼうよ~」
教室の後方を通って帰ろうとする私に、まなと初美もダル絡みしてきた。いやいやあんたらもぼちぼち部活始まるでしょうに。
仕方がない。
「水鉄砲なんて低俗な遊び私がやるわけなくてぇ~。顔とかに水かかったらメイク落ちるわけでぇ~。将人様が完璧な状態での私を待ってるから~早急に、帰らせていただきますわね!」
全く。むしろここまで一緒にご飯を食べていた私の優しさに感謝して欲しいですよね。
と、優雅に通り過ぎようとした瞬間。
べしゃ、と、嫌な音。
「あ……」
「ふふっ……」
身体の防衛本能が働いて閉じた瞼を開けば、「やべ」みたいな顔しながら水鉄砲という凶器の銃口をこちらに向けている初美と。こらえきれずに笑っているまな。
頬に手を当ててみれば、ひんやりと冷たい……水。
そしてようやく、現状を理解して。
「やってることヤバイよ?」
「ぶっはははははは!」
「いやごめんついムカついて……」
「犯罪者の供述とおんなじこと言ってる自覚ありますかあ?」
信じられません。この人私の顔面に向けて水鉄砲ぶっぱなしました!やって良い事と悪い事がありますよね?!
「え、私もやろ」
「え、どういう脳の構造してたらそういう結論に至る――おおいっ!」
嬉々として参戦してきたまなが水鉄砲を発射。身体能力クソザコの私が避けられるはずもなく当然被弾。今度はがっつり制服。しかも連射機能付き。え、ここ教室なの理解してない感じ???
なすすべもなく教室の角っこでへたり込む私。え、これいじめですよね?訴えても良いですか?
「三秋もやる?汐里シューティングゲーム」
「おいこれ録音して裁判したら私絶対勝てるからな???」
倫理観どうなってるんだよこいつら!
流石に三秋はこんなことしない……と信じて、近づいてきた三秋に助けを求める。
「へ、へへ……三秋はさ、こんな非道な行い、許すはずないよね?ほ、ほら、2人に言ってやってよ。このうすらボケ共がってさ、へへ……」
「……」
無言で立ちすくむ三秋。え、なんで無言?
かと思うといきなり銃口を向けてくる三秋。
「ひどい!三秋も結局そっち側かよ!」
……が、待てども引き金が引かれることはなく。銃口を下げた三秋は恍惚とした表情で一言。
「か」
「か?」
「可愛い……」
「えーん三秋壊れちゃった」
小動物か何かだと思われてるわけえ!?「これがキュートアグレッション……?」とかほざいてる三秋をほっぽいて、とにかく教室から脱出せねば、と思ってドアへと向かうと。
ドアが開く。私が、たどり着く前に。
「あ」
入って来たのは、私達の担任の教師で。
「お前ら……なにしてんだ」
結局。反省文を書かされた上で私だけ体操着に着替えてから帰るハメになった……というのが、今日私に起こった悲劇だった。
■
汐里ちゃんが帰ってくる少し前。
俺はたまたま早く起きられたこともあって、ちょっと早めに汐里ちゃん家近くの駅に到着していた。
駅のトイレで一応制汗シートを使って汗を拭いたものの、外に出ればすぐに汗は出てくる。
年頃の女の子に勉強を教えるわけだから、せめて清潔感はしっかりしておきたい。ハンカチで度々汗を拭きながら、汐里ちゃんの家へと向かう。
「あら、将人君じゃない!」
「こんにちは!」
家までもう少し、という所で汐里ちゃんのお母さんと遭遇。汐里ちゃんのお母さんはボーイズバーでたまに見かけるので、顔はすぐに分かる。どうやらその話はお父さんには秘密らしいけど、汐里ちゃんは知っていた。……大丈夫なのだろうか。
「早いねえ、汐里まだ帰ってきてないのよ」
「あら、そうなんですか」
そういえば汐里ちゃんとはお昼ごろに連絡をとってから、返信は無い。学校でなんかあったのだろうか?
「私には連絡来てるから大丈夫なんだけど、とりあえず家に上がっておいて」
「わかりました、ではお言葉に甘えて……」
汐里ちゃんがいないのに家にお邪魔するのは少し気が引けるが、かといってこの炎天下に晒されながら待つのも厳しい。ここは素直に甘えておこう。
「ちょ~~~~っとお待ちいただけますでしょうかあああ!!」
「あ、ちょっと汐里!どこ行くの!」
そして、今に至るのである。
帰って来た汐里ちゃんはおそらく学校指定の体操着を着ていた。どちらかといえば内向的な印象が勝る汐里ちゃんが体操着を着ているというのは新鮮で良い。人はこれをギャップと呼ぶのか……。
「全く……ごめんなさいね、将人君、もうちょっと待ってあげられるかしら?」
「あ、全然大丈夫ですよ!」
ごめんなさいね、とは言いながらニコニコと楽しそうなお母さん。なんかこんなシーン初めて会った時にもあったような……。
苦笑いしつつ、俺はお母さんに出してもらった冷たい麦茶を一口飲んだ。
汐里ちゃんがシャワーを浴びて、髪を乾かして着替えて……結局、汐里ちゃんの部屋で家庭教師が始まったのは、予定時刻から15分ほど過ぎた頃だった。
「本当に申し訳ありません。遅れてしまったことも、先ほどのことも……」
「いやいや!全然大丈夫だよ、何かあったの?」
いつも通りの私服へと着替えた汐里ちゃんが頭を下げる。
「ええ、実はいつもお話しているカs……んんっ、友人達がですね、ちょっと悪ふざけをしてですね……制服が濡れてしまいまして……」
「なる、ほど?」
今とんでもない単語が聞こえたような気がしたけど気のせいかな……?
こんなに暑い日だ。プールか何かでちょっと事故があったのかもしれない。
「そっかそっか、え、そんなにびしょびしょになっちゃったの?」
着替える必要があるということは、それなりに濡れてしまったのかもしれない。そう思って聞いてみると。
「んんんっ……ごほっ……え、ええと、そ、それなりですかねえ……」
……?急に汐里ちゃんが咳き込んだ。なんか変なこと言ったっけ?
「録音しておけば良かった……私としたことが……!」
「ん?なんて?」
「いえ!なんでもありません!ええ。そろそろ、始めましょうか?」
「そ、そうだね?」
女子高生の感情の機微を汲み取るのは難しい……。あ、そうだ。もしかしたら気分を害してしまったかもしれないのだし、さっき思ったことを話しておこう!
「そういえば汐里ちゃんの体操着姿、初めて見たけど素敵だったよ、なんか新鮮だった」
「……!え、っと、ありがとう、ございます。あまり、運動は得意ではなくて……」
「そうだよね、そんなこと前言ってた気がしたし、イメージにも無かったから、ギャップって感じがしてすっごく良かった!」
本心で思ったことを伝えておく。打算的かもしれないが、これで少しでも明るい気分になって授業を受けてくれれば――
「ちょ、ちょお~~~っとだけ、ほんとにちょっとだけお待ちいただけますか?!」
「あ、うん」
あ、あれ……。もしかして、逆効果だっただろうか。汐里ちゃんが急いで出て行った扉の方を見つめながら、反省。
年頃の女の子への接し方は、こっちの世界に来て尚の事難しいなあと感じる日々だ。
そういえば、顔を腕で隠しながら出て行った汐里ちゃんの頬が、うっすら赤かった気がして。
……熱中症とかじゃない、よね……?
後で体調も確認しよう、と心に決めつつ。不用意な発言は気をつけなきゃな、と改めて思うのだった。



