男女比1:5の世界でも普通に生きられると思った?~激重感情な彼女たちの夏~
幼馴染系JDの願い事

『七夕』。それは日本の五節句に数えられる行事。小さい頃は織姫と彦星の物語を聞いたり、短冊に願い事を書いたりと、行事として意識する事もあったけれど、中学生くらいになってからはイベントとしての印象は、クリスマスやハロウィン等と比べると薄かった。
が、今日はとある事情により、久しぶりに七夕というイベントを意識せざるを得ない状況になっていて。
「あの人……」
「え、カッコ良くない?」
「私声かけてみようかな……」
道行く人が、すごーくこちらを見てくる。何故なら今俺が和服……浴衣を着ているからなのだ。今いる駅は、通っている大学に最も近い駅。こんな都会の駅で、浴衣なんて着ていたらそりゃあもう、浮く。浮きまくっている。
早く待ち合わせている2人が来ないかな、と思いつつ、なんとなく居心地が悪くて頭を掻いた。分かってはいたけど、やっぱりちょっと恥ずかしい。
近くを通りかかった4人組の女の子達が、なにかひそひそと話をしてからこっちに歩いて来た。なんか嫌な予感が……。
「いた~!将人~!」
と、俺が身構えていたそんな時。逆方向から知った声が聞こえてくる。
振り向けば、大学生活を一番長い時間一緒に過ごしている女の子の姿。特徴的な亜麻色のショートボブは見慣れているはずだけど、今日のその姿は、初めて見るもので。彼女もまた、俺と同じく浴衣を着てこの場所に来ていた。
「っとと!」
「わ、大丈夫?」
「へへ、平気……」
早足で向かってきたからか、つんのめって転びそうになった恋海を慌てて支える。恋海の髪からは柑橘系の良い香りがした。
「ごめん、ありがと……」
「いえいえ」
恋海をしっかりと立たせてから、もう一度正面から見据える。
恋海の着ている浴衣には白の生地に薄いピンクの花が彩られていて、可憐な印象を受ける。髪には右の耳もとに花柄の髪飾りがされていて、いつもは見えない綺麗な首元が露出していた。
普段から可愛い子だとは思っていたが、浴衣もばっちり似合っている。
「わ~お、恋海ったら大胆ですなあ」
「ちょっと変な事言わないでよ」
少しだけ遅れてやってきたのは、恋海の親友であるみずほだった。
「やっほ~将人殿!しかし将人殿は浴衣も似合うね~流石ですなあ~!」
いつも底抜けに明るい彼女も、今日は浴衣姿。恋海とは対照的に紺色がベースで浅黄色の帯。普段の元気な姿からは少し離れた、落ち着いた配色になっていた。
けれど、にしし、と笑う彼女は至っていつも通りで。思わずこっちが笑顔になってしまうその性格は、相変わらず良いな、なんて思う。
「俺なんかより、2人の方がよっぽど浴衣似合ってるよ、すごく綺麗だし可愛い」
「わ!褒められちゃいましたよ恋海サン!どうしましょ、町中に自慢しにいく?!」
「意味わかんないし町中ってどこよ……」
恋海はみずほの言葉に呆れてはいるものの頬は少しだけ紅くなっており、照れているのが分かった。
「いいから、行こ!」
「そうだね!」
恋海とみずほに挟まれて、大学への道を歩き出す。話しかけてきそうな雰囲気があった少女達は、いつの間にかいなくなっていた。
「いや~でも新鮮だね!この道を浴衣で歩くなんて!」
「そうだね、うちの大学良いセンスしてるよね、浴衣デーなんてあるなんてさ」
そう、今日は大学がちょっとしたイベントを開催しているのだ。その名も『浴衣デー』。
通常通り授業は行うけれど、大学に浴衣着て来て良いですよ、という催しである。実際、毎年かなりの人数がこの7月7日に限り浴衣を着て大学に来るらしい。中庭には風鈴が沢山並んでいたり、短冊を書いて飾るスペースがあったりと、七夕らしい1日を過ごすことができる。
「お~浴衣男子がいっぱいおりますぞ!」
「そうだねえ」
大学に着くと、既に浴衣姿で歩いている生徒がかなり見受けられた。もちろん強制ではないので、全員が浴衣なわけではないものの、およそ3分の1ほどは浴衣の生徒に見える。
「ですがやはり我が軍には敵いませんな!」
「我が軍って将人の個人軍じゃない……」
こっちを見て笑うみずほの笑顔が眩しい。浴衣を着ているからか、見た目の奥ゆかしさとのギャップで更に可愛く見える。
「あ、意外とこんな時間!2限始まっちゃうよ急ご!」
「あいあいさー!」
確かに時計を見ると授業開始10分前。俺たちは少し急ぎ足で教室へと向かうのだった。
2限は大教室で行われる授業。教室に100人ほどが入る席が並んでいるため、教室自体もかなり大きめ。そのため教授の目につきやすい前方は不人気で、逆に目につきにくい後方が人気。
俺達が教室に入るころには後方の座席はだいぶ埋まっていたので、教室中央辺りの席を確保。教室内には俺達と同じように浴衣で授業に来ている生徒が一定数いたので、俺達が浮いているということはなかったが、周りの生徒達はなにやらひそひそと話している。
「え、1組の片里君浴衣だ……」
「うわ~隣の子達グッジョブすぎる~目の保養になる~」
「お近づきには多分なれないけど浴衣着てくれるだけで嬉しい~」
……やっぱり恥ずかしいな……何を話しているのかまでは聞き取れないけれど、俺達のことを何か言っている、というのは分かる。
「いや~将人殿のおかげで憧れた大学生活ってやつができてますなあ~」
「そうなの……?俺も楽しいからむしろ感謝してるくらいだけど」
「またまたあ、褒めても何も出せませんぞ?」
そんなことを話している内に、教授が入って来て授業が始まる。最初こそ浴衣デー、七夕についての雑談があったが、すぐにいつも通りの授業になった。
授業が始まって1時間。もうそろそろ授業も佳境というところで、右隣に座るみずほから、つんつん、と肩をつつかれる。
みずほの方を向くと、悪戯っぽい笑みを浮かべながら、持っているシャープペンシルで俺の逆側……つまり恋海の方を差した。
示されるがまま、恋海の方を見てみると。
「……すう……」
恋海は頬杖をつきながら、居眠り中だった。恋海はかなり真面目な方で、いつもならみずほが眠ってそれをたまに起こす恋海の構図、というのが多かっただけに、ちょっと意外で。
そんなことを思っていると、みずほが小声で耳打ちしてきた。
「今日は朝から着付けだったからね~将人殿に可愛いところ見せたくて、頑張りすぎちゃったんだよ」
……なるほど。確かに浴衣を着るというのはかなり大変らしい。男の俺でさえも、ちょっとてこずったのだから、女の子の方はもっとだろう。ヘアアレンジもしているし。
「だから、たくさん、褒めてあげてね」
「……そうだね」
今日は、ノートをしっかりとっておこう。恋海の穏やかな寝顔を見ながら、俺はいつも以上にしっかり授業を聞くことを決意するのだった。
2限の授業が終わり、お昼休み。恋海とみずほに導かれるままに中庭に来てみると、そこには七夕らしい景色が広がっていた。
「うわあ、めっちゃ綺麗!」
みずほが、目の前に広がる景色にテンションを上げている。彼女の履いている下駄が、からんからんと風情のある音を鳴らした。
「これは……すごいね」
「めっちゃ良い雰囲気~!みずほ~写真撮ろうよ~」
無数の風鈴と、その中央に鎮座する笹。いつも見ているはずの中庭の景色は、今日限り完全に別物になっていて。
先に走り出していたみずほを、恋海が追いかける。そんな様子がなんか良くて、思わずスマホで写真を撮った。……うん、景色も相まって、凄く良い写真になっている。
「将人も早く~!」
こちらに振り返って手招きしてくる恋海。
「……はーい!」
壮観な背景に負けないくらい、浴衣姿の恋海はきらきらと輝いていた。
その後、3人で写真を撮って。
「よ~しお願い事書きますかあ!」
中央にある笹を見てみれば、既にたくさんの生徒の願い事が、短冊に書かれて吊るされている。
「見てこれめっちゃセンスある」
「え、おもしろ!ギャグに寄せる路線もあるわけですなあ」
確かに見てみると、将来の夢や健康など真面目な願い事もありつつ、『単位が取れますように』や『留年しませんように』等、いかにも大学生らしい願い事もあって。なんだかんだで大学全体がこのイベントを楽しんでいるんだな、とほっこりした。
「あ、あそこで書けるみたいだよ!」
みずほが指さした先には、長机が設置されており、短冊とペンが置いてあった。
机の場所まで来て、各々短冊とペンをとる。どうしよう、何書こうかなにも決めてないや。
「恋海はお願い何書くの?」
「えっ?!え、え~っと……どうしようかなあ~……み、みずほは?!」
思いつかないから恋海に聞こうと思ったら、恋海も決まってないらしい、話を振られたみずほは、やれやれといった様子でペンをとった。
「私は決まっているのだよ、よく見ててねえ、織姫様彦星様、我に力を~!おりゃ~!」
「織姫様と彦星様にそんなお願いの仕方をするのは多分みずほくらいだよ……」
勢いよく、みずほが短冊にペンを走らせる。おりゃ~という掛け声の割には可愛いみずほの筆跡が、なんだかおかしかった。
そんなみずほの様子を見ていたら、いつの間にやら恋海が息の上がった状態で隣に戻ってきていて。もう既にその手には短冊が見当たらない。
「あれ、恋海いつの間に書いたの?」
「いや~!なんか急に思いついたから、もう書いて飾ってきちゃった!」
「早すぎない?」
書くだけに留まらず、もう飾ってきたというのだから恐ろしい。え、今15秒くらいしか無かった気がするけど……。
とにかく、2人とも書いたみたいなので俺も書かねば。ペンのキャップを開けて……うーん、無難になっちゃうけど良いのかなあ?
「うわ、将人っぽい」
「将人殿……流石にひねりが無さ過ぎやしませんか?」
「つまらない願い事でごめん……」
「でもでも、そのお願いごと、かなえてしんぜよう!」
「そうだね、私とみずほがかなえてあげる!」
「ははは、ありがとう」
確かに、短冊に書くような願い事でも無かった気もするけど……まあ、願掛けみたいなものだから。
「そろそろ戻ろうか!人も増えてきたし!」
「了解であります!」
お昼休みも中盤に差し掛かり、人が増えてきた。混雑になる前に、退散した方が良さそうだろう。
「帰りもちょっと寄ろうよ!」
「確かに!めっちゃ綺麗かもよ!」
2人の後に続きながら、最後に、と思って後ろを振り返る。
風鈴の音と、中央でゆっくりと揺れる笹の葉。
「将人殿~!お昼食べられなくなってしまいますぞ!」
「……うん、今行く!」
七夕というイベントも悪くないな、なんて思えるのも、前を歩く美少女2人のおかげだろう。
……どうか、このまま大学生活を楽しく過ごせますように。
『楽しく大学生活を送れますように 片里将人』
『運命の人と会う事ができますように 戸ノ崎みずほ』
『将人ともっと仲良くなれますように 五十嵐恋海』
4限まで無事に終えて、今日の授業は終わり。流石に4限を終えると、浴衣姿の生徒達が帰っていく姿が目立った。
「ということで将人君。我々はこれから行く場所があります」
「え、そうなの?」
帰りにもう一度中庭の景色を見て、帰路に就こうかというタイミングで、恋海からそう切り出された。2人は長時間浴衣で疲れているだろうし、今日はこのままご飯食べて解散かな、と思っていたんだけど。
するとみずほももう知っていたようで、じゃじゃーん!とスマホの画面を俺に見せつけてくる。なになに……。
「……花火大会?」
「そー!せっかく浴衣着てるなら行きたいよねって話してたら、ちょっと遠いんだけどやってるところあったの!だから行こうぜ!ってワケです!」
ふふん、と誇らしげなみずほ。なるほど。だから授業の後時間空けておいてほしい、とあらかじめ言われていたのか。
「俺は平気だけど……2人は大丈夫?疲れてないの?」
「もーまんたい!乙女の体力は無限なのだ!」
「初めて聞いたよ……」
拳を振り上げるみずほは元気そのもの。恋海もにこにこと笑っており、同じ気持ちらしい。慣れない下駄も履いてるし疲れてそうなもんだけど、凄いなあ……。
「そういうことなら、ご一緒させもらおうかな」
「やった~!」
そうして、俺達は花火大会に向かうことに。
「電車の時間調べよ!」
「場所取りとかあるからちょっと早めに着いておいた方が良いよね!」
2人が花火大会にワクワクしているのが伝わってくる。俺も花火なんて何年振りに見るだろうか。ちっちゃい頃に連れて行ってもらった以降は、記憶が無い。
七夕からの花火大会を浴衣で……それも――。
隣を歩く、2人を見る。タイプは違えど、どちらも紛うことなき美少女。こんな、2人と一緒に、だ。
前の世界では、きっとこんなことにはならなかっただろうな、なんて思いつつ。
2人と一緒に、花火大会の会場へと向かうのだった。



